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「聖書はすべて神の霊感によるもの」であっても、聖書無誤論は否定される

そもそも、聖書は無誤無謬だなんて、聖書のどこにも書かれていません。つまり、「聖書66巻は無誤無謬です」といった主張には、最初から聖書的根拠がないのです。

「聖書はすべて神の霊感によるもの」だと、新約聖書に書いてあります。テモテへの第二の手紙(以下、2テモテ書と略記)3:16です。これを聖書無誤論の根拠にする人たちがいますが、無理な主張です。
テモテへの第一の手紙(1テモテ書)もそうですが、2テモテ書も、パウロがテモテに宛てて書いた手紙という形式で書かれた著者不明の文書です。
(今日では少数意見ですが、パウロの作であると言う人もいます。仮にそうであっても以下の主張は成り立ちます。)

著者はこう書きました。
「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です」

「神の霊感によるもの」で「有益です」と言っていますが、「無誤無謬である」とは言っていません。
著者は、聖書とは何かという厳密な定義を語っていません。おそらく、自分が普段読んでいる七十人訳ギリシャ語聖書を思い浮かべて「聖書はすべて~」と書いたのでしょう。あるいは、当時ユダヤ教の会堂で朗読されていた聖書が念頭にあったのかもしれません。
どちらにしても、こんにちの旧約聖書39巻と同じ物ではありません。
2テモテ書の著者に、ヘブライ聖書(旧約聖書)は39巻という意識があったとは思えません。ヘブライ聖書39巻の確定は西暦90年代になってからです。

「2テモテ書に「神の霊感による」とあるは「無誤無謬である」という意味です」、と言う人もいますが、それだとアポクリファ(旧約聖書続編)も含めて無誤無謬ということになります。

また、2テモテ書が書かれた時代、まだ新約聖書は成立していませんでした。パウロの名でこの文書を書いた人物は、27巻の新約聖書というものを知らなかったのです。仮に(私は賛成しませんが)、この書の著者がパウロだとしても、パウロは27巻の新約聖書を知らなかったのです。

「聖書はすべて神の霊感によるもの」というときの「聖書」という言葉には、新約聖書は含まれていません。ある文書が書かれたときにまだ成立していないものについて言及することはできません。
考えてみてください。たとえば、明治時代に内村鑑三が書いた文書の中に、遠藤周作『沈黙』とか三浦綾子『氷点』とかの感想が書いてあるなんてことがあり得るかどうか。

「パウロは神の霊感によって、やがて新約聖書27巻が成立するのを知っていました」などと言うのはまったく聖書的根拠のない主張です。聖書のどこにもそんなことは書かれていません。

つまり、「聖書はすべて神の霊感によるもので」云々という言葉は、「聖書は無誤無謬である」という意味にはならず、聖書無誤論の根拠には使えない、ということです。


ただし、もし2テモテ書の著者の言う「聖書」が「七十人訳ギリシャ語聖書」なら、翻訳された聖書も「神の霊感によるもの」だと理屈をつけることはできます。その理屈だと、翻訳のもとになった聖書の写本も「神の霊感によるもの」ということになります。

実際は、七十人訳はヘブライ聖書と多くの相違点がありますし、その後の写本も翻訳も数多くの相違点が見つかっていますから、この点からも、「聖書はすべて神の霊感によるもので」云々という言葉は、「聖書は無誤無謬である」という意味にはならない、ということになります。

また、数多くのミスがある写本や翻訳も「神の霊感によるもの」なら、なにも苦労して原典を追求しなくてもよい、ということになりそうです。

写本により、翻訳により、意味が正反対になっている箇所もあります。写し間違いがあっても、誤訳があっても、まるで正反対でも、みな「神の霊感によるもの」のなのでしょうか。

やはり、「聖書はすべて神の霊感によるもので」云々という言葉は、「聖書は無誤無謬である」という意味にはならないのです。


「写本も翻訳も無誤無謬ではなく、無誤無謬なのは原典だけです。「聖書はすべて神の霊感によるもので」というときの「聖書」とは、原典のことです。これが無誤無謬なのです」といった主張もあるでしょう。そうした主張に対しては、「使徒パウロはテモテに対し聖書の原典を読むように勧めたのですか?」と聞きたいです。
テモテは、聖書原典なんて持ってないし閲覧もできません。パウロを名乗る著者だって、当然聖書原典なんて持ってないし、読んでもいません。
誰も持っておらず、誰も閲覧できないものを人に勧めるのは、ありえない話です。勧めたのは、七十人訳か、会堂で朗読される聖書か、あるいは両方でしょう。ここでいう「聖書」とは原典のことですというのも、成り立たない主張です。

(伊藤一滴)

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