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未来への希望

雪深い山形県村山地方の山間部の古民家に移り住んでもうすぐ4年。
小さな設計事務所を運営していた建築士の伊藤と、元医療ソーシャルワーカーで社会福祉士の妻、そして3人の子どもたちの暮らしは、だんだん、農的になってきました。

21世紀を迎える頃から、未来が行き詰っていくような漠然とした不安があり、いっそのこと、伝統的な暮らしに帰って農業でもやりたいという気持ちがどこかにありました。
そんな気持ちがあっても実行する人は少ないかもしれませんが、私たち夫婦は本当に、山里に土地と古い家を求め、移り住みました。「不便な山里から街に移り住むならわかるけど、なんでそんなあべこべなことをするの?」というのが、まわりのほとんどの反応でした。
でも、思ったとおり、山里は住みよい場所で、私も妻もすっかり気に入り、2人の子どもも元気になり3人目も生まれました。豊かな自然と近隣の人たちの温かいまなざしは、本当にありがたいです。
つつましい暮らしですが、だんだん生活は農的になり、今、本気で新規就農を考えるようになりました。私と妻とで選んだ道は間違っていなかったと思います。
ここに、未来につながる希望があります。ただし、これは、私的、地域的な希望です。

12月24日の朝日新聞(山形県で配布された版、当地は朝だけで夕刊なし)を読んでいたら、救世軍への募金が増えていると書いてあり、うれしくて、うれしくて、泣いてしまいました。生活に困る人が増え、それで募金が減るのではなく、かえって増えるのです。みんな、自分も大変だから、もっと大変な人のために募金してくれるのです。日本は厳しい競争社会と言われ、競争に勝ち抜くことだけが大事で、もう、人は助け合いなど忘れたのかと思ったら、そうではありません。がんばろう救世軍、がんばろうみんな、と言いたいです。
派遣労働者が切り捨てられそうになれば、支援しよう、連帯しようという動きも高まります。企業側もこうした動きに押され、話し合いの場を持ったり、一定期間は寮にいられるようにしたり、ある程度は配慮するようになりました。
人は、困れば助け合うのです。
驕る大企業など、しょせんこの世の栄華、「久しからず」で「春の夜の夢」でしょうが、人間には、まだまだ、未来への希望があります。
「希望などどこにあるのか」と思えるような世の中ですが、それでも私は人間を信じ、未来への希望を信じます。(伊藤)

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