野の花をながめながら

自分で「ジネント山里記」を読み返してみると、なんだか伊藤は山里の民家でのんびり生きている世捨て人みたいな感じですが、実際は平日普通に働いていますし、けっこうめんどうな仕事もしています。それでも山里の家に帰るとほっとするのです。自然の中に身を置くと、わずらわしいことを忘れ、解き放たれた気分になるのです。

日に日に新緑が鮮やかになっていきます。ふもとの桜は散り始めましたが、今度は家の周りの桜が咲いてきました。やがて上のほうでも咲くでしょうから、何度も花見が出来そうです。
朝のさわやかな光と鳥の声に目覚める日々です。早起きして散歩するなんて、山里に来るまでなかったことです。朝の散歩中、よくキジのつがいを見かけます。うちの庭に遊びに来ていたり、裏のりんご園を歩いていたりします。集落の人は誰もいじめたりしないようで、わりと近くまで寄ってきます。キジの夫婦は仲良く歩いていて、かわいいです。
道端にはタンポポやいろいろな野草たちが花を咲かせています。
野の花をながめながら、「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも装っていなかった」という福音の言葉を思い出しました。高校生の頃、古典の時間に読ませられた『平家物語』の冒頭や『方丈記』の言葉も頭に浮かんでくるのですが、それは私が「無常」を思うような年齢になったからかも知れません。
この世の覇者が何をしようが、いずれは消えていきます。人間の驕りに関わりなく四季はめぐり、花は咲く、ということのようです。(伊藤)

ゼンマイを煮て

連休中、屋外に簡易カマドを出して火をおこし、ゼンマイを煮ました。家の周りを掃除したときに拾った杉葉や枯枝の始末と燃料代の節約を兼ねて簡易カマドを使ったのですが、わずかな焚き木でけっこう長い時間燃えています。燃料はタダなので、煮込み料理にはいいようです。春~秋は簡易カマド、冬は薪ストーブで煮炊きすれば、燃料代がかなり浮きそうです。

地域のお祭りに、つれ合いが何度も味見をしながら作ってくれたふかしご飯と、私のゼンマイ煮と、地酒を持って出かけました。集落の人たちと酒を飲み、話をするのは楽しく、こういう中にいるとストレスもたまりません。やはり、人と人とのかかわりは大事だと思いました。(伊藤)

日本の面影

ふもとの桜が満開になりました。山桜も咲き始めました。種類があるようで、赤みの強い花、ピンクの花、白っぽい花、いろんな桜が咲いています。最上川のほとりに、色とりどり、春の陽に映えて鮮やかです。
山里の雪も日陰に少し残るだけになりました。付近の果樹園は若草色のじゅうたんを敷き詰めたようで、りんごの新芽も元気です。セリやナズナが食べごろになりました。ヨモギも、きのう天ぷらにして食べましたが、緑色が鮮やかで風味豊かです。きのうは早めに帰宅し、車庫から自宅まで歩きながら、このあたりでキノモエ(木の萌え?)と呼ばれているアケビの新芽を少し摘みました。ほろ苦いのですが、独特の風味があり、ゆでて食べるとおいしいのです。自然の恵みをいただくのは、ありがたいです。

実は私も、子どもの頃を思い出しています。この季節、祖母がよくキノモエを摘んできて、ゆでてくれました。祖母が亡くなって今年で6年になりますが、祖母と歩いた幼い日のことを鮮明に思い出すのです。

私のいる山里は、わが家を含めて18世帯の小さな集落です。
明日から集落の春の祭りが始まります。うちでも、もち米を浸したり、ゼンマイをもどしたりして、お祭りの準備です。そういえば、子どもの頃もこんな感じでした。そうした生活から離れてずいぶん時が経ちました。なんだか、なつかしい場所に帰ってきたような気分です。ここにいると、古き日本の面影を感じます。(伊藤)

ツクシ

うちには男の子が2人おりますが、長男はこの春から小学1年生になり、次男は保育園の年中組になりました。小学校も保育園も山里のふもとにあり、バスで送り迎えしてもらっています。
先日、次男がツクシをたくさん採ってきて、「保育園に持っていく」といってきかないのです。少しならともかく、一袋ありましたから保育園も迷惑だろうと思ったのですが、どうしてもいうことをきかないので仕方なく持たせてやりました。そしたら、給食担当の先生がゆでてくれて、お昼にみんなに少しずつ分けてくれたそうです。そんな話を聞いてうれしくなりました。公立の保育園ですが、田舎だし、少人数だからできるのかもしれません。山里暮らしはうれしいことが多いです。
そういえば、散歩中にワサビを見つけてくれたのも次男でした。「おっきい葉っぱがあったよ~」と、私に見せに持って来たのが野生のワサビの葉でした。おかげでワサビの群生を見つけ、おいしくいただくことができました。どうも次男は、植物が好きなようです。
山里に暮すようになり、子どもたちの目が生き生きしています。ここにいると毎日がアウトドアみたいで、子どもたちは大喜びです。私も、子どもと過ごす時間を楽しく感じることが多くなりました。やはり、自然とのかかわりや、まわりの人たちとのかかわりの中で、子どもも大人も元気になっていくような気がします。(伊藤)

寒暖の差

このところ、寒暖の差が激しいです。おとといは冷たい春の雨、きのうはポカポカ陽気、そして今日はまた冷たい雨と風。開きかけた桜のつぼみが引き締まったみたいな感じです。

おととい、担当している住宅の地鎮祭が朝6時からありまして、5時頃に山里の自宅を出て現場に行きました。田舎はなんでも朝早いですが、それにしても朝6時から地鎮祭とは驚きです。天気も悪いし、寒かったですよ、ほんと。
(伊藤)

人を癒す山里で

コメントありがとうございます。
山里は人を癒すと実感しています。
煩雑なことの多い世の中になってきましたが、山里の家に帰るとほっとします。
やはり、人と自然、人と人との関わりの中で、人は癒されていくのだと思います。

はっきり言って、土木・建築系の景気は最悪です。それだけ、地方は公共事業への依存度が高かったということなのでしょう。無駄な公共事業の引き締めもわかりますが、それならそれで職を失う人たちに適当な仕事があればいいのですけれど・・・・・。
本当は、荒れた農地の手入れや山の手入れに人員が向けられれば、食糧の自給率も上がり、花粉症の原因も減り、国産の木材も有効利用されて理想的なのでしょうけれど、現実は、なかなか・・・・・。

以下は私の夢です。ただの夢物語の空想です。
みんな、基本的に5里四方くらいで得られる食糧と物品で生活できれば良いのです。それが難しければせめて、基本的生活は県内産のものでまかなうことが可能なら良いのです。「未来少年コナン」に出てくるハイハーバーみたいに、みんなが半農半漁・半農半工・半農半~になって、自給できれば良いのです。「コナン」の最初の放送は1978年だったと思いますが、その後の日本は、あの頃よりもずっとインダストリアに近づいているように思えます。

山のふもとでは、桜がちらほら咲き始めました。もうすぐこの山里にも上がって来ることでしょう。
自宅の庭に大きな山桜があるので、今年は庭で花を楽しむことができそうです。
世間の景気が良くても悪くても、私は薪ストーブで暖をとり、おいしい水を飲み、ぞんぶんに山の空気を吸い、野の花を楽しみ、野菜の種を播き、夜は降ってくるような星空を眺めながら、お金をかけずに生活を楽しむことにします。(伊藤)

雪中梅をながめながら

たしかお酒の名前に「雪中梅」とか「雪中寒梅」というのがあったと思いますが、本当に雪の残る中で梅が咲き始めました。この調子だと、そのうち桜が咲くかもしれません。
ちょっとの間に、だいぶ雪が減りました。3月末には、まだ1階が雪に埋もれていて、出入口だけ掘って荷物を入れました。1階が雪にふさがれているので、昼だか夜だかわからないような状態でした。それがつい半月前、嘘のようです。
雪の融けた所にアサツキが芽を出しています。アサツキは野生のネギの一種で、新鮮なものをゆで、イカと合わせて酢味噌や酢醤油で食べるとおいしいんです。いま、あちこちに顔を出しているふきのとうも、天ぷらにすると独特の風味で、春を感じさせてくれます。
まもなく、いろいろな山菜も出てくるでしょう。楽しみです。(伊藤)

安心できる山里

やっと少しは暖かくなってきました。よく、「大変でしょう」と言われるのですが、自然相手の大変さというのは充実感があり、街の暮らしの大変さとは質の違うものです。

この山里に住んで本当に良かったと思うことの一つは、子どもが安心して外で遊べることです。
山里でも少子化は避けられませんが、子どもの遊び場になる場所は十分過ぎるくらいありますし、車もあまり通りません。近所の人が声をかけてくれて、子どもにお菓子をくれたりします。こういう中にいると親も安心です。
自宅の古さもありますが、何だか、とても懐かしい所へ帰って来たような気分です。
少しずつ雪が消え、ふきのとうが顔を出し、福寿草が黄色い花を咲かせています。毎日毎日がとても新鮮です。
山里の春も、もうそこまで来ているようです。(伊藤)

入学式

昨日は長男の小学校入学式。
私は正装して長靴にカンジキという奇妙な格好で雪の中を公道まで歩きました。つれあいが長男の手を引いてそのあとを歩いてきました。東京は桜が満開だそうですが、このあたりはまだ一面の雪原です。
うちで借りている道路わきの車庫まで5~60メートルくらいでしょうか、雪の上を歩きました。車庫の中では自家用車が花粉で黄色っぽくなっており、話には聞いていましたが驚きです。窓の花粉を手で払い、ゴム長靴を革靴に履き替えて車に乗りました。
ふもとの小学校の新入生は17人。全校生約100人の小学校です。来賓の方々が30人くらい来ておられました。新入生より来賓の方が多いんですね。
私の住む集落の小学生は1人だけだったそうですが、うちが引っ越してきたので2人になりました。今日からはスクールバスで通学です。
長男は私に似てのんびり屋なので、少人数の小学校の方が向いているんじゃないかと思います。入学式では緊張気味でしたが、うれしそうでした。

ジネント

ささやかな私の山里記ですが、お読みいただいているようで嬉しいです。
ここには野山から拾ってきた話や、山里暮らしの中で考えたこと、街の暮らしと田舎の暮らしを比べて思うことなどを、感じたままに書いてみようと思います。

表題の「ジネント」は、山形弁で日常的に使っている言葉で、たぶん、「自然と」の古い読み方だと思います。たとえば、「慢性の病気は温泉にでも行って、じねんと治すとい~んだ」みたいに使います(地元の発音だと「ズネント」に近いですが)。

ちなみに、自然(じねん)を『広辞苑』で引いてみたらこう書いてありました。
「おのずからそうあること。本来そうであること。ひとりでに。」(『広辞苑』第五版)
街の中で、人工的なものに囲まれていると疲れます。

私は、自然体でいいのです。じねんと生きていこうと思っています。