創作・新約聖書の物語(クリスマス編)(再掲)
ヨセフさんだね。あんた、ナザレのヨセフさんだね。前に一緒に働いた俺だよ。思い出してくれたか。そっちは奥さんかい。マリアさんていうの。マリアさん、おめでたなのか。そりゃあ旅はきついだろう。それにしてもヨセフさん、あんたに会うのは久しぶりだな。ガリラヤ湖の近くで一緒に大工仕事をしてた頃がなつかしいよ。あれからいろいろあってな、今、俺は一家でベツレヘムで暮らしてる。
あんたもベツレヘムで登録か。まったくお上のやることはよぉ。どうせ人頭税の徴収や強制徴用のリスト作りなんだろうけどよ、居住地での登録ならともかく先祖の出身地で登録しろって、お上は何を考えてんだ。手間がかかるだけで、旅費も出ねえし、みんな自己負担じゃねえか。おかげでユダヤ中が大混乱だ。
で、あんた、今晩どこに泊まるんだい。えっ、泊まる所が探せないって。そうか、宿屋はどこも満員か。そりゃあ、この混雑じゃな。よかったら俺んちに来るか。俺、大工と兼業で民宿もやってんだ。俺んちも満員だけど、土間でもよければ寝床の用意ぐらいはできるぞ。馬と一緒に泊まったって野宿よりはましだろう。実はな、大工仕事より民宿のほうが稼ぎがいいんだ。人口調査の登録でベツレヘムにけっこう人が来て、うちにも泊まってくれるから、いい稼ぎになってる。なんか、ローマ帝国にぶら下がって食ってるみたいで、胸くそ悪いけどよ。
おーい、俺だ、帰ったぞ。昔の仕事仲間に会ったんだ。ヨセフさんていってな、奥さんと一緒だ。今晩うちに泊まってもらおうと思って・・・。
何っ、奥さんが陣痛。産気づいてるって。そりゃあ大変だ。
おーい、かかあ。すぐにお湯を沸かしてくれ、たくさんお湯がいる。それと、たらいと布の用意だ。急いでくれ。俺は産婆さんを呼びに行ってくる。すぐ連れて来るからな。
はっ、はっ、はっ。すまん、ほうぼう探したけど、産婆さんが見つかんなくて。ちょっと水を飲んだら隣町まで走って探してくるから・・・えっ、もう生まれたって。男の子。初産にしちゃずいぶん早いな。赤ちゃんもマリアさんも元気なんだな。じゃあ、あとはかかあに任せよう。うちのかかあは何人も子を産んでるから、勝手がよくわかってる。俺たち男衆の出る幕じゃないよ。そうだ、赤ちゃんの寝床がいるな。何かないかな。そうそう、俺が作ったかいばおけがある。うちの家畜用の予備に作っておいたんだ。俺も大工だからな、作りはいいぞ。まだ使ってないからな。汚くなんかないぞ、新品だ。今持ってくる。かいばおけに布を敷いてと。
この子ったら、生まれたばかりで凛とした顔をしてるね。きっと大物になるぞ。
あんたら、しばらくうちに泊まるといい。ひとまず俺たち夫婦の部屋を貸すから。ああ、気にすんな。俺もかかあも土間でいいから。奥さんを休ませてやってくれ。そのうち客室もあくだろう。
いやー、びっくりしたなあ。羊飼いたちが来たかと思ったら今度は異国の博士かよ。一体この子は何者なんだ。東方から来たとかいうあの博士たち、拝むみたいに挨拶して、何か、すげー宝物を置いて行ったな。とんでもない値打ちもんかもよ。こりゃあ、すげえな。一生の記念になるな。えっ、あの博士たちって、異邦人で、異教徒で、しかも星占い師だって。そうか、ヨセフさん、あんたはユダヤの民がそういう人から贈り物をもらっていいのか悩んでんのか。あんた、真面目だからな。でも考えてみろよ。俺たち庶民が律法を隅々まで守ろうとしたら、生活できなくなっちまうぞ。それに、今さらどうやって返しに行くんだ。素直にもらっておいたらいい。何かの役に立つかもよ。
大変だ、ヨセフさん、聞いたか。あのヘロデの野郎が軍隊を送ってこの辺の男の子を皆殺しにしてるらしい。特に二歳以下の子が狙われてるみたいだ。あの野郎、畜生め。この子も危ない。すぐ逃げたほうがいい。
何、夢でエジプトに逃げるようにお告げがあったって。エジプトかぁ。こっからだとかなりの距離だな。どうしてもエジプトに行くんなら、うちのラクダを使うといい。テントや衣類もうちのをやるから使ってくれ。それと、飲み水の用意だ。食料もいる。食料は途中で買うか。お金がいるな。そうだ、例の博士たちがくれたお宝がある。お金にしたらどうだ。大事なものでもしょうがない。今は命がかかってる。俺に渡してくれるか。今からマーケットに行って、お宝をお金にしてくるからな。すぐ戻るからな。
けっこうな金になったぞ。やっぱり博士のお宝はかなりの値打ちもんだった。これで旅費と当面の滞在費は間に合いそうだ。ラクダと旅の荷物を用意しないと。夜が明けたらすぐに出発しよう。シナイ半島の近くまで俺も行く。エジプトに行く隊商に頼んで合流させてもらおう。あんたらだけでシナイ半島を越えるのはきつすぎるからな。下手したら命が危ないぞ。
ふう、やっとここまで来た。こっから先はシナイ半島だ。隊商に同行できることになって本当によかった。お頭には俺からもよくお礼を言っておくよ。
それにしても、ヘロデに殺されちまった男の子たちや家族があんまり気の毒だ。なんにも悪くないのに。それに、あんたみたいな真面目な大工がよ、なんでこんな目に逢うんだろう。俺には神様のお考えがわからない。
ヨセフさん、マリアさん、達者でな。それとこの子、イエス君っていうのか。君はきっと将来の大物だ。元気で大きくなってくれよ。
噂じゃな、ヘロデはもう長くないらしい。だから疑心暗鬼の塊みてえだ。ヘロデの時代が終わったら戻ってくればいい。戻ったら俺んとこに寄って無事を知らせてくれよ。
じゃあな、達者でな。あんたらの無事を祈ってるからな。
(伊藤一滴)
グーグルをお使いの場合、次の検索でほぼ確実に私の書いたものが表示されます。
ジネント山里記 site:ic-blog.jp(検索)
(スポンサーの広告が出てくることがありますが、私の見解とは一切関係ありません。)
過去に書いたものは、こちらからも読めます。
http://yamazato.ic-blog.jp/home/archives.html
コメント