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「神様なんていませんよ」 田川建三さんにお会いしたときのこと

田川建三さんにお会いしたのは1994年5月20日でした。
著書にサインをお願いしたら、几帳面な田川さんが日付まで書いてくれたので、その日だとわかります。

当時、私は建築学生で、東京の高田馬場に住んでいました。
西早稲田の大学本部キャンパスで田川さんの講演会があると知り、あの田川建三の生の話が聞けるのがうれしくて、知り合いの学生らと聞きに行ったのです。
講演の内容は、宗教カルトの問題で、キリスト教を装うカルトが各地の大学で活動していることへの注意の呼びかけが主でした。ご専門の新約聖書の話もしながら、カルト団体が聖書学的に成り立たない解釈をしているという話もしてくださいました。

講演が終わり、「本日の講師、田川建三さんとお話がしたい方はこの場にお残りください」とアナウンスが流れたのです。十数名の学生が残りました。私も残りました。なぜか、全員男子でした。

当時、田川建三氏は、まだ、著書などで自分の生い立ちを明らかにしていませんでした。私は、ぜひ聞きたかったので質問しました。
「田川先生、先生はクリスチャンホームのご出身ですか?」
初対面の人にいきなりそんなことを聞くのはどうかと思ったのですが、私は聞きたかったのです。
田川さんは私の方を見て言いました。
「母は信者でした。・・・・父は違いますが。」
そして私から目をそらし、宙を見ながら独り言のように言いました。
「神様なんて、いませんよ」

私は神様がいるかどうかを田川さんに聞いたのではなく、クリスチャンの家に生まれたのかどうかを聞いたのに。
それに神が存在するか否かは、神をどう定義するのかによるでしょう。でも、そもそも神って、人間の能力で定義できるのでしょうか。人間の思考の範囲内に収まる存在なのでしょうか。

そんなことを思いながら、いくつか質問をしました。

田川さんは、私がいろいろ聞くと、ていねいに答えてくださいました。「ケンカ田川」なんて言われる人だから、ちょっと、怖かったんです。恩師の前田護郎には批判的だし、八木誠一さんともあまり仲が良くないようだし、荒井献さんらを厳しく非難しているし・・・・。
でも、一般の人にはていねいに答えてくれる人でした。文系の学生たちが的外れなことを聞くのはちょっとまいりましたけど。彼らは、うんと文系の受験勉強をしているから、広く歴史一般に詳しいのですが、聖書学や原始キリスト教史のことはあまり知らないようでした。

「マルコ福音書注解の中巻や下巻の刊行はいつごろになりそうですか?」と聞いたら、
「中巻はほぼ出来ているので数年のうちに出せると思います。下巻もだいぶ進んでいるので、中巻を出したらまもなく出せるでしょう」なんて言ってたんですが、あれから20年以上たって、数年のうちと言っていた中巻もまだ出てません。

話込んでいるうちに会場の使用時間が来てしまい、場所を変えてもう少しお話ししましょうということになりました。外は暗くなっていました。田川建三さんと私と数名の早大生で、西早稲田から高田馬場駅前まで、夜の道を歩きました。私は田川さんのすぐ隣を歩きました。歩きながらでも、少しでもお話ししたいという思いもありました。それと、田川さんは、宗教批判もするし政治的な発言もするんで、敵も多いだろうと思い、万が一にでも、暗がりから暴漢が襲いかかってきたりしたら、私は自分の身を盾にして守るつもりでした。本気でした。田川建三を失ったら、新約学研究にとってどれほどのマイナスになることか、たとえ自分が刺されようが斬られようが、身を挺して田川さんを守ろうと、あのとき、本気で思いながら歩きました。

駅前の飲食店で食事をしながら話しました。少しお酒も飲みました。天下の田川建三と飲む日が来るとは思いませんでした。
私は、当時、田川さんの日本語の著書は全部読んでいましたし、お聞きしたいこともいろいろあったので、とにかく、いろいろな話をしました。飲食店に入ってからの会話はあまり覚えていないのですが、聞いてもいないのに、田川さんは、「神様なんていませんよ」って、3回か4回、あるいはもっと言っていたんじゃないかと思います。

自分たちのことを正統だの福音的だのと言いながら、平気で人を虐待する自称「教会」や、カルト化した「教会」が言う意味での「神様」なんていないのは、私も知っています。そんなのは、人が勝手に聖書をこねくり回して頭の中で創り出した神様ですから。つまり偶像ですから。でも、たとえばマザーテレサが本気で信じていた神様もいないのかと問われたら、私は、いないとは言えません。
そんな話をしたのかもしれません。田川さんは、「第二バチカン公会議があってカトリックも変わりましたね」みたいなことを言ってました。あとは詳しく覚えていません。

一番頭に残っているのは、「神様なんていませんよ」って、田川さんが何度も言っていたことです。
それが、田川建三という人なのでしょう。

(一滴)

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