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匂いの記憶

まさかこんなとろで、約20年前の光景を思い出すことになろうとは思いませんでした。

連休中、家族と一緒に民家協会の土壁塗りのイベントに参加し、庄内地方の山中で壁土(かべつち)をさわっていました。
山形市の中心部で不要になった土蔵2棟を移築し、2つつないで1件の住宅にするという工事を、ほんのちょっとお手伝いしていたのです。
そのとき、フラッシュバックのように、1984年の春の光景が浮かんできました。

1984年、愛知県内の福祉系の学校に進んだ私は、知多半島の海辺の学生アパートで1人暮らしを始め、ちょうどひと駅くらいの距離を、自転車に乗って通学していました。そのとき春の風の中で感じた「匂い」がありました。
それは、なんだか田舎臭い匂いで、なつかしいような、発酵したような不思議な匂いでした。何の匂いかそのときはわからず、肥料の匂いなのか、枯れ草の匂いなのか、東北にない植物の匂いなのか、いろいろ考えてもわかりませんでした。それが、20年も過ぎてから、再びあの匂いに出会ったのです。

壁土の匂いでした。

あの頃、知多半島に新築の家がどんどん建っていました。当時、もう東北では、新築の土壁はほぼ全滅でしたが、中部地方では、新築にも広く竹小舞下地の土壁が使われていました。
まさか自分がその後、建築士になり、しかも日本の伝統建築に関心を持つようになるなんて思っていませんでしたから、「何だか古臭いことをやってるなあ」と思いながら、工事現場の近くを通り過ぎていたのです。あちらこちらで、左官屋さんたちが壁を塗っていて、「匂い」がしていましたが、それが壁土の匂いだとはわかりませんでした。
田舎町でしたから、勉強する環境には不満もありました。でも、「古臭いこと」それ自体は悪く思えず、東北出身の私には、知多半島の古びた町並みも、「古風な」新築住宅もみな、新鮮でした。

その後、約20年も経ってから、秋の庄内であの頃と同じ匂いを嗅いで、匂いの記憶がこんなにも鮮明に残っていたのかと自分でも驚いています。

壁土は、土とわらを混ぜて湿らせたまま寝かせておいて粘りを出すのだそうです。わらが分解していくので発酵途中はかなり臭く、壁土と柿渋とウンチはいい勝負だと聞いていますが、壁土は発酵が進むと悪臭もおさまってくるのだそうです。
熟した壁土は、本当に、なつかしいような匂いがします。
最近は、自然のものが好ましく感じられ、特に、土から作られ土に還るものがとても好ましく思えるようになりました。

20歳前後の頃、私の目は、西欧やアジア諸国の方を向いていました。情熱も時間もたっぷりあったあの頃に、もっと日本の伝統に目を向けていればよかったと思う気持もあります。でもそれはそれで、今の自分にたどり着くための過程であったのかもしれません。(伊藤)

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