父の死
高齢の父が息を引き取って、しばらくブログを中断していました。(家族を亡くすと、遺族はやることが多いです。)
満年齢で享年91、数え年だと93歳で、大往生でした。
ずっと建築の仕事をしてきた父で、85歳になっても現場に行き、足場に上って職人たちに指示を出していました。そのあとも雑用や留守番などをしながら、88歳まで働いていました。
その後、自宅で1年、病院で数か月、施設の空き待ちでショートステイをつないで数か月、あとは母と同じ施設で過ごしました。記憶力が落ちてきていましたが、認知は最期までしっかりしていました。
最後の1年と少しを、母と同じ高齢者施設で過ごせたのはよかったと思います。施設の職員さんたちの対応もていねいで、面会に行くと2人ともとても穏やかでした。
私は、これまで父と過ごした時間が長く、だんだん父が老いていくのを見てましたから、そう遠くない日に父が旅立つことを覚悟はしていました。
父の老い、衰弱を受け入れる時間を持てて、その日が来る覚悟ができていたのはありがたいです。
今年(2026年)の正月、施設からの外出という形で父母に家に来てもらい、家族で食事をしました。施設の食事では食べられないお刺身を食べ、父はお酒も少し飲んで上機嫌でした。正月にあんなに元気だったのに、その数か月後に急に逝ってしまうとは、いくら覚悟の上とはいえ驚きでした。
高齢であるというのは、体全体が衰えているわけで、ちょっとしたことで容体の急変や急逝も起こるのでしょう。
父が死んだ夜、たまたま通夜会館の空きがなくて、遺体を父が暮らした家に運んでもらいました。家は散らかっていたので、私と家族と葬儀社の人で大急ぎで部屋を片づけ、父が使っていた布団を出して遺体を安置しました。
父の自宅に運んだおかげで、近隣の人たちとじっくりお別れができました。また、一般にはこのあたりで葬儀という日が混んでいて、その次の日が友引で、2日多く時間をもらいました。おかげで、私や家族の気持ちの整理や、関係者への連絡、葬儀の準備など、落ち着いてやることができました。
どちらもたまたまそうなったのですが、結果、それでよかったと思います。
可能なら、遺体は自宅に運び、近所の人たちや親戚、友人、知人らと、お別れができるといい。
可能なら、死から葬儀まである程度の時間を取り、気持ちの整理や連絡や準備に充てられるといい。
可能ならですけど。自分がやってみてそう思います。
(伊藤一滴)
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