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地上の楽園? その2

完全に理想的な共同体なんて、ありません。そして、まず、今後もできません。

人間というものが不完全なのです。
不完全な人間に、理想社会はつくれません。
人間が努力して完全な者を目ざすことはありますが、完全な人間にはなれません。
マルクスの理論の失敗の中の、重大な失敗の一つが、人間が不完全であることの洞察の不足です。

地上の楽園は、人間の頭の中だけの話です。
一方、天上の楽園は、これは宗教の話であって、宗教の正典に出てきても解釈の余地があり、確実に実現するとか、確実にそこに行けるとか、そういった保証は何もありません。

ただ、この地上において、共同体を長く続けるため、また、共同体の構成員が不幸にならないため、今、私の頭にあることがいくつかあります。
(ここで言う「共同体」というのは、集団生活、小さな社会、と考えてください。)

共同体が大きくなりすぎるとうまくいかない。
全体に気を配ることができなくなりますし、全員の意見を聞く話し合いも難しくなります。

自然から離れすぎるとうまくいかない。
長い歴史の中で、人は自然と共に生きてきました。大自然には人を癒す効果がありますが、人工環境にずっと囲まれていると疲れます。自然の中で暮らす、あるいは、何らかの形で自然の恵みが感じられる暮らしをする、そうしないと、どうもうまくいかないようです。

工業化が高度に進み生産が大規模化してゆくとうまくいかない。
必ず貧富の差が生じ、それまでの相互扶助的な関係が崩れてゆきます。
大規模生産と人間の平等は両立しないようです。

上記と関係しますが、機械による労働力の削減や「合理化」も、やりすぎるとうまくいかないように思います。
人には、適度の労働が必要です。労働の中に、また、生産の過程を実感する中に喜びがあります。労働力の削減や、途中の過程を飛ばす「合理化」がいいとは限りません。
かといって、過度の労働がいいとも思えないので、バランス感覚が必要でしょう。

妻はよく「過程が大事」と言います。
妻は、食糧生産にしても、日用品の手作りにしても、作る過程に喜びがあると言います。スーパーで安く買えたからラッキーじゃないんです。

子どもと一緒にパンを焼くのと、スーパーに行ってヤマザキパンを買ってくるのは、やはり、違います。

そんな時間はないと言われそうですが、時間のない暮らしをするから時間がなくなるのです。
それは、その人のせいとは言えませんが、現代文明社会の中で時間のない暮らしをさせられているのです。

究極の理想を言えば、たとえばパンを作るのであれば、まず小麦を栽培し、自家製粉し、その粉で作る暮らし。服を縫うのであれば、綿花を栽培し、わたを収穫し、糸を紡ぎ、はたを織り、その布で服を縫う暮らし。

なかなかそこまでは難しいかもしれませんが、それができれば、長期持続型の、自立した共同体となるでしょう。
無理でしょうか。
昔の人たちは、それに近いことをやっていたのに。

(一滴)

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