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ご無沙汰していてすみません

ご無沙汰していてすみません。
冬の疲れか、体調を崩していたもので・・・・。
もう、大丈夫です。季節も、少しずつ春めいてきて、1階にも光が入るようになりました。

前回の記事に頂いたコメントを読みながら、あらためて思いました。患者にとって、あるいは消費者にとってよくないことがまかり通り、管理ばかりが厳しくなって、よりよくしようとするとつぶされてしまうような状況はおかしいです。

前にも書きましたが、進歩したものを戻したら敗北だ、みたいな考えがあって、問題が起きるとさらに進歩させようとして、よけい難しくなってゆきます。科学に対する、ほとんど信仰みたいな信じ込みもあって、(私も、科学を否定するわけではないけれど、)科学の力で進歩した技術に疑問をはさむのは許さないような雰囲気を感じるときがあり、そうした思い込みはどうかと思います。

一例を挙げると、自動車のパワーウインドウなど、子どもが首や手を挟まれる事故が起きていますが、以前のような手動式に戻そうとはしません。メーカーはさらに仕組みを複雑にして安全を確保しようとするだけです。

みんなもう、進歩や発展に疲れてきているのに。
あらゆるシステムの複雑化(人間の能力を越えるような複雑化)、原料やエネルギー源の確保の先細り、資源の採取・採掘や加工による汚染、種々の公害による汚染、先進国の少子化、生産拠点の海外移設による産業の空洞化、貧国の人口爆発や社会不安・・・・、いろいろありますが、どれも世界規模で、人類の未来に立ちはだかっています。

ひたすら進歩や発展を目ざしている場合ではないだろうに。
貧国の人たちが飢えていて、先進国では使い切れないほどの物資と食料の浪費ですか。

経済成長の追及も、もう、限界でしょう。

登山のように、立ち止まる勇気、場合によっては引き返す勇気を望みます。世界的に。(伊藤)

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