ひと雨ほしいところです

つれ合いの体調が少しずつ落ちついてきました。
私も、ひと安心です。
励ましのメッセージ、ありがとうございました。

梅雨入りしたとはいえ、今年は雨が少なくて、畑の土が乾き気味です。近所の農家の人たちは、ひと雨ほしいと言っています。わが家の菜園はわざと雑草を残し草マルチをしているので、雑草や草マルチが朝露を蓄えてくれるし、土の表面が直射日光に曝されるのを防いでくれるみたいで、それほど乾いておりません。でも、日照り続きで作物は伸びられず、やはりひと雨ほしいところです。

自然農法は、不耕起、不除草、無施肥、無農薬と言われますが、私が今やっているのは、ほぼ不耕起。除草剤は一切使わず、雑草の根も抜かず、鎌で刈るだけ(例外はツル性の雑草で、作物に絡むので抜いています)。化学肥料は一切使わず、米ヌカや自家製の完熟堆肥を少しやるくらいです。これも、やりすぎないよう気をつけています。たとえ安全な有機肥料であっても、肥料のやりすぎは病気や虫害を招くといいます。人間も食べ過ぎれば肥満や生活習慣病になるのと同じです。もちろん、農薬は一切使ったことがありません。化学合成の農薬だけでなく、天然成分の農薬や農薬に類するものも使っておりません。天然成分であれ何であれ、健康な人に薬はいらないように、健康な作物に薬はいらないと思うからです。たとえ天然農薬であっても、弱い作物を薬の力で生かして食べるのが健康的な食べ方だろうかと、思うのです。
まあ、そうは思っても、市販のものも食べてますから、理想と現実にズレもありまが・・・・・。

最近は、愛車ジープの幌をはずし、オープンカーで通勤しています。風の匂いを感じながら山の道を走るのはいいものです。野山では、野ばらが白くて小さな花を咲かせています。あちらこちらで、栗の花が独特の匂いを漂わせています。かわいらしいリスが走っていくのを見かけることもあります。

日が長いので、明るいうちに帰宅する日が多く、子どもたちと菜園に行ったり付近を散歩したりするのが日課です。昼間は暑くとも、山里に帰れば空気がいいし、朝夕涼しいので過ごしやすいです。(伊藤)

懐妊、そして

tsukaharaさん、さっそくのコメントありがとうございました。
意外な方からメールを頂いたりもしてまして、この場で感謝申し上げます。
山形も梅雨入りし、うっとうしい季節が来ましたが、もうしばらく、がんばってみます。

つれ合いが横になって休んでいると、長男と次男の会話が聞こえてきます。
「兄ちゃん、ママがカメさんみたいに丸くなってるよ。ママ死ぬの?」
「馬鹿! ママが死ぬわけないだろう。かたまってるだけだ」
子どもなりに心配しているようです。

地域のお祭りがあり、たまたま、わが家が属する隣組が当番で、つれ合いの懐妊の話は近所に広まりました。
近所のお婆ちゃんたちは、「だんなさん、奥さんを大事にしてやってよ」と声をかけてくれます。
変に気を使うことのない素朴な日常はいいものです。これで近所に子どもが多ければ言うことなしなんですけれど・・・・・。

全国的に少子化の流れは止まらず、特に都市部では顕著だと報じられておりますが、それは、産業化が生活の隅々に及んで人を支配するようになった時代の当然の結果と言えるでしょう。昔と違って「お互いさま」の意識が薄れ、人のつながりも希薄化しています。そういう中で、子どもを育てるのは大変です。今では育児も様変わりし、昔なら地域が共同でやっていたことも、行政や業者のサービスを頼んだり、メーカーの物品を購入して対応したりする方向に変化し、お金がかかる、時間がない、お金がかかる、時間がない、世の中に広くイライラが蔓延、という感じです。
世の中は進歩したと言われますが、それで人は幸せになったのでしょうか? 私はずっと、素朴な疑問をいだき続けてきました。

私たち夫婦は、開発と消費を中心とした産業社会に少し距離をおき、自然や人とのかかわりを求めてこの山里に引越して来ました。ここには、昔なつかしいような「遅れた暮らし」が残っています。高齢者の多い小さな集落ですが、ここで私たちは、町や集落や、ご近所に助けられながら暮しています。(伊藤)

懐妊・・・・

しばらく書き込みを御無沙汰していましたが、実は、つれ合いの懐妊が明らかになりました。
この冬には3人目が誕生する予定です。まあ、それは、めでたいことなんですが、つわりがひどくて・・・・・。
つわりというのは、男性の私には生涯経験しようのないことですが、当人はけっこうしんどいようです。
私も、仕事をなるべく早めに切り上げて帰宅するようにしていますが、それから子どもたちの相手をし、食事のしたくや後片付け、お風呂、その他いろいろな家事を手伝うと、疲れちゃいまして、2人ともぐったりしてしまいます。
私もつれ合いも、じねんと生きる方針ですが、お読みの方、何かアドバイスがありましたら、メールかコメントで御教示いただければ幸いです。コメントの場合はアドレス省略でかまいませんし、ペンネームでもけっこうです。(伊藤)

闘うから闘いになる

きのうの雨が嘘のような快晴で、暑いくらいになりました。。
今朝も、いつものように朝5時に起きて、家のまわりの草刈りをしてきました。わが家の不耕起の家庭菜園では、5月の休みに植えたジャガイモが元気に芽を出して育っています。ナスやトマトの花も咲きました。先週播いたコマツナが芽を出し、かわいい双葉を広げています。

雨がいちばんの肥料だと言っていた人がいましたが、たしかに雨が降り気温が上がれば植物はいきいきしてきます。畑の作物は元気になり、雑草もよく育ちます。私は、考えあって、雑草は鎌で刈るくらいであまり根を抜いたりはしません。

冬は雪との闘いだ、とか、夏は草との闘いだ、とか、言う人もいます。そう言いたくなる気持もわかるのですが、闘うから闘いになるのではないかと思えるのです。
除雪は大変な作業ですが、カンジキで雪の上を歩くのは、それほど大変ではありません。雪おろしも大変ですが、わが家のように屋根の雪が引力で自然落下するようにしておけば、おろす必要はありません。自然落下の雪で1階が埋まってしまいますが、そのときは2階から出入りすればいいだけの話です。
草もそうです。畑に草があれば保湿になるし、雨が降っても泥はねや土の流出がおきません。草を抜かずに刈るだけにして、刈った草を畝(うね)や畝間に敷いておけば自然のマルチになり、やがては分解して肥料になります。ビニールのマルチのようにお金もかからず、あとから除去する手間もありません。私が思うにいいことだけですが、こんな畑のやり方は、たぶん、非常に少数派でしょう。
農協の指導員さんたちの中には「雑草も枯れ草も害虫の住み家になるから、雑草はまめに抜くか除草剤を撒くかし、草や作物の残渣(ざんさ)は、すぐに畑から撤去しないといけない」とおっしゃる方が多いのです。私がやっていることと正反対ですが、指導員の言い分は化学農法の発想で、それはそれで理屈のあることですから、私は反論しません。けれど、私としては、家庭菜園にまで化学農法を持ち込みたくないのです。
雑草や枯れ草は害虫の住み家といいますが、益虫の住み家にもなるので、実は均衡がとれて、害虫か益虫か分類することにあまり意味がなくなります。この山里に引っ越してくる前の私の経験でもそうですが、畑を不耕起にし、草を抜かずに鎌で刈るだけにしておけば、特定の害虫が増えることはなく、農薬は一切必要ありません。だんだんに土も肥え、肥料もほとんどいらなくなります。(例えば、徳野雅仁著『完全版 農薬を使わない野菜づくり』[洋泉社]参照。不耕起栽培についてはいろいろな本がありますが、先駆的なものとして福岡正信『わら一本の革命』[春秋社]が有名。)
不耕起というと、土が固くなるのではないかとイメージする人がいますが、逆です。不耕起・草マルチを続けると、腐植が多くなり、ミミズが増え、野原の土のように柔らかくなります。排水も保湿もよく、適当に粘りもあるいい土になるのです。いい土を人工的に作るのは大変でしょうが、自然に任せれば簡単に出来るのです。
では、なぜプロ農家はそうしないのでしょうか。プロ農家の場合、作物の均一性や供給の安定性を求められるので、どうしても工業的な化学農法になるのだろうと思います。それは農家が悪いのではなくて、消費者のほうが均一な形の農産物の安定した供給を求める結果なのでしょう。化学薬品や工業機械を使いだした農業は、どこまでもその方向で進んでいくしかないようです。そうして、雑草や害虫を相手に化学や機械の力で闘うわけです。はじめから闘わなければ闘いにならないのに。
繰り返しますが、農家が悪いのではありません。農家は消費者の求めに応じ、大変な中で一生懸命やっているんです。今の世の中、農業もまた産業であり、工業に類した生産活動のひとつです。他の産業と同じで、もう、自然界の中での循環の環を持続させる営みから離れてきました。農薬も化学肥料も、農業資材、農機具、燃料等々も、みんな工業製品で、未来永劫持続する循環の中にありません。

じねんと生きようとする私は、無精者に見えるかも知れません。でも、私は、自然を相手に闘うことをやめただけです。闘うから闘いになるし、闘いだせばどこまでも闘い続けないといけなくなりますから。

じねんと、じねんと。そんなに急いでどこへ行く。(伊藤)

土壁の寝室

古民家に住んでいるので、一部の改築箇所以外は、昔ながらの土壁の部屋です。寝室も土壁ですが、これがまた、寝心地がいいんです。
もちろん土壁のためだけではなくて、場所が静かだし、空気はいいし、自然に囲まれた環境だからというのもあるのでしょうけれど、寝つきはいいし、朝の寝覚めもよくなりました。土壁の部屋は、音の響きが柔らかい感じですし、天然の調湿機能が働くのか、雨の日も不快に思わなくなりました。私だけでなく、家族全員、早寝早起きになりました。
以前、仕事で左官屋さんに漆喰塗りをお願いしたことがあり、そのとき雑談したのですが、左官屋さん自身、土壁の部屋を寝室にしていると言ってました。左官屋さんは「そりゃあ土壁の部屋に一度寝たら、新建材の部屋じゃあ寝られませんよ」と言っていました。(伊藤)

春も初夏もいっぺんに

山里でも田植えの季節になり、近所の農家は大忙しです。
わが家の周りの最後の雪が融けたのは5月3日でしたから、山里の5月は春も初夏もいっぺんに来る感じです。

連休中に子どもたちと一緒に植えた男爵イモが芽を出しました。
ちょうどこの季節は敷地内にワラビがたくさん生えており、朝に摘んで灰汁につけておくと夜にはおいしいおかずになります。自然の恵みはありがたいです。
このあたりではいろいろな山菜が採れますし、近所の農家から野菜をいただいたりもするので、最近はほとんど野菜類を買わなくなりました。(伊藤)

昔の暮らしは良かった?

「伊藤さん、昔の暮らしは良かったと思う?」と、よく聞かれます。古民家暮らしなどしているから、そう聞かれるのでしょう。それに対して私は、「まあ、いい点も悪い点もあったでしょうから・・・・・」と、あいまいな返事しかできません。
昔といっても、いろいろな時代があり、また同じ時代でもいろいろな面があったでしょうから、一概には言えないと思うのです。
昔を知る人は言います。
「昔はねえ、春から焚き木を集め、食料を確保し、子育てをして1年過ぎた。次の年も同じように過ぎた。その繰り返しだったよ」と。
そういう話を聞いて私は想像してみます。昔の生活は質素で単調にみえても、日常の中で自分で判断し工夫する場が、今よりずっと多かったのではないかと。1分1秒に追われることなく、自分たちの生活のリズムで毎日を暮していたのではなかったのかと。天気が良ければ田畑や山で作業をし、天気が悪ければ家の中で作業をするという暮らしは、天気の良し悪しに関わりなく定時に出社し、仕事の進み具合に関わりなく一定時間は職場にいる現代のサラリーマンの生活とはだいぶ違います。
たぶん昔は、生活が自然に近くて、季節の移り変わりや近隣とのちょとした触れ合いの中にも喜びを感じていたのではないかと思います。いろいろな面があったでしょうが、全般的に考えれば、どうも昔のほうが人間の原点に近かったのではないかと想像しています。(伊藤)

雨の日に

きのうも今日も冷たい雨。
山里は5月でもけっこう冷えます。
保育園児の次男が窓の外の雨を見ながら言いました。
「おうちの屋根さん、自分がびしょ濡れになって、人が濡れないようにしてくれるんだよ」
またこんなことも言いました。
「雨が降ると、カエルやお花やお野菜が喜ぶの。カエルは泳げるし、お花やお野菜はお水を飲んでぐんぐん伸びるんだもの」
いいことを言うなあと思いました。(伊藤)

商業資本ではなく

4月29日は、集落の氏神様のお祭りでした。これは男衆の祭りだそうですが、お祭りといっても各家の手料理を持ち寄っての親睦会みたいな感じです。今年から私も仲間に入れていただき、例のゼンマイ煮とふかしご飯を持参し、お酒をいただきながらいろいろな話をしました。集落には高齢者が多く、中学生以下は4人だけ(そのうち2人は我が家の子)、なんとか過疎化に歯止めをかけたいという話も出ました。
私個人は、山里は廃れる一方だとは思いません。たぶん今後、山里の良さに気づく人は気づくでしょう。都会だから儲かるという時代でもなくなりました。それに、たとえ儲かったとしても、だから幸せかといえばまた別な話です。
山里に住んでいる人たちは、「山の暮らしじゃあ食っていけないよ」なんて言ってるわりにはみんな食べています。数字として表われる現金収入は街より低いでしょうが、生活に必要なお金もずっと少なくて済むのです。
田舎の暮らしは不便とされてきました。ここは田舎も田舎、雪国の山里です。おかげで、開発から取り残されてきました。私は、こういう場所が残っていてよかったと思っています。便利とされる場所は開発され、古民家は壊されて新建材の家が建ち、地域の習慣や人と人との関係も断ち切られてきました。失われたのは民家だけではないのです。民家と共にあった人の暮らしそのものが変わってしまったのです。見てください、最近の住宅、やたら防犯性が強化され、二重鍵だの強化ガラスだの警備会社への通報システムだのと、まるで要塞みたいです。開放的な造りこそ、日本家屋のよさであり、住みやすさであったはずなのに・・・・。
それにかわるように大規模な商業資本が入り込んできて、以前は自分たちでやっていたいろいろなことも、お金を払って業者にやってもらうようになりました。消費はもちろん、教育的なこと、ちょっとした家の補修、冠婚葬祭、防火防犯の見回り、その他もろもろに企業が入り込んできました。
たとえば、うちにも子どもが2人おりますが、地方都市にいたときには育児の分野でもいろいろな売込みがありました。でも、ここではほとんど必要ありません。遊び場はいくらでもありますし、近所の人が声をかけてくれたりします。そもそも、自然とのかかわりや地域の人とのかかわりは、お金を払ってサービスを買うという関係ではないのです。
この5月から、小1の長男には、スクールバスの乗り場まで1人で歩かせるようにしています。あとから聞いた話ですが、ある朝、息子はバスを待ちながら泣いていたのだそうです。たまたま通りかかった農家のおじさんが声をかけてくれて話を聞いたら、いつも一緒にバスに乗る近所のお姉ちゃんがなかなか来なくて、もうすぐバスが来そうだし、どうしていいかわからなくなってしまったということだったのだそうです。「お姉ちゃん、風邪かもしれないから、バスが来るまでおじちゃんが一緒にいてあげる。だから心配すんな」と、そのおじさんは一緒にバス乗り場で待っていてくれました。ちょうどバスが来たときにお姉ちゃんも走ってきて、ただ、朝出るのが少し遅れただけで、体調が悪いわけではないというので、おじさんも安心してバスを見送ったとのことでした。通りがかりの人が声をかけ一緒に待っていてくれるような日常の中に、地域の人たちの優しさ感じています。田舎暮しの日常は人間的なかかわりの連続です。
(補足)本来、人はみな優しさを持っているのに、現代の産業社会に組み込まれていく中で、なかなか優しさを表せなくなっているのではないのでしょうか。前回、鉄道事故のことに触れましたが、特定の個人を責めるつもりはありません。あの中で言いたかったのは、人間を思考停止にしてしまうシステムや風潮への批判です。(伊藤)

都市と山里と

兵庫県尼崎市で起きた鉄道大事故の続報を見ながら、人間を秒単位で管理するシステムって何なんだろうと思いました。そこまで管理されてしまうと、人間として当たり前の判断力も働かなくなり、思考停止になってしまうみたいです。電車の遅れを取り戻そうとして猛スピードを出したり、事故車両にJR社員が乗っていても負傷者を救助せずに自分の部署に行って普通に勤務したり、その後のボウリング大会だの宴会だの・・・・・、もはや、人間としての感情はどこへ行ったのか疑われるような思考停止状態です。
昔のMS-DOSパソコンにプロンプト記号が出てきましたが、あんなふうに、人間がプロンプト化して、誰かにコマンドを与えてもらわないと動くことが出来なくなってしまうのでしょうか。現代の都市文明を維持するのにそのような管理が必要だとすれば、非人間的なシステムですし、脆弱です。

山里で暮していて思うのですが、ここでの生活は都市型の管理と対極です。すべてが自然に近いですし、自分の頭で考えて判断することが多いです。山里での暮らしを始めてから、私は、自分が人間の原点に近づいてきたような気がしています。
天気や気候の変化に敏感になりました。自然の移り変わりを肌で感じるみたいな感覚です。味覚も嗅覚も鋭くなってきました。水や空気の良さもあるのでしょうが、食事がおいしいです。それに、早起きになりました。自分は夜型人間で、体質だから直らないと思っていたのですが、そうでもないようです。お天道様が昇っているのに寝ていたらもったいないみたいな気がして、今朝も5時に起きて、草刈り、畑仕事、薪割りなどをしてきました。
たった1ヶ月と少しで、手足ががっちりしてきて、体力がついてきた感じです。そういう意味で、私はずいぶん働き者になりました。(伊藤)