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非神話化5・新約聖書におけるキリストの出来事

聖書やキリスト教に関しては、実に様々な考えがある。
私がここに書くのも、ブルトマンの著作などを読みながら、こうではないだろうか思った見解に過ぎない。わざと嘘を書いたりはしないが、私の読み間違いや思い違いもあるかもしれない。

グノーシス主義に関しても、よくわからない点も多い。ブルトマンは、新約聖書に見られるグノーシス主義の影響について語るが、それは、キリスト教界の一致した見解ではない。
ただ、広義のグノーシス主義はキリスト教の成立より前からあったことは、心に留めておいていただきたい。

・・・・・・・

キリスト教の信仰とは何だろう?
「イエス・キリストを信じる」ということか。

では、信仰の根拠は何だろう?
新約聖書に記された「キリストの出来事」だろうか。

何度も言うが、新約聖書が描くイエス・キリストは「ケリュグマのキリスト」であって「史的イエス」ではない。新約のキリストは、史実のイエス、史実風の創作、当時の神話など、いろいろな要素の混合であり、それらははっきり分けられないくらい混じり合っている。

新約の執筆者らは嘘と知りつつ嘘を書いたのではなく、「イエスはキリストである」と信じ、当時の表現で証しをしたのだ。
話のどこまでが史実なのか分けようとするのは、聖書学的にはともかく、キリスト教信仰においては意味がない。
キリスト教はごく初期からイエスを神話的な人物として描いてきた。新約聖書が描くキリストの出来事の全体が神話的なのは当然だ。当時の人々はみな神話的な世界観の中に生きていたのだから。

イエスはキリストである。イエス・キリストは天地創造の前からおられた先在的・天的なお方、神の子である。時が来て、聖霊によって処女からお生まれになり、我々のために十字架で苦しみを受けて死に、葬られ、死からよみがえり、天に昇り、やがて救いと滅びの審判のために再臨される。

新約聖書が描くこうした表象はみな神話的だ。
古代においては、キリスト教の成立時のみならず、人々はみな神話的であったのだ。神話は他の民族・文化にも広く見られるものであり、聖書だけの特別なものではない。

ブルトマンはこう言う。
「とくに、人類を贖うために、先在の神の子が仮の人間の姿をとって世に降ったという考え方は、グノーシス的な贖罪の教義の一部であり、何人も、この教義を神話論的と呼ぶことをためらうものではない。」(『キリストと神話』)

イエス・キリストの受肉と救済というキリスト教の教義の骨格さえも、キリスト教のオリジナルではなく、グノーシス主義の贖罪の教義に由来する神話論的なものである、ということになる。

イエス自身も神話的な世界観の中にいた。イエスを信じた人たちも同様であった。
この、神話的なキリストは、私が思うに、史実や創作や神話などが混じり合って、それこそ布のように織り込まれたキリスト像だ。
それは本当に一枚の布のようで、分けられない。無理に分けようとすれば裂けてしまい、布として使えなくなる。ちょうど、そんなイメージだ。

(続く)

(伊藤一滴)

非神話化4・キリスト教の始まり

キリスト教はイエスから始まったと言われている。だが、イエス自身をキリスト教徒と見なすことはできないし、イエスが教会の設立を意図していたとも思えない。

いったい、どの時点から、「キリスト教のスタート」なのだろう。イエスの宣教からか、「復活」からか、聖霊降臨からか、それとも初期の教会(家の教会)が形成され始めたときからか。あるいは教父らが教えを整理し始めたときからか。
それとも、今日のキリスト教には新約聖書の存在は不可欠だから、新約聖書27巻が確立した4世紀末をもって「キリスト教のスタート」と言うのだろうか。

私は、明確な答えを聞いたことがない。
私が読んだ範囲では、ブルトマンの著書にも、キリスト教のスタートはここだとは書かれていない。

キリスト教の形成過程は複雑で、単一の時期や出来事をもって、ここがキリスト教のスタート地点だと定めるのは難しい。

西暦紀元30年頃、杭(十字架)にかけられて死んだイエスを、彼はキリストだ、復活した、と信じた人たちがいた。これを、ごく初期のキリスト教の始まりと見なすこともできる。
ただし、キリストを信じる人たちの間には、実に様々な見解があった。

キリストは人なのか神なのか、神がイエスをキリストにしたのか最初からキリストだったのか。
キリストとは何者か。

種々の見解が整理され、新約聖書が記すキリストの姿になるまでに、時間がかかっている。もともと種々の見解があった名残で、新約聖書には多くの矛盾も残る。

矛盾もあるが、大きく見れば、新約聖書はキリストの出来事を述べている。
ブルトマンは言う、「新約聖書がキリストの出来事を神話的な出来事としていいあらわしていることについては議論の余地は存しない」(『新約聖書と神話論』)

新約聖書のキリストの出来事は神話的な出来事として書かれていて、議論の余地はないという。まあ、議論する人もいるけれど。「聖書の話は神話なんかじゃありません。書いてあることはすべて事実です」といった主張で絡んでくる人たちがいる。だが、それは現代では無理な主張だ。我々は現代を生きている。古代人でも中世人でもない。


イエスの没後、「イエスはキリストである」と信じた人たちは、だんだんに、壮大なキリストの姿を描いていった。やがてそれは天地創造の前から存在したキリストという、先在的な、ほとんど宇宙的なキリストの姿になってゆく。

新約聖書のすべての文書が一致したキリストを描いているわけではない。後になるほど、話は大きくなり、壮大になっていく。新約聖書は最初から神話的にキリストを描いているが、特にパウロ書簡の一部やヨハネ福音書やコロサイ書(コロサイ書は偽パウロ書簡の1つ)が、キリストを宇宙的な存在にまで膨らませている。
間もなく終末の時が来て人の子のような方が雲に乗って来るといったイエス自身も信じていたであろう終末の神話を「非神話化」したヨハネまで、先在的で宇宙的な壮大なキリストの神話を語る。ヨハネはある神話を「非神話化」しながら、別の壮大な神話を組み立てたのだ。
実はどちらの神話も、黙示思想やグノーシス主義の影響によってつくられた神話だ。特にグノーシス主義の影響が色濃いヨハネ福音書は、私は、グノーシス文書の1つと見なしてよいのではないかと思っている。実際、グノーシス派の教会は、ヨハネ福音書を好んで用いていた。

誤解があるようだが、広義のグノーシス主義はキリスト教内に生じた異端のグループではない。グノーシス主義はキリスト教の成立より先からあり、キリスト教の形成には、古代ユダヤ教と共にグノーシス主義の影響が見られる。

キリスト教が広がってゆく中で、特にグノーシス主義色の強かった教会は「グノーシス派」と呼ばれ、「正統派」(主導権を握った教会の側)から異端とされ、やがて歴史の中で消滅した。
そうやって、キリスト教は、自分たちの源流の一部を消し去ったのだ。(ただし、ユダヤ教まで消し去ることはできなかった。)

都合が悪いようで、クリスチャンたちはこの事実を語りたがらない。

(続く)

(伊藤一滴)

非神話化3・教会は史的イエスではなくケリュグマのキリストを信じる

イエスの出来事とキリストの出来事(つまり、史的イエスとケリュグマのキリスト)について、我々はどう考えるべきなのか。

新約聖書は原始キリスト教の信仰の産物であり、当時の神話的な世界観を前提に書かれたものである。彼らは史実としてのイエスを描こうとしたのではない。ケリュグマのキリストを証ししたのだ。何度も言うが、我々は、新約聖書から史的イエスを復元するのは不可能だ。そして、これは出来ないことだが、もし仮に復元できたとしても、史実のイエスは「我々の信仰には無意味だ」とブルトマンは言う。

なぜか。
それは、最初から、キリスト教は史的イエスを信仰してきたのではなく、ケリュグマのキリストを信仰してきたからだ。(ただし、ケリュグマのキリストには史的イエスの反映があり、両者は無関係ではない。)
近代的な聖書批評学以前は、両者は同一視されていたから、両者のズレが問題になることはなかった。だが、聖書の文献的な研究が進んだ今の時代の我々が、史的イエスとケリュグマのキリストを完全に同一視するのは、もう不可能だ。それは聖書が描く神話的な世界と現実の世界を同一視できないのと同じだ。
今でも新約聖書に書かれたキリストを、史実のイエスと同じだと考える人はいる。だがそう信じる人たちは、かなり無理をして信じていると私は思う。


1980年代、20代の私は、専門の先生(キリスト教概論や聖書概論を教えておられる先生)にこうお聞きしたことがある。
「死海文書の発見だってあるのですから、もし、イエス様の直筆の文書や、イエス様の発言を弟子がその場で記録した文書が見つかったら、そういった文書も聖書に加えることになるのでしょうか? また、そうした文書を基に、キリスト教の教義は見直されるのでしょうか?」
先生はおっしゃった。
「まず、そうした文書が見つかる可能性は非常に低いです。イエス様の弟子はガリラヤの漁師などの庶民であり、イエス様と共に行動していた頃は読み書きが出来なかった可能性が高いのです。イエス様ご自身も、紙に何か記したとは聖書のどこにも出てきません。仮にそうした文書が見つかったとしても、それを聖書に加えることはないでしょう。聖書は完成したものとして受け継がれてきました。今後、古代の写本の新発見で字句の修正などはあるかもしれませんが、今まで聖書になかった文書を新たに付け加えることはないでしょう。教義はそれぞれの教派が検討するのでしょうが、キリスト教の教えには長い歴史がありますから、どんな文書が発見されても教義の大きな変更はないと思います」

もし「イエス様の直筆の文書や、イエス様の発言を弟子がその場で記録した文書」が本当に見つかり、新約聖書とかなり違うことが書いてあったら、教会はどうするのだろうかと想像していた。

たとえ、史的イエスの復元につながる重大な発見があったとしても、それでも教会は「史的イエス」ではなく「ケリュグマのキリスト」を信じ続けるのだろう。
キリスト教の信仰は「ケリュグマのキリスト」を信じる信仰だからだ。

キリスト教を信仰する側(教会の側)からは、ブルトマンが言う通り、史実のイエスは「我々の信仰には無意味だ」となる。


ただし、新約聖書は史的イエスにまったく無関心なのかというと、そうでもない。
イエスがガリラヤの出身であること、ヨルダン川で洗礼を受けたこと、弟子を持ち伝道活動をしていたこと、杭(十字架)に磔にされて処刑されたこと、こういった話は、おそらく史実なのだろう。ケリュグマのキリストの一部には、実は、史的イエスも混じっている。
イエスは処女から生まれたとか、奇跡で病気を治したとか、悪霊を追い出したとか、嵐を静めたとか、水の上を歩いたとか、五千人に食物を与えたとか、何より死んでから復活し昇天したとか、やがて再臨するとか、こう言った話は、それを信じるかどうかはともかく、当時の神話的な世界観によって表現された神話的な記述だ。

(続く)

(伊藤一滴)


ご注意
グーグルを使って「ジネント山里記」と検索すると、私とは関係のないサイトが表示されることがあります。
戦前の聖書の販売を装う不審なサイトが表示されることもありますから、ご注意願います。

「ジネント山里記 site:ic-blog.jp」で検索すると、確実に、私が書いたものが表示されます。

それと、
「ガールズちゃんねる 〖カトリック 〗キリスト教〖プロテスタント 〗」に、クリスチャン女性と非クリスチャン女性のキリスト教に対する思いが多数投稿されていて、これは、考えさせられます。キリスト教に関心のある方にはお薦めです。
https://girlschannel.net/topics/2427567/

非神話化2・ブルトマン以前の新約神話の扱い

聖書の神話は常に文字通り信じられてきたのであろうか?
否である。
ブルトマン以前の、たとえばハルナックのような自由主義神学の論者らは、新約聖書の神話を信じるのではなく除去することでキリスト教の本質に迫ろうとした。
近世も中世も、神話がすべて文字通りに信じられていたわけではない。
さらに以前の、古代教父の時代においてさえ、神話を比喩と捉える考えもあった。

それどころか、ブルトマンによれば、新約聖書の中にすでに非神話化が見られるという。
イエス自身は神話的な神の国の到来を信じており、終末がすぐそこに迫っていると告げたが、実際はイエスが言ったような終末は来なかった。
その説明のため、パウロによる非神話化があり、ヨハネ福音書はさらに非神話化を徹底させたという(詳しくは『キリストと神話』)。

パウロは、神話的な終末を否定こそしなかったが、パウロの書簡にはイエス・キリストによって終末は実現した読める箇所がある。
ヨハネ福音書は、すでに審きの時は来た、世の終わりは来た、と読める。

神話的な神の国の到来(=世の終わり)は、ヨハネにおいて既に実現したものとして非神話化された。宇宙的なイメージであった終末の出来事は、キリストを信じる者の勝利と解釈され、未来のことから現在のこととなった。
そう考えるなら、神の国とは、死んだ人が行く楽園のような場所ではなく、今、神の問いに対し、「人はどう決断し、どう応えるのか」であり、そこに神の国がある、という話になってゆく。

A.シュヴァイツァーが早くから指摘していた通り、イエス自身が終末論者であった。イエスは神話的に、もうすぐ実現すると考えていた終末について語っていた。イエスは杭(後に十字架と呼ばれるようになった刑具、原語は「杭」)に磔にされて処刑され、葬られた。このイエスは復活したとされ、彼をキリストだと信じた人たちは、終末はすぐに来ると考え、集まっていた。だが、来なかった。すぐに来るはずの終末はなぜ来ないのか、解釈の必要が生じた。

ヨハネはやがて来るとされていた終末を、すでに来たものとして非神話化した。すでに、信じる者は永遠の命を持ち、信じない者は審かれているとして、審判はなされたものとした。
ヨハネはイエスに語らせている。
「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。 また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」(ヨハネ11:25~)
史実のイエスがそう言ったというのではなく、これはヨハネが、イエスが言ったことにして書いた言葉だ。
審判はなされている、よみがえりの時はもう来ている、「あなたはこれを信じる」なら神の国はそこにある。
未来のことであった終末は、すでに到来したものとなった。キリスト者の勝利宣言としての、ヨハネによる非神話化である。

こうしてヨハネは、実際にイエスが語ったであろう終末を非神話化したが、ヨハネ自身もまた神話的な世界観の中に生きた人であり、別な面で壮大な神話を語っている。

ヨハネは、キリストだと信じられるようになったイエスのことを、彼は初めからキリストだったと描く。それこそ、天地創造の前からキリストはおられたと、壮大なキリストを描く。

こうした壮大な話はコロサイ書とも共通する。おそらく、グノーシス主義の「哲学」の流用なのだろう。
私は、ヨハネ福音書やコロサイ書は、広義ではグノーシス文書になるのだろうと考えている。

(続く)

(伊藤一滴)

非神話化1・ケリュグマと実存

ブルトマンによれば、新約聖書の中の神話的な表現を削除するのではなく、神話的な世界観からキリスト教の使信(ケリュグマ)を解き放ち、現代人がわかるようにすべきだ、ということになる。これが神話的表現の実存的解釈なのだという。

まさに、非神話化である。
非神話化によってキリスト教は現代人の宗教となり、未来に続く宗教となるのだろう。

ううむ・・・、ここで読者は(私も含めて)立ち止まる。

ケリュグマって何だ?
実存て何だ?

ケリュグマは、普通、「宣教」と訳されるギリシャ語だ。
(ケーリュグマ、ケールグマと書く人もいる。長音を無視するか否か、ギリシャ文字のυにラテン文字のYを当てるかUを当てるかだが、2千年前にどう発音されていたのかなんて、もう、誰も正確には再現できない。新約ギリシャ語をどう発音すべきかいろいろと意見もあるけれど、我々現代人がコイネーを読むなら、我々にとって便宜的な読み方でいいのではないかと思う。)


日本語版ウィキペディアに、「ケリュグマ(κήρυγμα)とは、新約聖書に8回出てくる語」とある。だが、その8回はどこに出てくるのか、箇所が示されていない。

新約ギリシャ語のコンコルダンスで κήρυγμα が使われている箇所を調べると、

マタ12:41
マコ16:20
ルカ11:32
ロマ16:25
1コリ1:21 2:4 15:14
2テモ4:17
テト1:3

えっ、9回出てくるんじゃないの?
そうか、マルコの箇所は明らかに後代の付加だから除くのか。

伝道を意味する語は他にもあるが、執筆者は何か意図があって κήρυγμα と書いたのだろうか?
マタイとルカはヨナの「宣教」という意味で使っているし・・・。


ブルトマンはケリュグマという語を「使信」という意味で使っている。わかりやすく言えば、新約聖書のメッセージを伝えるということか。

宣教者イエスは、被宣教者キリストになっていった。
宣教する者が、彼こそはキリストだと宣教される者になっていった。

史的イエスとケリュグマのキリストは違う。峻別すべき者なのだ。
キリスト教が信じるのは、史的イエスの教えではなくキリストの宣教(ケリュグマ)だ、ということか。

「『史的イエスとケリュグマのキリスト』といった分け方をしてはいけません。それは自由主義神学の間違った考え方です」みたいなことを言う人もいる。だが、これら両者を分けなければ、我々はキリスト教を信じることができなくなる。史的イエスの復元は、もはや不可能だ。古代の神話を文字通り信じるのも不可能だが、復元できないイエスの言葉を信じることはできない。新約聖書は、イエスの言葉を、彼の口から出た発言のまま保存してはいない。それを忠実にもとの発言に復元するのはもう不可能だ。それに、ブルトマンの主張は自由主義神学ではない。彼は様式史的研究と非神話化によって、19世紀の自由主義神学を乗り越えた人だ。原理主義者は自分たちと異なる神学のすべてに「自由主義神学」のレッテルを貼りたがるが、もういいかげん、やめていただきたい。視野が狭くレッテル貼りが好きな人たちはネトウヨと似ている。ネトウヨたちは自分たちが気に入らない論者のすべてに「左翼」のレッテルを貼りたがる。右翼団体の代表だった鈴木邦男さんまで、ネトウヨから「左翼」と呼ばれていて、びっくりした。


現代のキリスト教が信ずべきはケリュグマ(使信、キリストの宣教、つまり新約聖書のメッセージ)であり、神話ではない。
その際、神話を除去するのではなく、神話に込められたケリュグマを現代人の視点から読み取るべきだ。
新約聖書の記述の中の実存を、現代人がわかるように置き換える必要がある。
どうも、そういうことのようだ。


では実存とは何だろう。
存在とどう違うのだろう。

それって、もう、聖書学の話ではなく、哲学の話ではないか?

それを言うと、また、
「パウロはこう言っています、『あのむなしい、だましごとの哲学によってだれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。そのようなものは、人の言い伝えによるものであり、この世に属する幼稚な教えによるものであって、キリストに基づくものではありません。』(コロサイ人への手紙 2:8 新改訳)。哲学なんて、みな、だましごとです。この世に属する幼稚な教えで聖書を解釈すべきではありません」
なんて言ってくる人がいる。
そんなことを言われるたびに、あきれる。いいかげんにしてもらいたい。新約聖書の文書を執筆した人が20世紀の哲学を知っていたはずがない。ぜんぜん時代が違う。
どちらも「哲学」だからと、話をごちゃ混ぜにしたら、もう、話にならない。当時のコロサイ書の著者が知る範囲の「むなしいだましごとの哲学」を、他の哲学にも当てはめ、20世紀の哲学にまで当てはめようとするのは牽強付会も甚だしい!
当たり前すぎるくらい当たり前だが、また同じことを言われる前に先手を打っておく。


「存在」も「実存」も、どちらも「ある」ということであるが・・・、
哲学では、「存在」と「実存」とを使い分けている。

「存在」という言葉は日常的に使われるが、「実存」とは何だろう?
人間の実存であれば、現実の体験を持ち自らの存在の認識や自覚を有する人のあり方を言うのだろう。
生まれたばかりの赤ちゃんや人間以外の生物や非生物であっても、それが他者に何らかの影響を与えているのならば、それも、そのものの実存と言えるのだろう。
つまり実存とは、他者(または自己)に何らかの働きかけをして影響を与える存在である、ということか。

それなら、「実存」ではない「存在」なんてあるんだろうか。
たとえば、人が頭の中で作り出した架空のイメージで、その人もすぐ忘れてしまったイメージなら、頭の中に一時的に存在していても実存とは言えない、ということになるのか。もっとも、そのイメージをずっと忘れなかったり、絵などで表現したり、誰かに語って影響を与えたりすれば、架空のイメージも実存になるのかも知れないが・・・。

なんか、やはり話が抽象的な哲学の世界に入っていく・・・。
(だから、ブルトマンの主張が理解できない人たちから「むなしいだましごとの哲学」なんて言われちゃうんだな。)


「実存」について考えてゆくと、古代人の実存も現代人の実存も、あまり変わらないのではないかと思えてくる。どちらも人間なのだ。古代人だって、日々の暮らし、体験の中で、喜びも悲しみもあり、何かを考えたり願ったりして、実存的に生きていたのだ。

イエスはキリストだと信じた人たちは、当時の神話的な世界観を前提に、語り、受け継ぎ、まとめ、記した。

キリスト教の核心部分は神話にあるのではなく、実存的なケリュグマにある、ということになる。


私は先に、ブルトマンが言う「史実史」と「歴史」(実存史)の違いに触れたが、「史実史」は存在としてあり、「歴史」は実存としてある、と言えるのだろう。
そして、(ブルトマンの影響を受けたであろう)遠藤周作が言った意味での「事実」は存在としてあり、「真実」は実存としてある、ということなのだろう。

19歳、20歳の頃にブルトマンの著書を読んでも、わからないことが多かった。
今になって(もうすぐ私は60歳だ)、やっと、ここまでたどり着いた。

(続く)

(伊藤一滴)

非神話化の前提となる神話的な世界像2・神話

ブルトマンは、神話的な世界論の中にいた人たちの目からこの世界がどう見えていたのかを語る。神話的な思考について語る。
それは、先にも述べた通り、天界の勢力も下界の勢力も地上に来て人間に影響を及ぼす世界であり、超自然的な現象も普通に起きる世界である。

ブルトマンは、「神話的な世界論の中にいた人たちの目からこの世界がどう見えていたのか」を語るが、「そもそも神話とは何か」について多くを語らない。


神話とは何だろう。

私は、神話とは、科学的な認識が広まる以前の人たちの哲学的な思索等やその答えを当時の表現で伝えた物語ではないかと思っている。

以前私はこう書いた。
「古代人は私たちとは違います。地球が丸いことも、地球が太陽の周りを回っていることも知りませんでした。病原菌やウイルスの存在も知らず、病気を悪霊の働きと考えたり、悪霊のように体に入って来るものと考えたりしていた人たちです。」
「私たちが知るような科学を知らなかったのです。それは、科学的な事実が解明されていなかったからであり、古代人の知的な水準が低かったのではありません。古代人は、古代人の暮らしの中でさまざまな経験をしながら認識や存在を問い、考えたのです。この世界とは何か、人間とは何か、人が生きるとはどういうことなのか・・・・。古代人は思索を積み重ね、それを当時の世界観の中で、神話として表現し、伝えたのです。」
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2019/02/post-2cdb.html

19世紀の自由主義神学の時代、新約聖書から神話的な記述を取り去ることで歴史的事実としてのイエスの姿に迫れるという考えもあった。だが、そうして描かれたイエス像の多くは、著者の思いや、19世紀の時代の風潮や理想の反映でしかなかった。

神話の除去による史的イエスの再現は、現代でも不可能だ。
聖書外の史料が少なすぎるし、新約聖書にしても、執筆者は史的イエスを描こうとしたのではなく、当時の神話的な表現でキリストとしてのイエスを証ししたのだから、そこから神話的な部分を取り去ったら、ほとんど何も残らなくなる。


我々は、過去の神話的な世界論を受け入れることはできない。この世界を神話的に見ていないし、神話論に立つ思考をしていない。
だが、新約聖書は、過去の神話的な世界論の中に生きていた人たちによって、当時の世界観を前提に書かれている。

現代の我々は、もう、キリスト教を信じることはできないのだろうか?

現代人がキリスト教を信じるためには、二千年前の世界観に立って、非科学的な目で現代の世界を見るしかないのだろうか?
たとえば、頭が痛いとかお腹が痛いというときに、「それは悪霊の働きかもしれない」と考え、紛争や災害や事故が起きれば「サタンの仕業ではないか」と考える、そうした思考でないと、純粋にキリスト教を信じることはできないのだろうか?
あるいは、現代では都合の悪い聖書の記述は適当に誤魔化し、現代科学にも適当に妥協して、聖書と科学の間で両者を宙ぶらりんに受け入れて、「聖書を信じています」と言い続けるのだろうか?

それとも・・・、何らかのやり方で、現代の科学的な世界観に立ったままでキリスト教の使信を受け入れることができるのだろうか?


ブルトマンは、第二次大戦中、神話的な世界論に立つことなく使信を受け入れる方法として非神話化論を主張した。

私の理解では、非神話化論の要旨は次のようになる。

新約聖書には神話的表現が多く見られる。特に神について語る中に見られる。
神話的表現は当時の表現であり、現代人はそのまま受け入れることはできない。文字通りに神話を信じるよう求めれば、現代人はそれにつまずき、聖書の真理まで聞けなくなってしまうだろう。
現代、神話をそのまま受け入れることができないからといって、神話的表現を削除すべきではない。大切なことが神話的に表現されているのだから、そこに込められた意味を現代人がわかるよう解釈して読み取るべきだ(これは合理化ではない)。
これを、非神話化と呼ぶ。

(『新約聖書と神話論』、『キリストと神話』などによる)

ブルトマン自身、非神話化という言葉を「不満足な表現」だと言っているが、この用語は定着し、広まった。神学界に論争を巻き起こし、戦後は広く人口に膾炙して大論争になったという。

(続く)

(伊藤一滴)

非神話化の前提となる神話的な世界像1・古代人が見ていた世界

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新約聖書の世界は古代人の世界であり、その時代の人々の世界像は現代の我々が思い描く世界像とはかなり違っている。
彼らは、地球は丸いとか、地球は太陽の周りを回っているとか、知らなかった。細菌やウイルスが原因で病気になることも知らなかった。経験的に知っている現象も、科学的に説明することができなかった。
当然だが、当時の人たちは現代人より「頭が悪かった」のではない。彼らには「今日のような科学的な認識がなかった」のだ。当時は知るすべもなかったのだから。

そのような古代人が執筆した聖書を、現代人の我々が「文字通り」信じることができるのだろうか?
答えは否である。
もし、聖書を「文字通り」信じるなら、我々は古代人と同じ世界像を受け入れなければならなくなる。聖書は当時の世界像を前提に書かれているのだから、その世界像を受け入れることができないのなら、文字通り信じることなどできないのだ。

今日でも「聖書を文字通り信じています」と言う人はいる。だが、そう言う人の多くはかなり無理な信じ方をしているように思える。


新約聖書の人々がイメージしていた「地球」は(「地球」と書くが、球ではない)、真ん中に大地があって、大地の上には天界があり、下には下界がある三層の世界であった。天界は神や天使の場所であり、下界は漠然と陰府の世界とされていたが、下界には悪魔や悪霊たちの居場所もあると考えられていた。天界の勢力も下界の勢力も地上にやって来て、超自然的な業を為し、人の考えや行動にも影響を与えると考えられていた。当時の人たちにとっては、奇跡も、当然起きることであった。

聖書は文字だけで伝えられており、図はない。(図入りの聖書もあるが、それは後代に描かれた図だ。)
もし、文字と共に執筆当時の図も伝えられていたとしたら、上述のような三層の世界が描かれていたことだろう。

ブルトマンは「イエス・キリストによる神の救済の業」も当時の神話論的に記述されたと言う(『新約聖書と神話論』)。
神話的な世界観の中でイエスに出会った人たちが、体験し、語り、伝承され、まとめられた記述が神話的になるのは当然だと私も思う。
新約聖書の救済論は、その時代の考えであり、黙示思想とグノーシス的救済神話の影響を強く受けているという。使徒信条、ニケア信条等の信仰告白もこの救済論のもとにある。


我々現代人が信仰を受け入れるためには、古代人がイメージしていた神話的な世界像も受け入れなければならないのだろうか?
これがブルトマンの問いである。
我々は、現代の科学を知ってしまった。我々は古代人でも中世人でもなく、科学的な思考を身につけた現代人だ。化学や物理の法則、地球や宇宙の姿が、科学的に論じられる前の世界に戻るのは、もはや不可能だ。

こうした話をすると「科学は万能ではない」とか「現代の科学も仮説でしかない」とか言ってくる人たちがいる。私は「科学は万能だ」とか「現代の科学はすべて正しい」などと言っていないし、思ってもいない。話をすり替えないでもらいたい。
現代の科学は、これまでの長い研究の積み重ねによって、今日の段階でたどり着いた成果である。すべての面で絶対ではないし、完全でもない。分野によっては今後の研究でかなり修正されたり乗り越えられたりするかもしれない。未来には、「今では考えられないような話ですが、21世紀の初頭には、まだ~も解明されておらず、当時の人たちは~と考えていたのです」などと言われるのかもしれない。それは、今後の科学的な研究によるのであって、聖書の神話的な記述が科学の成果を乗り越えるという話ではない!

ブルトマンは言う、神話的な世界像の容認が不可能である場合「ついで起こる問題は、新約聖書の宣教は、神話的世界像に依存しない真理を持っているか否かということである。そのような真理があるとすれば、その場合には、キリスト教的宣教を非神話化するということが、神学の課題となるであろう」(『新約聖書と神話論』)。

ブルトマンは、神話的世界像を受け入れるよう求めるのは不可能だし無意味だという。
そして、そもそも、神話的世界像は、キリスト教だけに見られる独自のものでもない。実際、病気を治す奇跡にしても、死と復活にしても、他の宗教や神話の中にも見られる。決して、キリスト教のオリジナルではない。
ユダヤの民に限らず人類が科学的な思考を身に付ける以前の世界では、人々は、広く神話的世界像の中にいた。それは、ブルトマンに言わせれば「過ぎ去った時代の世界像に過ぎない」のだ。

今日、そのような世界像を受け入れるよう伝道するのは無意味である、という。現代人に対する宣教は、新約聖書の使信(ケリュグマ)を伝えることであり、ケリュグマにこそ神話的世界像とは別の普遍の真理があるのだから、聖書を非神話化する必要がある、という。
私の理解では、ブルトマンが言っていることは、そういうことだ。


1983年、19歳の私は、仙台市内の福音派の教会で教えを受けていた。牧師さんはとてもいい人で、お話をうかがうのは楽しかった。その牧師さんは、他教派や他宗教も含めて誰のことも悪く言わなかった。カトリックのことも、リベラルなプロテスタントのことも、仏教や神道のことも、決して悪く言わなかった。誰に対しても優しく、人の話をよく聞いて一緒に考えてくれる人だった。本当にいい人だった。そんないい人でも、やはり、福音派の一員として譲れない立場があった。
私はその牧師さんが好きだった。だが、心の中には「理性や知性を犠牲にしないと成り立たない信仰が本当に正しいのだろうか」という思いもあった。
その頃たまたま本屋で見かけた山形孝夫や八木誠一の本、ブルトマンの本の日本語訳などを手にし、心に電流が走るような衝撃を受けた。そして、だんだんに、正しさはこちらにあるのではないかと思うようになっていった。

ブルトマンはキリスト教の信仰を否定したのではないし、神話的世界像を削除しようとしたのでもない。彼は神話的世界像を文字通りに受け入れるのではなくそこに込められた本当の意味を求め、ケリュグマにこそ普遍の真理があると考えたのだ。

(思索の途上です)

(伊藤一滴)

ブルトマンの「史実史」と「歴史」

私が高校生のときだったから1980年代の初めだったと思うが、「事実と真実は違う」という遠藤周作の言葉を問題視する人がいた。
「事実であれば真実であり、真実であれば事実だ。違うと言うのはおかしい」と。
おそらく、遠藤周作が言いたかったのは、「歴史的な事実」と「その人にとっての歴史的な真実」を分けて考えるべきだ、ということだったのだろう。
最近またブルトマンの本を読み出して、ふと、40年前のことを思い出した。
遠藤周作はブルトマンを意識して、「事実と真実は違う」と言ったのだろう。

ブルトマンは、著書『イエス』や『歴史と終末論』などで、まさに「史実史」と「歴史」とを区別する。「史実史」も「歴史」も人間の認識によるものであるが、簡単に言えば「史実史」は客観的事実として認識できる史実を述べたものであり、「歴史」はその人にとっての真実だ、ということのようだ。この意味で歴史は実存史とも言える。「史実史」は、第三者的に過去の事実を述べた事柄であるけれど、ブルトマンが言う意味での「歴史」は、その人の現在にかかわる「過去との対話」なのだ。

具体的な例を挙げればこうなる。
「今から約2千年前、パレスチナの地にイエスという男がいて、教えを宣べた。彼を支持する人たちもいたが、強く反発する人たちもいた。ポンティウス・ピラトゥスがユダヤの総督だったとき、イエスは処刑杭(後に十字架と呼ばれるようになった刑具)に磔にされて殺された」
この事実は「史実史」に属するが、もし誰かが、
「イエス様の十字架の死によって、私は罪と死から救い出されました」
と言うならば、それはその人にとっての「歴史」であり、その人から見た真実である。それは、その人の現在の生き方につながるものであり、終わってしまった過去の出来事ではない。

ブルトマンの言葉の使い方が特殊なのだ。世間一般は、史実史のことも歴史と呼んでいる。
非神話化論への誤解が多いのは、ブルトマンの用語の意味を読み取らず、彼の言う「歴史」を、「史実史」と混同する人が多いのも一因ではなかろうか。

クリスチャンの中にも上記の意味での「史実史」と「歴史」との混同が見られる。自分にとっての「歴史」を「史実史」と同一視している人がいる。

(思索の途上です。)

(伊藤一滴)

ギリシャ文字の覚え方と書き方(改訂版)

1.ギリシャ文字の覚え方

まず文字と順番を覚えないと辞書も引けません。

ギリシャ文字の覚え方はいろいろあるのでしょうが、お馴染みのラテン文字(英語などで使われるアルファベット)との対応で覚えると、覚えやすいと思います。
(こちらを参照しました https://palladi.blogspot.com/2015/04/blog-post_22.html)


ギリシャ文字(ギと略記)
ラテン文字(ラと略記)
― は欠番


ギリシャ文字の小文字とラテン文字の大文字を並べるとこうなります。(パソコンでご覧の場合、縦にきれいにならぶのですが、スマホで見ると少しずれるようです。ずれても読めますので、ご了承ください。)

ギ ラ

α A
β B
γ C
δ D
ε E
― F

ζ G
η H
θ ―
ι I
― J
κ K
λ L
μ M
ν N

ξ ―

ο O
π P
― Q
ρ R
σ S
τ T
υ U

φ V
― W
χ X
ψ Y
ω Z


単に文字の順番を覚えるための暗記法です。厳密な言語学の話ではありません。かなりこじつけもあります。
これは「ギリシャ文字の順番を覚えるため」のものですからね。ギリシャ文字とラテン文字の音の対応の表ではありません。対応する字もしない字もあるんで、そのつもりでご覧ください。

ギリシャ文字の θとξ がラテン文字では欠番で、
ラテン文字の FJQW が、ギリシャ文字では欠番です。

どの文字が欠番なのかをまず暗記すれば、あとはそれぞれの対応で覚えられます。

θは角度の記号などで見ますが、ξはくせ者です。くせ者だから、くせー。こじつけですが。
ζηθと、~タ系が3つ並ぶので、θは忘れないと思いますが、ξを飛ばさないよう要注意です。
ξはくせ者!


「ギリシャ文字にあって、ラテン文字で抜けているのはθとξの2つだけ」です。
「ラテン文字にあって、ギリシャ文字で抜けているのはFJQWの4つ」です。
2つと4つですから、覚えられると思います。この欠番さえ覚えれば、順番を間違えることはありません。


ギリシャ文字のγは英語のGに当たりますが、英語のCとGは無声音か有声音かの違いで、口の形はほぼ同じということで、γにCを対応させます。文字の歴史としてはGはCを少し変えて作った字だそうです。

ラテン文字のFが欠番になりますが、言語によってはFとVが同様の音になるので2つはいらないと考えます。

ギリシャ文字のζとラテン文字のGは違うのですが、どちらも濁る音ということで、ここに置いて対応させます。順番を崩さない方が覚えやすいので、順番を優先します。

ラテン文字のJは昔はなくて、Iの下が曲がって出来た文字だそうです。

ラテン文字のQも、CやKと同様の音になるのでいくつもいらないと考えます。

Wも、Vを2つ重ねて出来た文字だそうです。

ギリシャ文字のφは英語のFに当たりますが、言語によってはFとVが同様の音になるのでφとVが対応。

ギリシャ文字のψとラテン文字のYはまったく違うと言われそうですが、なんとなく形が似ているのでこじつけて対応。

ギリシャ文字のωとラテン文字のZも全然違いますが、最後の文字ということで対応。「AからZまで」も「アルファからオメガまで」も、意味は同じということで、対応させます。そのへんは、まあ、ご愛敬で。


2.ギリシャ文字の書き方

大文字 ΑΒΓΔΕΖΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩ
小文字 αβγδεζηθικλμνξοπρστυφχψω

ギリシャ文字に筆順の決まりはないそうです。
「ギリシャ文字の筆順」というものが本に書いてあったり、ネット上にあったりしますが、たぶん、非ギリシャ人が書いたのでしょう。ギリシャ語を母語とする人たちは筆順を気にしていないとのことです。

筆順の例は、真理子さんのホームページをご覧ください。これは、ギリシャ国内でも統一されていないという筆順の中のほんの一例です。

https://www.babelbible.net/lang/lang.cgi?doc=gr_scrpt&lang=gr


私が特に書きにくいと思ったのはζとξです。
日本語の文字もそうですが、文字は読めれば活字の通りでなくてもいいのです。
ζは「ろ」をつぶしたようにも書けます。漢字の「了」の手書き字とも似てます。
ξは、本当にくせ者です。活字をまねると書きにくいです。「3」を左右逆に書き、下を曲げても読める字になりますし、「っ」の下にくっつけて「了」と書いてもそれっぽくなります。
詳しくは、真理子さんのホームページで。(なお、真理子さんは現代語の発音をもとに書いておられるようで、多くの入門書に載っている古典式の発音と少し違います。)


補足ですけれど、ギリシャ文字の順番を確実に覚えるまで、まず英語などで使われるラテン文字を紙に書き、その下にギリシャ文字を書いてみるといいんです。横書きでいいです。そのとき、HIの間とNOの間を空欄にしておきます。HI(ハーイ)とNO(いいえ)だから覚えられると思います。

ABCDEFGH■IJKLMN■OPQRSTUVWXYZ

そして、欠番の4文字FJQWをカッコでくくっておきます。

ABCDE(F)GH■I(J)KLMN■OP(Q)RSTUV(W)XYZ

こうです。

その下に対応するギリシャ文字を書いていきます。この「対応」にはかなりこじつけもあるんですが、順番の暗記が優先です。θとξには注意します。HI(ハーイ)とNO(いいえ)のそれぞれの間に入ると覚えれば忘れないと思います。

これでやってみると、

αβγδεζηθικλμνξοπρστυφχψω

書けますね。

2021-12-15 掲載分を加筆修正して再掲

(伊藤一滴)