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「町工場」への無知と偏見

「国家公務員の賃金水準を町工場並みにして、優秀な人材が集まるのか」稲見哲男衆議院議員(民主党)

なぜこの差別的で不見識な発言が大きな問題にならないのか、なぜマスコミは発言の責任を厳しく問うことをせず、大きく報じないのか、不思議です。
朝日新聞が、批判的な見解を小さく載せていたので引用します。(8月27日、経済気象台より。ただしこれを書いた「遠雷」氏は朝日の記者ではなく、社外筆者。)

引用開始

「町工場」への無知と偏見
 世の中には驚くべき暴論がある。8月21日付の本紙(朝日新聞のこと、引用者注)が、公務員給与の引き下げをめぐる民主党内の議論を伝えている。その中で「国家公務員の賃金水準を町工場並みにして、優秀な人材が集まるのか」という稲見哲男衆議院議員の意見が紹介されている。(こんな発言を本当にしたのだろうか、と疑いたいのだが)
 「町工場」に対するこれほどの無知(無恥)と偏見を知らない。「国家公務員の方が町工場の人間より優秀である」。「町工場は賃金が低いから優秀な人間は集まらない」とする、この国会議員の社会認識と思考回路はどうなっているのだろう。ものづくりの現場で働く人材の素晴らしさに関する議論はここではしない。また、学歴、性別、年齢、勤続年数、業種といった属性をそろえた上での賃金比較をすると、大企業に比べ「町工場」の賃金はさほど低くないという事実もあるのだが、要するに議論を組み立てる発想の仕方がお粗末なのである。
以下略

引用終了

私は、職人の家に生まれ、ものづくりの現場を見て育ちました。小さな工務店や工場で働く人たちの中に、ひじょうに優秀な人がいるのも知っています。
上に引用した「遠雷」氏の見解がほとんどすべてを語っておりますが、もうひとつ、町工場にはチャンスがあるということも付け加えておきましょう。一介の工員として町工場に就職した人が頭角を表して管理職になったり、独立して経営者になったりするのも珍しくありません。公務員の世界では起こりえないことが、町工場で起きています。その人の考え方もあるでしょうが、安定したエスカレーターに乗るより波乱があった方が人生はおもしろいかもしれません。

私自身、もし官庁や大企業に就職していたら、今のように人生を楽しむことは出来なかったろうと思います。
(伊藤)

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