「ヒノキもマツもスギも区別ができずに・・・・・」
梅雨があけてから、山里も暑くなりました。と言っても暑いのは日中のひなただけで、木陰は涼しいし、朝晩などひんやりするくらいです。毎日、避暑地にいるようで、1日中暑い地域に住む人たちには申し訳ないみたいです。そのかわり、冬はけっこう厳しいですけれど・・・・・。
さて、
「学校で習うこと」なんて、いろんなことの中の一部に過ぎないとわかっています。学校は、その分野について全てを教え尽くすなんて出来ません。そもそも全て教え尽せるはずもないのです。どんな分野でも、卒業後に実務で学んだり、独習したり、経験から類推したりしながら、学んでいくしかないのでしょう。それは、わかっているつもりですが、それにしても、建築士である自分が、日本の伝統民家や現代の木造住宅についてほとんど何も習ってこなかったことに唖然とします。
私は一度社会に出てから再び学校に入って建築を学びました。夜間の専門学校でしたが、大学が運営する学校で、大学の先生や実務家の先生たちからひととおりのことを習いました。卒業後も働きながら勉強を続け、一級建築士になりました。そういう私が、木造家屋についてほとんど何も習っていないのです。専門学校だからというわけではなく、建築を教えている大学や工高も同じだそうです。
専門学校でも、建築士受験のための講習会でも、建築に関してかなり広範囲に、細かいことまで教えていて、教科書には、それこそ重箱の隅をつつくような、微にいるようなことまで書いてあるのに、木造家屋に関する記述はわずかです。建築物で最も多いのは住宅で、住宅の構造で最も多いのは木造なのに、あまりにもバランスを欠いているように思えてなりません。
それだけ建築学のアカデミズムの側に属する人たちは、日本の木造家屋について長く無関心だった、といえます。日本の木造の研究対象は神社、仏閣、霊廟、城、皇室の建物などで、一般の木造住宅は眼中になかったようなのです。日本の民家は、各地に優れたものがありますが、個人的な調査や民俗学的研究はともかく、建築学的な視点からの研究はわずかしかありません。今でも、木造が専門という建築学者は全国に数えるほどしかおりません。
さかのぼれば、明治新政府が政策としてつくった東京大学(注)を頂点とした官学アカデミズムの側の人たちは、民家、民衆史、民間伝承、民間療法その他、民衆の側に属するものに価値を見いだす視点を欠いていた、あまりにも軽ろんじていた、という源流に行き着きます。建築の分野では、江戸時代の大工にかなり高度な木造建築の知識・技術があったにもかかわらず、明治以降、大工の弟子たちには受けつがれても、高等教育としての建築学にはほとんど全くと言っていいくらい受け継がれなかったのです。大工の弟子への知識や技術の伝承も、戦後、特に高度成長期以降はズタズタです。残念でなりません。
(注)東京大学はその後、帝国大学、東京帝国大学と名を変え、戦後またもとの東京大学という名前に戻りました。戦前のことを書くときに東京大学と書くと、誤記だろうとよく言われるのですが、誤記ではありません。
村松貞次郎先生の著書の中に、こんな言葉を見つけました。
「大学の建築学科に学ぶ学生も、若い建築家も、ヒノキもマツもスギも区別ができずに、建築の形態論・空間論などの高尚な議論に明け暮れている。彼らに木片を渡して、これは何という木か、と問えば、ラワンの正解率だけが圧倒的に高い。他はすべて五十%以下である。それが桂離宮の建物がどうの、伊勢の建築がどうのと論じているのである。」(『日本近代建築の歴史』[NHKブックス1977]60頁)
杉山英男氏も、建築構造の教育について次のように嘆いておられます。
「・・・・・・今日、わが国の大学の建築学科では、木質構造はおろか木構造(在来木造構法とここでは考えていただいてよい)の講義すら十分には行われていない。学生ばかりではなく教授たちの心が、木造以外の構造を、また住宅以外の建築を志向しているからであろう。残念ながら高校や短大でもこの傾向は変わらないように見える。
こうした教育体制の下に育った建築家の卵が、製材を見ても ひのき と すぎ と まつ の区分すらできず、また、木造住宅の矩計図が書けないのは当然のことといえよう。」 (『デザイナーのための木構造』[彰国社1980]の「まえがき」)
私もそうでしたから、人のことを言えませんが、木材の区別もつかないままに建築の学校を卒業し、設計事務所などで働いて、林業の現場も、製材の現場も知らず、大工仕事もごく一部しか見たことがないまま建築士になり、木のことは大工さんまかせ、だのに法律上は木造のすべてを設計できる設計者になる、そういう教育や制度が今も続いているのがおかしいんです。
だったら今から勉強してやろうというわけで、四十の手習いですけれど、私は木造の勉強中です。
いずれ、その成果をご報告できるかも知れません。まずは、製材された木材を見て、ヒノキとマツとスギの区別くらいは出来るようになりました。(伊藤)
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