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嵐の山里で世界を思う

きのうから、北海道や東北で強風が吹き荒れていて、私が住む山形県の山里も嵐です。とにかく風が強くて、昨夜は風の音で何度も目を覚まし、朝になって家の周りを見たら、雪の上に無数の小枝が散らばり、家の漆喰壁の一部が剥がれて落ちていました。
怖いような暴風です。でも、その程度で済んでいる、とも言えます。

世界のニュース、特にシリア内戦やロヒンギャ難民に関する新聞記事を読み、心を痛めています。

今、この世界には、命の危険にさらされ、たいへん苦しい思いをしている人たちがいます。

お祈りください。

祈って何になると言われそうだけれど、祈ることで心がそこに向かうのです。世界の無関心がその人たちを殺します。

どうか、お祈りください。

(伊藤一滴)

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