「杜子春」のようなバブルの頃、オール電化の頃
今日、久しぶりに晴れました。
辺りは一面雪野原です。
寒さも続きます。
そして静かです。
自宅の1階が雪に埋まって、出入口に作った雪の階段で出入りしています。1階にいると、昼でも暗くて、地下室にいるみたいです。外に出て、雪の階段を上ると、電線に手が届きそうです。気をつけないと。
もし、もっと降ってきたら、いよいよ2階から出入りですね。
もともと山里は静かですが、新型コロナウイルス感染拡大のこともあって、世の中全体、あれもこれも自粛になってずいぶん静かな感じです。
この静かな中で、バブル経済の頃のことを思い出していました。今から30年ほど前、1990年代の初めでした。
当時、私は駆け出しの二級建築士でした。始めたばかりなのに、どんどん仕事が来ました。営業活動などしないのに、口コミでどんどん仕事が来ました。当時はインターネットなんてなかったんで、本当の口コミでした。
回りきれないほど仕事が来て、断っても、断っても、「そこをなんとか」と強引に頼まれました。
建築業者にはどんどんお金が入りました。私も稼ぎました。定期預金をしたら、銀行員さんが毎月家に寄ってくれるようになりました。
あの頃、いろんな業者が声をかけてきました。
「資産運用の投資はいかがでしょうか」
「ゴルフ会員権のご案内です」
「〇〇カードはいかがですか」
「ご旅行の際はぜひ当〇〇観光にご用命を」
「オーダーでスーツをお作りになりませんか」
「宝石のカタログをお持ちしました」
その他、いろいろ・・・・・・・・
ところが、バブルがはじけ、建築業界の収益が薄くなり、うちもあまり儲からなくなると、さあーと引いて行くみたいに声がかからなくなりました。
銀行員さんが寄る回数が減ってゆき、しまいに来なくなりました。(銀行も収益が薄くなって、人員削減もあったようで、銀行員さんが悪いとは言えませんが・・・・。)
それまでうるさいくらい業者が声をかけてきたのに、嘘のように静かになりました。
静かで、わずらわしくなくていいのですが、あんなに声をかけられたのが嘘みたいです。
芥川龍之介の「杜子春」という作品を思い出しました。お金がある所に人が群がるのです。群がる人たちはお金がなくなると引いてゆきます。目当てはお金ですから、儲からない所には群がりません。
儲かっていた当時の私は、幸せだったのでしょうか?
立ち止まって考える余裕もなく、走り続けていたような気がします。
お金が入ってきても、そのお金を使う時間もないような日々でした。
今思うと、無駄なこともしてきました。
結局、泡のように入ってきたお金は、泡のように消えていきました。本当にバブルです。
さらに建築を学んで一級建築士になりましたが、建築業界の中にある嫌な部分も見えてきました。
良い建築もたくさんありますが、中には、「虚業」と言われても仕方のない部分もあります。知識を持たない人に言葉巧みに話しかけ、その気にさせて建物を建てさせ、儲けるみたいな業者もいますから。特にバブルの頃は、手抜き工事の横行もありました。きちんと仕事をする職人気質の人は、大儲けはできません。
巧言令色鮮し仁
昔から言われている通りです。
巧言令色の人が、「頭がいい人」とか「成功した人」とか言われます。
私は、金儲けに関心を失いました。
私は、「頭の悪い人」、「失敗した人」になるのでしょう。
結婚し、子どももできて、長男が小学校に上がるときに山里に引っ越しました。それから数年後、兼業で農業を始めました。
儲かりません。儲けようとも思いませんし。
でも、つつましく、質実剛健に、幸せに生きています。
バブル後の話ですが、2000年代になって、官民挙げてのオール電化の大合唱のようなキャンペーンがあって、参りましたね。みんなそっちに群がるんです。お金になるからでしょう。調理も給湯も暖房もみな電気に依存なんて、そんなのいいはずがないと思ったんで、そう正直に言ったら、白い目で見られて、一部の業者からは嫌がらせみたいなこともされました。オール電化で儲かるのに邪魔するなってことなんでしょう。私も腹が立って言い返したりもしたんですが、何を言っても多勢に無勢、ごまめの歯ぎしりのようでした。何せオール電化派は官民挙げての大軍団で、背後に電力会社もいるし、政治家の影もちらつくし。
東日本大震災があって、停電が何日も続いて、無敵に思えたオール電化派の大軍団も崩れていきました。停電で調理がまったくできないし、まだ寒い3月に何日も停電して、寒くて耐えられないんです。オール電化だから、ガスコンロなんてないし、反射式石油ストーブの用意もない、灯油の備蓄もないのです。「災害に強いオール電化」と言って宣伝していた電力会社は、その言葉の責任を取ったのでしょうか?
建築系の学科でも、オール電化派の教員の失脚があったりして、産学の結びつきを思いました。
原発事故もあって、原発推進派の教員はどうなったんでしょうね。原子力系に知っている人がいないんで、そっちは、私にはわかりませんが。
もし自分が「虚業」やオール電化派だったら、政治家の顔色を伺うような仕事をしていたら、果たして、こうして幸せを感じて生きていたろうかと思います。
(伊藤一滴)
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