矛盾があってもジネント生きる
私は、ジネント(自然と)という言葉が好きで、このブログの題名にも使っています。
「自然(じねん)」という言葉を『広辞苑』で引いてみると、「おのずからそうあること。本来そうであること。ひとりでに。」なんて書いてあります。
本来あるべくしてそうある、あるがままにある、無理なことをしない、自然(しぜん)の道理に従う・・・、そんな生き方をしたいです。
それは、なんにもしないとか、流されるとかではなくて、本来そうすべきだと思うことを自分の手でしたい、ということです。
長男が小学校に上がるときに山里の古民家に移り住み、畑を始め、昨年からは稲作も始めました。
理想は半農生活、自給農です。もっと理想なのは縄文生活ですが、それをするには日本の国土が狭すぎます。
ジネント生きることを求めると、産業文明を批判しないわけにはいかなくなります。
だのに、ジネント生きる暮らしを目ざして、産業文明の力を借りることもあります。矛盾です。
自宅は1933年(昭和8年)に建てられた民家です。
「不便な」山間地にあるおかげで、家が残りました。市街地に建っていたら、とっくに壊されて別なものが建っていたろうと思います。
外まわりのコンクリートは戦後のものです。ていねいな仕事ですが、コンクリートの上端が家の土台より高い箇所があるのです。床下に雨水が流れ込むことを考えなかったみたいです。
以前からなんとかしたいと思っていたのですが、そうとうの面積だし、お金もかかるので、なかなか手がつけられずにいました。
今回、やっと知り合いの業者に依頼して、外まわりのコンクリートの撤去工事を始めました。コンクリートブレーカー、ショベルカー、ダンプカー等々、エンジンや電気で動く産業文明の利器が動員されて、ガガガー、ドドドー、とやってます。
まさに、自然と調和した暮らしを目ざしながら産業文明の力を借りるという矛盾です。
コンクリートの下には、びっしりと割栗石が敷き詰めてありました。本当に、ていねいな仕事です。1960年代の仕事のようです。そのころは自動車も入れなかった山間部なのに。
小林澄夫氏の『左官礼讃』[石風社]を読みながら思ったのですが、自然の素材を使って人が手で結んだものは人の手で解いてまた結ぶことが出来るのです。だから、自然素材の古民家はほとんど再生可能です。それに対し、近代の産業文明がもたらしたものには、人が手で解くことも、再び結ぶことも出来ないものが多いです。コンクリートもそう。
これがもし土や石敷きなら、壊すというより「解く」と言えるし、不用になって解いても、また使えるのに。
私は、コンクリートが好きになれません。
1950年、建築基準法により建築の基礎にコンクリートを使うことが義務化され、土間や犬走りも、義務ではないけれどコンクリートが一般的に使われるようになり、日本の家屋の循環の環が切れました。
安全のためといったって、一生一度どころか百年に一度もないような災害への対策として、日々の暮らしから失われたものは大きいです。高層ビルや公共施設ならともかく、木造2階建て程度の一般住宅にまで極端な地震対策が要求され、伝統工法では建てられないというのはおかしいです。
今はコンクリートだって再資源化できると言われそうですが、そのためには重機の総動員です。大きなエンジンを回し、モーターを回しての大作業です。もう、家族や近所の人たちの手作業くらいでは歯が立たないのです。天然資源循環の環だけでなくて、地域の共同体・結(ゆい)の思想も断ち切られてしまったかのようです。
コンクリートだけではありません。あらゆる面で循環の環を断ち切ってきたのが「文明化」であり、「文化的」とされた暮らしでした。
私が子どもの頃、40年近く前ですが、そのころの日本はすでに産業文明に取り囲まれていました。でも、人間の意識が産業の急速な発展についていけず、古い意識が根強く残っていたのだろうと思います。昔はすべて良かったなんて言いませんけれど、古い意識の中には良い点もたくさんあったのです。
その後の、さらなる産業の発展の中で、人の心まで産業文明に染まってきたみたいです。人の意識も「合理」化されて、スピードや効率性を競い合い、開発や進歩を追求し、「合理」化になじまない地域の共同体とか、助け合いとか、手作りとか、資源の循環とか、地域で協力し合っての育児とか、神仏への感謝とか、自然の恵みの中で生きるとか、その他いろいろ、切り捨ててきました。
こうして、産業が供給する量産品の「豊かさ」の中で、人と人とがバラバラになったのが現代です。
田舎にはまだ、古い意識がかろうじて残っていますが、それは「遅れている」のであり、「かっこう悪い」とされてきました。
私は今、人や自然と調和した暮らしを目ざし、産業文明の力を借りるという矛盾したことをしています。
人が手で結び、手で解いてまた結ぶ。そんな暮らしがしたくて、過渡的には矛盾もしかたないと割り切って、産業文明の力を借りているところです。(伊藤)
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