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ご無沙汰しています

長らくご無沙汰しておりました。
忙し過ぎました。

農業だけでは食べていけないので、建築業も続けているのですが、頼まれて震災復興に関わり、超多忙の日々が続いていました。
建築関連の業者はどこも忙しく、呼んでもなかなか来てくれないし、建築資材会社の仙台営業所の被災で、資材入手の混乱も収まらないし、てんてこまいでした。
稲刈り、そば刈り、収穫後の後始末、それに冬支度も待ったなしでした。建築業がこんなに忙しくなければ、農作業など、楽しいだけですけれど。
土日も祝日もないような超多忙の日々にはまいりました。
のんびり暮らしたいです。

極端に大規模化しなくとも、ふつうの農業で食べていける世の中になって欲しいです。
晴耕雨読的に、今日は雨だから畑に行くのはやめて設計の続きをしよう、といったペースで建築物が建ってくれたらいいですね。

建築業に限らず、やることが増えすぎました。世の中、忙し過ぎますよ。
(伊藤一滴)

コメント

こんばんは・・・
畑ちがいですが、まったく同じ状況でした。目が回る、というか、回してる余裕がないくらい、あれもこれも仕事があって、苦しくなっておりました。
震災後、もともとハードだった生活が超ハードになり、やらなければならない仕事が3倍くらいに増えました。それでも、誰かがやらなければならない・・・そう思えばこそ、ですが、真摯に向かい合おうとすればするほど、自分の時間がなくなります。
やることが増えすぎた、まったく同感です。
シンプルに暮らすこと、そのことだけを淡々と繰り返していけたら、どんなにいいかと・・・

一滴さんのバイオリズムと同期しているような感じがします。
震災後の慢性疲労がじわりじわりと来ています。
それでも明日、また沿岸の町に向かいます。神様のそば近くあって、自分にできることに励むのみ。
ときどき自分が誰だかわからなくなることがあるのですが・・・

少しでも被災者のお役にたてたらと思い、建築の仕事で震災復興に関わりだしたら、忙しくて、忙しくて、なんだか、へとへとです。良心的に行動しようとするほど、忙しくなっていくような気もします。
でも、これほど忙しいというのは、自分が必要とされているということで、人の役に立つ仕事で必要とされているのはありがたいことでもあります。神谷美恵子が述べておられた「生きがい」も、こういうことなのかな、と思います。
疲れもしますが、建築を学んだ者の責任みたいなものを感じています。
(一滴)

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