世論の勝利 検察庁法改正案見送りに
今国会での検察庁法改正案が見送りになったのは、多数の強い反対意見を無視できなくなった結果です。
各方面から声をあげてくださった方々、ありがとうございました。
芸能人も、多数、反対意見を表明してくださいました。仕事への悪影響を顧みずに良心の声をあげてくださり、ほんとうにありがとうございました。
そうした勇気ある方々を非難する声もありました。
批判する価値もないような罵詈雑言にいちいちコメントしませんが、あまりにもひどい非難をいくつか例にあげ、私の考えを書きます。
「素人のくせに(=専門家でもないくせに)文句を言うな」
「本当に理解して抗議してるのか」
「勉強してからものを言え」
そういうことを言うあなたこそ、専門家なのですか? 本当に理解しているのですか?
「本当に理解」って、どこまでを言うのでしょう。
原子物理学の専門家以外は原子力発電に反対してはいけない?
医学者以外は医療に関して意見を言ってはいけない?
建築士以外は家の間取りを考えてはいけない?
まさか。
専門家でなくとも、大きく見ればこうだ、筋を通せばこうだ、感覚的にこうだと言えるのです。
「文句を言ってないで自分が政治家になってやればいいだろう」
国民が全員政治家になることはできません。だから選挙によって議員を選ぶのです。我が国は、そういう間接民主制の議会制民主主義国です。
議員を選んだといっても全権委任ではありません。
自分たちが選んだ政治家への意見や批判は当然であり、政治的な発言も含めて国民の権利です。
それを理解せずに「自分が政治家になってやればいい」は暴論です。
「民主的に選ばれた政権に文句を言うな」
上と同じで、全権委任ではありません。
政権与党は、与党に有利になるように教育を持っていきたがるようです。投票率が低く、また政権批判の声が高まらない原因の一つが、今の教育にあるのではないかと思えます。
それにもかかわらず、今回これだけ反対の声があがったのは、与党が図に乗り過ぎたのです。おとなしい国民も、我慢の限界に近づいたのではありませんか。
「歌手やってて、知らないかもしれないけど」
反対の意見を表明した女性歌手に対する某政治評論家の言葉ですが、あまりにも歌手を見下げた発言です。
発言者は政治評論家をやっていて知らないのかもしれませんが、一般に著名な歌手はかなりものを知っています。だから、著名人になれた、とも言えます。
私の親戚に芸能界の舞台裏にいた人がいました。聞こえてくる話から、芸能人たちの聡明さに驚いたものです。
「歌手やってて、知らないかも」と歌手を軽く見る評論家は、その発言から、守備範囲は限られた世界の中だけと察せられます。
検察庁法改正案は、見送りであり、廃案ではありません。
不断の努力が必要です。
三権分立も、法の支配も、民主主義の要はすべて、国民の不断の努力によって保持されるのですから。
ご参照 #検察庁法改正案を廃案に
(伊藤一滴)
コメント