『戦争は女の顔をしていない』の原作を読む
『戦争は女の顔をしていない』の原作(三浦みどり訳、岩波現代文庫)に出てくる話から引用します。
こういった話はいくつもありますが、その中の一つです。
証言者はワレンチーナ・パーヴロヴナ・チュダーエワ氏という女性で、彼女は第二次大戦中、ソ連軍の軍曹で、高射砲指揮官でした。
引用開始
私たちは十八歳から二十歳で前線に出て行って、家に戻ったときは二十二歳から二十四歳。初めは喜び、そのあとは恐ろしいことになった。軍隊以外の社会で何ができるっていうの? 平和な日常への不安…同級生たちは大学を終えていた。私たちの時間はどこへ消えてしまったんだろう? 何の技術もないし、何の専門もない。知っているのは戦争だけ、できるのは戦争だけ。
戦争とは早く縁を切りたかった。軍外套を普通の外套に縫い直し、ボタンを付け替えた。使っていた軍靴は市場で売ってパンプスを買った。初めてワンピースを着た時には涙にくれたものよ。鏡を見ても自分だと思えなかった。四年間というものズボンしかはいていなかったからね。負傷したことは誰にも言えなかった。そんなことを言ったら、誰が仕事に採用してくれる? 結婚してくれる? 私たちは固く口をつぐんでいた。誰にも自分たちが前線にいたことを言わなかった。そうやって、お互い連絡だけは取り合っていたの。手紙で。私たちが奉られたり、懇親会に呼ばれたりするようになったのはもっと後になって三十年もたってからのこと。初めは沈黙していたのよ。褒章だって身に付けないでいた。男の人たちは付けていたけど、女の人たちは付けなかった。男たちは戦争に勝ち、英雄になり、理想の花婿となった。でも女たちに向けられる眼は全く違っていた。私たちの勝利は取り上げられてしまったの。
引用終了
男性なら、祖国のために戦った自分の戦歴を語り、名誉の戦傷や褒章も含めて武勇伝を自慢したかもしれません。
だのに、軍人だった女性たちは、戦後、自分の戦歴を隠さないといけなかったのです。
戦争は殺し合いであり、そもそも人間の顔をしていませんが、特に、女の顔をしていません。
女性の将兵らが戦勝国の勇者として帰還しても、
軍務に尽くして褒章をもらった女性が多数いても、
「私たちは固く口をつぐんでいた」と言うのです。
評価され始めたのは、ずっと後になってからでした。
戦争中はもちろん、戦後もずっと、「戦争は女の顔をしていない」。
(伊藤一滴)
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