劣等感商法
偏差値についての私の考えを書き、茂木健一郎氏が「MARCH」といった俗称を非難する見解を引用しました。
関連することを、もう一つ書きます。
「人が持つ劣等感をうまく利用し、物品を売ったりサービスを提供したりして利益を得る商法」があります。
私は、これを、劣等感商法とでも呼んだらいいんじゃないかと思っています。
劣等感商法。
これが世に蔓延しています。
電通の戦略十訓(※)には入っていませんが、十訓に「劣等感を煽れ」を加えたら資本主義の十一訓になりますね。もっとあるかな?
例を挙げればきりがありませんが、たとえば、日本では、英語が苦手だと感じている人が多いので、苦手意識を利用した種々の教材や機器の販売や講習の勧誘があります。もちろん、良心的な教育もたくさんあるのでしょうけれど、中には、まさに劣等感を煽って高額な教材等を売りつけたり、高額な講習に誘ったりする商法もあるのです。
音楽なら、きちんと楽譜を読めない劣等感や、楽器演奏が思うようにいかない劣等感を利用して、教材や楽器を売りつけたり、講習に誘ったり、みたいな。
ダイエットの宣伝や美容形成手術なども、多くは劣等感商法だろうと思います。
人の劣等感に付け込む商法が世に蔓延しているのです!
親の、「自分にはできなかったけれど、子どもにはもっと勉強させたい」とか「自分と同等か、それ以上のことをさせたい」といった気持ちを煽るのも、親の劣等感を刺激する劣等感商法でしょう。それがすべてだとは言いませんが、予備校や塾は、そうした親の気持ちもうまく使い、親に受講料を払わせるわけです。そうやって「MARCH」だの「大東亜帝国」だのと言って偏差値で輪切りにするから、大学の個性なんて見えなくなってしまうんです。
人の劣等感を煽ることで利益を得る商法なんて、おかしいんじゃないかと思うんですが、利益が上がればそれが通ってしまいます。そうやって、だんだん、社会は劣化してゆくのでしょう。
長期的には国家的な損失になっても、今儲かるのならそれをやる。資本主義とはそういうものなのでしょう。
それがわかっていても、資本主義に代わる理想の社会制度が見当たりません。実に歯がゆい思いです。
(伊藤一滴)
※電通の戦略十訓
もっと使わせろ
捨てさせろ
無駄使いさせろ
季節を忘れさせろ
贈り物をさせろ
組み合わせで買わせろ
きっかけを投じろ
流行遅れにさせろ
気安く買わせろ
混乱をつくり出せ
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