戦時下の庶民と今 中島京子著『小さいおうち』他に思う
第二次大戦が終わって約20年後に生まれた私は、リアルな体験としては戦時下を知りません。
戦時下についての知識は、学校で学んだこと、人から聞いた話、本、映画、ドラマなどから得た知識だけです。そうした話に出てくる戦時下の庶民はもっぱら被害者でした。直接聞いた話は、日本国内での体験であればほぼ百パーセント被害者としての話でした。
戦時下の庶民が出てくる有名な作品を思いつくまま挙げてみても、「黒い雨」「ひめゆりの塔」「火垂るの墓」「はだしのゲン」「少年H」・・・・、うちの子どもたちが使った小学校の国語教科書に出てくる「ちいちゃんのかげおくり」「一つの花」等々も、みな、庶民は被害者です。
聞いた話や、読んだり見たりした作品の数々から、私の頭の中に、「戦時下=暗い時代」「戦時下の庶民=被害者」というイメージが出来あがっていました。
もちろん、戦争が激化してからの庶民が大きな被害を受けたのは事実ですし、上に挙げた作品はみな平和を願う優れた作品だと思います。しかし、最近、いろいろ知る中で、庶民はみな何の落ち度もない無垢な被害者ばかりとは言えないと思うようになってきました。
一つは、世論の責任です。大衆は扇動されたのだと言う人もいますが、権力が報道・出版への圧力を強める前から、大衆は自ら好んで好戦的な新聞や本を買い求め、報道・出版は大衆の求めに応じて売れる記事を書くようになったのではないのか、と思うようになりました。大衆を扇動した新聞の責任は「永遠の0」にも出てきます。映画版でそこがカットされていたのは朝日新聞社もこの映画制作に加わっていたからでしょうか。「永遠の0」の作者はどうも好きになれませんが、作品としてはなかなか鋭い指摘が出てきます。大衆を扇動した新聞等の責任と共に、新聞等を扇動した大衆の責任もある、と言えるのではないでしょうか。
それと、最近読んだ中島京子著『小さいおうち』です。映画にもなりましたが映画の方は見ていないので本について書きます。(バージニア・リー・バートン作の絵本「ちいさいおうち」については、以前このブログでも書いたので、興味のある方はご覧ください。 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2009/05/post-6015.html たまたまリー・バートンの絵本と同じ題名になったのかと思ったら、中島氏は仕掛けを組み込んでいました。終わり近くに出てきます。)中島京子著『小さいおうち』、これは凄い。ストーリーは、戦前の東京で住み込みの女中をしていた婦人の回想として、一般庶民よりは少し上の暮らしをしていた奥様とこの奥様にかかわる人たちの話が中心ですが、それはそれとして、そこに描かれている時代背景が凄い。戦時下の東京の庶民は、なんと明るく、能天気だったのか、緻密に描かれています。中島氏は私と同世代ですが、戦時中を知らない彼女はよほどの調査をなさったのでしょう。私の頭の中にあった、「戦時下=暗い時代」「戦時下の庶民=被害者」というイメージに、ガツーンと一撃くらったような感じです。
中島京子氏は、自分が体験していないから、かえって客観化できたのかもしれません。体験した人にとっては、強烈な体験が特に強く心に残って、他の記憶がうすめられてしまうのかもしれません。
日本軍が中国大陸に侵攻していった時代、一般庶民の無関心もあれば期待のようなものもあったようです。満洲事変も他人事、さらに戦火が拡大する中でも昭和15年(1940年)に予定されていた東京オリンピックや万国博覧会を期待する能天気ぶり(結局どちらも中止)、南京陥落のときも三越の戦勝記念の大売出しの話がメイン、太平洋戦争が始まってさえ、南方への進出でゴム会社の株価が上がったと話題になるなど、今の庶民を思わせるものがあります。東京がひどいことになったのは、空襲が激化してからであり、そのとき『小さいおうち』の女中は故郷の山形に帰っていました。(山形に関する記述は、私の知る限り、山形弁も含めて実に正確です。)
『小さいおうち』を読みながら、今の日本を思いました。今、識者と言われる人たちは政治にかなり危機感を持っているのに、一般庶民は能天気に見えます。戦前の、イタリアで、ドイツで、日本で、全体主義は大衆の無関心や支持の中で成長し、確立していったのでしょう。これは誇張でも何でもなくて、本当に、今の日本は、民主主義から全体主義に移行してゆく過渡的な段階まで来たのではないかと思えます。全体主義的傾向が拡大してゆくのを支えているのは、まさに一般大衆の無関心や支持です。
「日刊ゲンダイ」のホームページ(2014年2月8日付)に、中島京子氏のインタビュー記事が載っていました。私は山形県の山間部にいるもので、「日刊ゲンダイ」なんて売っていなくて、そのインタビュー記事を知ったのは最近です。ネットでならまだ読めます。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/147819/1
(伊藤一滴)
付記:現在「日刊ゲンダイ」のホームページでは読めなくなっていますが、私のブログに引用があるので、そちらでお読みください。(2015.7.10)
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