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教会のカルト化や虐待に関するブログ

もう聖書カルトの話などやめようと思いながら、なかなかやめられずにいます。

私自身、キリスト教と自称するひどいものを見たし、実に不愉快なことも言われました。でも、その意趣返しというのではなく、とりつかれている人たちに目を覚ましてほしいという思いがあります。
キリスト教系カルトの主張やその思考を知った以上、指摘する義務のような思いもあるのです。


いくつか有益なブログを紹介します。

日本語で、教会のカルト化や虐待の問題を検索すると、必ず出てくる仁保裕介氏のブログ、「真実なクリスチャンライフを求めて~自由な祈りのために」は、こちらです。
http://blog.livedoor.jp/chlife
仁保氏自身、かつて、カルト化した教会の牧師をしていた人で、苦しんでカルト教会を脱会し、脱会後も後遺症を経験し、壮絶な体験をなさった方です。カルト教会のマインドコントロールから完全に目を覚まし、今は、ご自身の体験をふまえてカルト問題に取り組んでおられます。
かつて内部にいた方ですから、福音派・聖霊派に見られる体質的な問題、教会のカルト化・虐待の問題など、一つひとつが体験に裏づけられた指摘です。また、ご自分の祈りの言葉が出てきますが、氏の祈りはどれも誠実そのもので、お人柄を感じます。
私は、氏のブログに、福音派の理想を感じました。
福音派は非科学的だとか排他的だとか、いろいろ言う人もいますが、非科学的でも排他的でもない、あるべき福音派の信仰を見る思いです。氏がお書きになったものは、どの箇所を読んでも私の心に響いてきます。
極端な原理主義者やカルト(多くは自称「福音派」)に関わって、傷ついたり、混乱したり、不快な思いをなさったりした方は、ぜひこのブログを読んでいただきたいと思います。


カルト問題に取り組んでおられる牧師の村上密氏のブログは、こちら。
https://maranatha.exblog.jp
村上氏も、教会のカルト化について検索すれば必ず出てくる有名な方です。
氏の所属は日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団で、ペンテコステ派です。日本福音同盟に加盟する教会で、広い意味では福音派とみなされます(福音派の中に聖霊派も含まれると考えた場合)。
「福音派はみなカルト」とか「福音派はともかく聖霊派はカルト」みたいなことを言う人がいますが、そんなことはありません。カルト化は、福音派(聖霊派を含む)の中の一部に見られる問題で、私が出会った、そして今もつき合いのある福音派の信者の多くは健全なクリスチャンです。ただ、福音派的な聖書信仰には、極端化すると原理主義やカルトになってしまう要因があるのかもしれません(注)。
村上氏はペンテコステ派であり、聖書についての考え方は私とは違う点もありますが、氏の、カルト問題への取り組みやカルト被害者への誠実な対応には、ただただ頭が下がる思いです。

注:以前私が「聖書カルト」「聖書カルト2」に書いたとおりです。
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2017/11/post-b22f.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2017/11/post-88a9.html
私が学生の頃、「福音派」とか「正統プロテスタント」とか「教派ではありません」とか自称する恐ろしい聖書カルトがいました。永遠の地獄をことさら強調し、信じなければ地獄の火で永遠に焼かれるのだと恐怖心を煽って人を引っ張り込むような「伝道」をする人たちでした。イエスの教えよりも神の愛よりも、地獄の恐怖のことで頭が一杯なようでした。真面目な学生が何らかのきっかけでそうした団体に入ってマインドコントロールされてしまったのかもしれません。吸血鬼にやられた人が自分も吸血鬼になって吸血鬼を増やしてゆくように、カルト教会の被害者がカルト信者になって被害を拡大させているように見えました。説得を試みたのですが「あなたはキリスト教というものがまるで分かっていない」とか、「あなたには信仰がない」とか、「あなたは救いの中にいない」とか言われて叱られただけでした。どうも、専門的なノウハウを持つ人でないと説得は難しいようです。当時は今のような大学のカルト対策や相談窓口もなく、どうすることもできませんでした。


何度か引用した「metanoiaxの日記」です。
http://metanoiax.hatenablog.com
メタノイアクスはギリシア語のメタノイア(悔い改め、回心)からの造語でしょうか。ブログの内容から、執筆者さんは心やさしく誠実なクリスチャンであると感じます。
私はこのブログで、カルト化した教会を必要とする人たちがいるから、カルト教会がなくならないことを知りました。カルト化した教会を求める人たちは、カルト化していない教会では満足できない、いずれ、カルト化した教会に移るというのです。
それまで、カルトの存在や正統プロテスタントのカルト化は知っていても、なぜ人はカルトを作り出してそれを維持するのか、説明できずにいました。これを読んで、そうだったのかと、すごく納得しました。まさに、心に傷を負った人たちを受け入れる「民衆のアヘン」としてカルトが働くのです。傷は癒されず、アヘンで痛みを麻痺させ、救われたような気にさせるのです。それを求めて来る人たちがいるから、そうした団体が続くのです。
他の教会・他の教派を勝手に誤解して悪口満載の説教をする牧師たちの罵詈雑言に満ちた言葉の数々は、私が出会った「福音的な教会」、「正統プロテスタント」、「正しい聖書信仰に立つ」人たちとそっくりで、一瞬同じ人かと思ったくらいです。どうも、カルト化した「正統」教会の人たちの、発想も行動も口から出る言葉も似てくるようです。

カルト化した教会を必要とする人たちがいるからカルト教会がなくならないことについてはこちら。
題名は「信仰という名の虐待」になっています。
http://metanoiax.hatenablog.com/entry/2018/02/26/183800

「悪口満載のお説教をする牧師達」についてはこちら。
http://metanoiax.hatenablog.com/entry/2017/06/23/033702

「キリスト教批判について思うこと」はこちら。http://metanoiax.hatenablog.com/entry/2017/06/15/020146

どこを読んでも納得がいくことばかりで、当たっています。


kindle版の電子書籍『クリスマスの夜、僕はクリスチャンをやめることにした』の著者、フミナル氏のブログ、I don't know who I am は、こちらです。
http://fuminaru.blogspot.com/p/blog-page_2.html
フミナル氏自身が所属教会のカルト化を経験した方で、ご自身の体験に基づく指摘は、私が見聞きしたこととも重なります。氏の聖書に対する考えの中には私とは違う点もありますが、参考になるご指摘が多数あります。
『クリスマスの夜、僕はクリスチャンをやめることにした』は、kindle版をアマゾンで300円で買って読めます。おすすめの電子書籍です(紙の本は出ていないようです)。
念のため言いますが、この本は架空の高校が舞台です。内容もフィクションです。「クリスチャンをやめることにした」と言うより、「その高校を運営する教会の信者であることをやめることにした」と言った方が正確です。創作ですが、教会のカルト化や虐待の問題がみごとに描かれています。


フミナル氏のブログで知った「ラビの足下」で、というブログ。
http://www.rabbisfeet.com/archives/251
執筆者さんのことは何も知りません。文章を読むと、真面目なクリスチャンで、英語の文献にもかなり目を通しておられるようです。この執筆者さんの、逐語霊感説(およびそれに似た聖書無誤説)を主張する原理主義たちへの批判は、一つ一つ筋が通っており、当たっています。

(伊藤一滴)

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