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番外編・自称「キリスト教」の自称「クリスチャン」たち

前回、話が脱線してしまったついでにもう少し書く。

キリスト教を自称する原理主義者やカルトらの狂信・盲信による折伏的な活動は物凄い。
私は若い頃、彼らに取り囲まれ、「あなたの聖書理解は間違っています」と詰め寄られ、さんざん詰問されてひどい目にあった。何度もやられた。私の後輩のカトリック信者の学生も同じようにやられて、「プロテスタント信者は怖い」と言っていたから、「あんなのはごく一部の特殊な人たちで、大多数のプロテスタントはカトリックに友好的だよ」と私は言ったんだけれど・・・。

彼らのやり方は、伝道になるどころか、キリスト教に対する悪いイメージを撒き散らすだけで、マイナスの伝道でしかない。
彼らの常軌を逸した現行の数々は、誠実にキリスト教を信じている人やキリスト教を求めようとする人にとって本当に迷惑な話だ。彼らは「福音派」とか「聖霊派」とか称することが多い。「教派でなく純粋なキリスト教」を名乗ることもある。一般の、原理主義でない福音派(聖霊派を含む)には善良なクリスチャンが多いと思うが、原理主義者やカルトと同一視されてさぞ迷惑していることだろう。

原理主義者やカルトらも一枚岩ではないからいろいろな主張があるようだが、中には現在のイスラエルを支持する勢力もある。

冷静に考えてみればよい。まともなクリスチャンが、現在イスラエルがやっていることを支持するだろうか?
イスラエル支持派はハマスのテロの残虐性がどうこうと言うが(確かにハマスの残虐行為は非難すべきことではあるが)、殺害された市民の数だけ見ても、イスラエルによる無辜の殺害の方が比べものにならないくらい大規模だ。1200人殺されたら3万人以上殺して報いるやり方は、どう理屈をつけても正当防衛を超えている。ハマスのテロを口実にしたジェノサイドではないか。イスラエル軍によるガザの封鎖と攻撃は、イエスの愛と平和の教えとはまったく相容れない。方向が正反対だ。イエスの教えと正反対のイスラエル支持派が「クリスチャン」を自称しても、彼らをクリスチャンと呼んでいいのか。

「正統的プロテスタント」だの「福音的な教会」だの「正しい聖書信仰に立つ」だのと称するクリスチャンの皮を被った狂信者や好戦論者たちに乗せられてはいけない。
「ヒトラーのやり方は正しかった」と言う人をクリスチャンとは言わないように、現在のイスラエルのやり方を支持する人をクリスチャンと呼ぶべきではない(※)。

彼らが言う「キリスト教入門」だの「聖書入門」だのは、一般のキリスト教ではなく、かなり特殊な見解である。
本気で「キリスト教入門」や「聖書入門」を求めるのなら、主流派のプロテスタント、またはカトリックの教会、一般の(原理主義でない)福音派、および無教会、正教会などの、まともな信徒、牧師、司祭から話を聞くべきだ。

見分け方がある。
良い木はよい実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
実を見れば木は分かる。

(せっかくのイースターなのに、こんな話になってしまった。)

(伊藤一滴)

※「私たちはヒトラーを支持していない」なんて、また言い出す。あなた方がヒトラーを支持していると言ってるんじゃなくて、現在のイスラエルを支持するのはヒトラーを支持するのと同じじゃないかって言ってるんです。ちゃんと読んでください。まともに文意を読み取らずに何か言っても反論になってません。


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番外編・人間の側からの神への協力を否定する「クリスチャン」

(あまりに文章が乱れたので、書き直しました。すみません。)


前回、最後にコロサイ書の言葉を引照した。

『いま、わたしは、あなたがたのための苦難を喜んで受けており、キリストのからだなる教会のために、キリストの苦しみのなお足りないところを、わたしの肉体をもって補っている』(コロサイ1:24)

この箇所をキーボードで打ち込みながら、私は、若い頃に言われたことを思い出した。

20代だった私は「万物の創造は神の一方的な御業だが、神の国の到来は神と人との協力によるものだ」と考えていた。実は諸説あるのだが、当時はそう思っていたからそう言ったら、「正しい聖書信仰に立つ福音主義のクリスチャン」たちから、もの凄く叱られた。
「何を言っているのですか! 人間が神様に協力できることなど何もありません! 人はみな罪人(つみびと)であり、地のちりに等しいのです! 天地創造も神の国の到来も、ただ神様の御業であって、人間の協力など一切必要ないのです!」
と、凄い剣幕だった。

私を叱りつけた「正しい聖書信仰に立つ福音主義のクリスチャン」(原理主義者、あるいはカルト信者だろう)たちは、コロサイ書にある上記の言葉を知らなかったのだろうか。
彼らは「正統」を称するから、キリストは神の子であり、神そのものであると主張する。聖書には、その「キリストの苦しみのなお足りないところを、わたしの肉体をもって補っている」と、はっきり書いてあるではないか。人間であるパウロが、神であるキリストを補うという。そう書いてあるのを否定するのだろうか。「キリストの苦しみの足りないところなど、何もありません。人間が自分の肉体で補えることなど何一つありません」とでも言うのだろうか。(実際は、コロサイ書はパウロの作ではなく、後にパウロの名で書かれた偽書であるが、彼らは「パウロの作です」と主張していた。)

彼らの「人間が神様に協力できることなど何もありません」という主張は、「この世で困っている人たちのために、私たちは何もしません」と言っているのと同じだ。神が嘉されるのは、この世で困っている人たちのために動こうとする人たちではないのか。

プロテスタントの主流派も、一般の(原理主義でない)福音派も、カトリックも、正教会も、無教会も、みなクリスチャンだ。だが、自称「正しい聖書信仰に立つ福音主義」の人たちをクリスチャンと呼んでいいのか、私はかなり疑問に思った。どうも、よく聞いてみると、彼らは、「自分は救われて天国に行きたい」としか考えていないようだった。つまり、クリスチャンと称してはいるが、ただ単に天国という御利益(ごりやく)を求めるだけののエゴイストの集団だった。他宗教や無宗教の人だって簡単に地獄には行けないが、この人たちは間違いなく地獄へ向かっていると思った。今もそう思っているわけではないが、当時は本気でそう思った。
サタンの働きというものが本当にあるのなら、「正しい聖書信仰に立つ福音主義」の名のもとにエゴイストになってしまうのは、まさにサタンの働きだと思った。彼らは、自分たちを「福音派」とか「教派ではなく純粋なキリスト教」とか称しながら、サタンに支配されていると思った。
今思えば、彼らもまた被害者だったのだろう。吸血鬼にやられた人が自分も吸血鬼になって他の人の血を吸うように、被害者が加害者になってゆく。

吸血鬼にやられないよう気をつけないといけないが、たとえ吸血鬼に噛まれても、その人に免疫があれば感染は避けられる。
一般の(原理主義でない)教会の牧師や司祭のお話には、吸血鬼にならずに済む免疫効果がある。特にリベラル派とされる教会の見解がそうだ。ブルトマンはもちろん、田川建三氏の著書などは、さらに免疫効果が高い。日本キリスト教団出版局、新教出版社、教文館などから、免疫となる良書も多数出ている。免疫があれば、キリスト教を称するカルトにならずに済む。
浅見定雄先生の著書にあったが、一般の教会やキリスト教系の学校などで、当たり前のキリスト教に触れた経験のある人たちは、統一協会などのカルトに引っかからずに済む場合が多いという。免疫が出来ているのだろう。当たり前のクリスチャンが言う当たり前のキリスト教をある程度知っておけば、統一協会、エホバの証人、自称「福音派」や「教派ではなく純粋なキリスト教」などの、脱線したキリスト教系カルトに乗せられずに済む。

こっちの話まで、脱線してしまった。
これは、番外編にする。

(伊藤一滴)


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非神話化8の5・日常生活の中の十字架

(あまりに文章が乱れたので、書き直しました。すみません。)


前回、聖礼典(サクラメント、秘跡)の中にキリストの十字架と苦難は現存するというブルトマンの見解を書いた。その点、ブルトマンは、パウロの主張に従っている。

またブルトマンは、聖礼典においてだけでなく、日常生活の中にキリストの十字架と苦難は現存するとして、次のように言う。読みやすい文章ではないが、山岡喜久男訳の『新約聖書と神話論』から引用する。

「それから、さらに、キリストの十字架は、信徒の具体的な生活遂行において、現在なのである。『キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである』(ガラテヤ5:24)。またパウロは、『わたしたちの主イエス・キリスト十字架によって、この世は、わたしに対して十字架につけられ、わたしもこの世に対して十字架につけられてしまったのである』(ガラテヤ6:14、ブルトマン訳からの重訳か、引用者)と語り、また『その死のさまとひとしくある』者として、『その苦難にあずかる』ことを経験せんと努めているのである(ピリピ3:10)。」

「いまや、『情と欲』とを十字架につけることが、それをとじ籠めることであり(私はこの見解に賛成しているわけではない、引用者)、また苦難に面しての恐怖と敗走とを克服することであり、また、苦難を引き受けることが、この世からの自由を獲得することであるかぎり、つねにそこで死が人間に働くところの苦難を喜んで引き受けることは、『イエスの死を、われらの身に負うている』ことであり、『イエスのために死に渡されている』ことなのである(コリント後4:10以下)。かくして、キリストの十字架と苦難は現在なのである。」

また、キリストの十字架と苦難は、過去の出来事に限定されるべきではないとして、次の箇所を挙げる。これは、パウロの弟子の一人がパウロの名で語った言葉であるという。

『いま、わたしは、あなたがたのための苦難を喜んで受けており、キリストのからだなる教会のために、キリストの苦しみのなお足りないところを、わたしの肉体をもって補っている』(コロサイ1:24)

以上、『新約聖書と神話論』より。

これらはみな、新約聖書に収められたパウロの言葉、およびパウロの名によって書かれた言葉である。
やはりブルトマンは、パウロの見解のある面は受け入れている。

(続く)

(伊藤一滴)


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非神話化8の4・聖礼典のうちにある十字架

先に書いたことと重複するが、ブルトマンは、正統とされる教義のある部分を批判し、別な部分は受け継いでいる。

批判するのは次のような考え方である。

イエス・キリストは天地創造の前からおられた先在的な神の子であった。イエスは罪なき者であったが、人間となって世に生まれ、十字架につけられた。彼はあがないの供え物であり、そして彼の流した血は我々の罪をあがなうのである。彼は私たちの身代わりとなって世の罪を担った。そして、彼が、罪の罰である死を引き受けることによって、私たちは死から免れることができるのだ。

ブルトマンによれば、こうした理解は「犠牲の表象と律法的な充足説とが混じっている神話論的な解釈」であり、「我々にとってはつき従ってゆけないものである」という。(『新約聖書と神話論』)

氏のこうした見解から、これも先に書いたことだが、「ブルトマンの言っていることは間違っています! 正統信仰に反します!」といった非難が出てくる。

その一方でブルトマンは伝統的な教義を受け継いでもいる。
ブルトマンは新約聖書を引用しながら、聖礼典(サクラメント、秘跡)の中にキリストの十字架と苦難は現存するのであり、それは単なる過去の出来事ではなく時間を超えたものだと言う。

「バプテスマにおいてわたしたちは、キリストの死のうちにバプテスマされ(ロマ6:3)、キリストとともに十字架につけられたのである(ロマ6:6)。聖晩餐において、その時々に主の死が告知されるのである(コリント前11:26)。聖晩餐をうくるものは、十字架につけられた体に、流された血に、あずかることである(コリント前10:16)。」(『新約聖書と神話論』)

上記引用は、用語の別の言い方と聖書の箇所の明示が必要だろう。

バプテスマ:洗礼のこと、教派によっては浸礼という。
バプテスマされ:洗礼を授けられるという意味。
聖晩餐:聖餐式、コミュニオンのこと。キリストの体であるパンを食し、キリストの血である葡萄酒を飲む儀式。その頻度は教派による。

ロマ 6:3 それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。

ロマ 6:6 わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

コリント前11:26 だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。

コリント前10:16 わたしたちが祝福する祝福の杯、それはキリストの血にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。

(引用は日本聖書協会の口語訳による、以下同)

これらはみな、新約聖書に収められたパウロの言葉である。
ブルトマンは、パウロの見解のある面は批判するが、別の面は受け入れている。

(続く)

(伊藤一滴)


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朝日新聞beの校歌(爆笑)

Photo


全然関係ない話ですが、今日(2024年3月16日)の朝日新聞beの10頁に載っている額縁に入った「校歌」に爆笑したんで紹介します。作詞は飯樫角蔵(いいかしかくぞう)、作曲は宵目呂泥(よいめろでい)です。

引用開始

一 地元の名所を語りつつ
   遠くに眺める高い山
   かつては澄んでた一級河川
   近づくときは気をつけて
  学べ学べ 若人よ
  ああ我らの校歌斉唱

二 地元の名産讃えつつ
   いつかは行きたい食紀行
   商店街に火を灯せ
   学んだあとは腹が減る
  食せ食せ 若人よ
  ああ我らの校歌斉唱

三 地元の伝統誇りつつ
   個性と進歩を大切に
   目立った杭は叩かれる
   雉も鳴かずばバズりまい
  進め進め若人よ
  ああ我らの校歌斉唱

引用終了

お堅いイメージのある朝日新聞ですが、やってくれますね。

(伊藤一滴)

非神話化8の3・十字架の出来事とその意味

さて、前置きが長くなったが、いよいよ本題に入る。(教会の教えやブルトマンの記述に合わせる場合は十字架と書く)

どの教会も、イエス・キリストの十字架の死と、復活を教えている。キリストの十字架の死によって、私たちは罪と死から解放されたと教えている。では、ブルトマンはどう考えていたのだろう。

イエスが十字架で殺されたのは史実であることはブルトマンも認めている。
その十字架の死の意味を新約聖書は神話的に語っている。

神話論的な解釈とは、つまりこうである。
「先在的な、人間となった神の子が-かかる者ととして、彼は罪なき者であったが-十字架につけられたのである。彼はあがないの供え物であり、そして彼の流した血は我々の罪をあがなうのである。かれは代償的に世の罪を担った。そして、彼が罪の罰、すなわち、死を引受けることによって、彼は我々を死から免れさすのである。」(『新約聖書と神話論』)

なんとも読みにくい文章なんで、もう少し読みやすく書くとこうなる。
イエス・キリストは天地創造の前からおられた先在的な神の子であった。イエスは罪なき者であったが、人間となって世に生まれ、十字架につけられた。彼はあがないの供え物であり、そして彼の流した血は我々の罪をあがなうのである。彼は私たちの身代わりとなって世の罪を担った。そして、彼が、罪の罰である死を引き受けることによって、私たちは死から免れることができるのだ。

ブルトマンは上記のような理解を「犠牲の表象と律法的な充足説とが混じっている神話論的な解釈」であるとし、「我々にとってはつき従ってゆけないものである」と断ずる。(『新約聖書と神話論』)

このあたり、保守的な信者から「ブルトマンの言っていることは間違っています! 正統信仰に反します!」と言われそうだ。

ではブルトマンは、イエスの十字架の死による罪からの解放を否定するのかというと、そうではない。
「犠牲の表象と律法的な充足説とが混じっている神話論的な解釈」には「つき従ってゆけない」とし、「そういった神話論的解釈は、せいぜい、人間が今まで犯してきた罪-そして未来においてもまた犯すところの罪-が、それに対する罰が免除されるという意味において、赦されるということをいいうるにすぎぬだろう」と言う。そして、「しかし事実的には、むしろこう言わねばならない。すなわち、信徒は、キリストの十字架によって、人間を支配する力としての罪から、或いは、罪を犯すことから自由にせられているのだといわなければならない。」(『新約聖書と神話論』)

うーむ。難しい。こんな話について行くのは大変だ。

「『世』の諸力に頽落している人間、すなわち、我々自身に対する審判が、十字架において遂行せられている」とも言う。(『新約聖書と神話論』)

我々自身だ。しかも、過去の出来事ではない。イエスの十字架は、『世』の諸力に頽落(たいらく)している現在の我々に対する審判なのだ。

キリストの十字架を信じるとは、神話をそのまま信じることではない。
「神がイエスを十字架につけることによって、神は我々のために十字架を立て給うたのである。(略)キリストの十字架を信ずるということは、キリストの十字架を自身のものとして引きうけること、すなわち、キリストとともに自己を十字架につけるということを意味するのである。(略)十字架は、決して、我々が回顧する過去の出来事ではなく、その有意義性において理解され、信徒にとって、つねに現在であるかぎりにおいて時間のうちにある、また時間を超えた出来事なのである。」(『新約聖書と神話論』)

う~~む。
十字架の死は、我々が回顧する過去の出来事ではないという。
ブルトマンは、信徒はキリストの十字架によって罪および罪を犯すことから解放されると言う。

キリスト教の否定ではない。否定ではないが、伝統的なキリスト教とは違うと言われそうだ。正統教義の一部を否定している、異端の神学だと言われそうだ。

でも、その、「伝統的なキリスト教」に、現代人はついて行けなくなったのだ。

「プロテスタントは宗教を魔術から解放した」(マックス・ヴェーバー)のではない。ルターやカルヴァンだって、地球は太陽の周りを回っているという考えを否定している。プロテスタントが盛んに魔女狩りをやり、カトリックが魔女狩りをやめてからも続けていたことを忘れてはいけない。聖書を文字通り読むなら、「魔術を使う女は生かしておいてはならない」と聖書に書いてある。(「出エジプト記22章」)

時代の子は、その時代の中で生きたのだ。過去の時代の世界論・宇宙論を、現代人も文字通りそのまま信ぜよと言うのは無理がある。それは反知性の陰謀論と変わらない。

ブルトマンが異端派だと言うのなら、ルターやカルヴァンが考えていたように、地球は太陽の周りを回っているのを否定するのが正統キリスト教なのか? 「魔術を使う女は生かしておいてはならない」と主張するのが正統キリスト教なのか?
 
「聖書を文字通り信じています」と言うのは一見正統のようだが、それは、現代においては無理があり、未来に続く信仰とは言えないだろう。

ブルトマンはルター派(ルーテル教会)の伝統の中に生まれた人であり、見方によっては、20世紀の宗教改革者と言えるのではないだろうか。

(続く)

(伊藤一滴)


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非神話化8の2・「史実の処刑杭」と「信仰上の十字架」

ブルトマンが論じた「史的イエスとケリュグマのキリスト」の関係は、「史実の処刑杭」と「信仰上の十字架」の関係と似ていると思う。

仮に、イエスの処刑を目撃した人がすぐに描いた処刑杭の形状の文書や図が発見され、それが十の字の形でないと判明したとしても、教会は十字架を降ろさないだろう。キリスト信者が仰ぐのは「信仰上の十字架」であり、「史実の処刑杭」ではない。ブルトマン流に言えば、「史実の処刑杭は我々の信仰とは何の関係もない」となるのだろう。
教会は「信仰上の十字架」を信ずべきものとして宣べ伝えてきた。まさに、ケリュグマの十字架と言っていい。

ケリュグマの十字架という言葉は、すでに誰かが言っておられるのかもしれないが、私は今まで聞いたことがない。これは自分で思いついた言葉である。私の新造語かもしれない。
(十字架のケリュグマという言葉はある。イエスの十字架の死を宣べ伝えるという意味だ。)

時代性もあるのだろうが、第二次大戦中から戦後にかけて非神話化を論じたブルトマンは、何も疑わずに十字架という言葉を使っている。ブルトマンの頭の中にあった十字架とは、伝統的にイメージされてきた十の字の形のものだったのだろう。

以下、教会の教えやブルトマンの記述に合わせる場合は十字架と書くが、便宜上そう書くのであって、私は、処刑杭(スタウロス)の形状は不明と考えている。

もう一点。イエスの処刑を、磔(はりつけ)とか磔刑(たっけい)とか呼んでいいのかどうかという問題がある。
前回引用した佐藤研氏の文にこうある。「(したがって同刑は、高架に縛り付けて槍で刺す「磔(はりつけ)」とは異なる)」

イエスは処刑杭に釘で打ちつけられ、死ぬまで晒された。右わき腹を槍(やり)で突かれたとあるのは、ローマ兵による死亡確認であって、殺すためではない。
日本の江戸時代の磔とはちょっと違う。

だが、イエスの磔、磔刑という言葉は伝統的に使われ、定着した言葉になっている。
イエスの処刑も、広い意味で、磔(=磔刑)と呼んでいいのではないかと思うので、今後もこの言葉は使うことにする。

あとは、以下のことを前提とする。

イエスは実在の人物である。史的イエスと新約聖書が描くイエス・キリストにはズレがあるが、イエスの存在そのものは史実であって、架空の人物ではない。ただし、史的イエスの言行を正確に復元することはできない。
このイエスが処刑杭(スタウロス、伝統的に十字架と呼ばれるもの)につけられて殺されたのも史実である。

(続く)

(伊藤一滴)


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非神話化8の1・「十字架」とされる刑具の形状は

私が読んだ範囲で、ブルトマンが十字架の形状について何か言及している箇所はなかった。
今回もブルトマンの主張からはそれるが、イエス・キリストの「十字架」について語るなら、その形状について書くのが先だろう。

最近私は「十字架」ではなく「杭(十字架)」と書くことが多い。

新約聖書には「十字架」に関する記述がいくつかあるが、具体的な形状については何も書かれていない。
一般に「十字架」と訳されるギリシャ語のσταυρόςは、本来まっすぐな「杭」という意味だという。

実は、イエスが磔にされた刑具は、我々が十字架(cross)という言葉からイメージするような、漢字の十の字の形のものであったとは断定できない。

実際にイエスの処刑を見た人が描いた絵や図は何も残っていない。磔刑のキリストを描いた絵画や彫刻は多数あるが、みな後代のものである。

新約聖書の執筆者たちはギリシャ語で「杭」(σταυρός)と書いた。単に「木」と書いた箇所もある。σταυρόςはやがて十の字の形のものとされ、十字架と訳されるようになった。

ギリシャ語のσταυρόςは本来「杭」という意味だというのは、知っている人には当然のことだろうが、私は最近知った。それからは、単に十字架と書くのがためらわれるようになった。

新約聖書ギリシャ語辞典には「十字架」とあるが、それは後からの解釈による意味であり、新約聖書の執筆者らが十の字の形を思い浮かべていたかどうかはわからない。
(聖書が先で辞典は後だ、辞典が先で聖書が後ではない。)

イエスは両手に釘を打たれたというから、そのような形状であったのだろう。佐藤研先生がおっしゃるようにT字型であったのかもしれないし、一本の柱のような棒状の杭であったのかもしれない。ユダヤ人の王という札をつけたというから、十字型かもしれないが、プラカードのような札ならT字型の刑具の上部に打ち付けることもできたろう。もっとも、この札の話も史実かどうかはわからない。もしかすると、一本の杭に、バンザイのような形で両手を釘打ちしたのかもしれない。もはや、はっきりした形状はわからない。

パレスチナやポンペイの遺跡から十字の徴が刻まれた遺物が見つかったとして、十の字の形を主張する人たちもいるけれど、キリスト教界に限らず十字の徴は各地で広く使われている。漢字の十がそうだし、プラス記号もそうだ。日本の島津藩の家紋だって、丸に十字だ。
初期のキリスト信者の中に、磔刑のキリストと十字の形を結び付けて考えていた人もいたのかもしれないが、それは、実際にイエスの処刑を見たからはなく、両手を釘で打たれ頭上に札が取り付けられたという記述から想像した形だろう。
十字の徴が刻まれた遺物があるからといって史実のイエスが磔にされた刑具が十字型であったとするのは理論に飛躍がある。


形状は不明なのに、「十字架」と書くことで、この処刑具の見た目のイメージができてしまう。
今回は、以下、片仮名でスタウロスと書く。

言うまでもないことだが、ギリシャ語のスタウロスがどんな形状だったのかによってキリスト教の信仰が左右されることはない。形状は、キリスト教の信仰とは関係ない。
イエスはスタウロスに釘づけにされ処刑されたという史実に、イエスの死による罪からの救済の意味を見出し、信じ、それを論じたのがキリスト教なのだ。

ものみの塔聖書冊子協会(エホバの証人)といういろいろ言われている宗教団体が、「十字架ではなく杭です」と言い張るから、「いいえ十字架です」とムキになって反論するクリスチャンがいるが、それが信仰を左右するようなことではないのだから、何もムキになって反論することではない。
もしかすると、エホバの証人が言うように、一本の棒状の杭であったのかも知れないのだ。

ただし、十の字の形は、キリスト教の歴史的な伝統だ。この徴はキリスト教を表わすシンボルとして定着している。この伝統は伝統として守っていいと思うが、史実としてどんな形状だったのか、もうわからない。


岩波書店の雑誌『図書』の2024年1月号に「佐藤 研 なぜ十字架ではなく「杭殺柱」か-『新約聖書 改訂新版』刊行に寄せて」という文が掲載されている。
今のところ(2024年3月)、ネットでも読める。
https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/7768#:~:text=%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E8%AA%9E%E3%81%AE%E5%8E%9F%E8%AA%9E%E3%81%AF,%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%AA%9E%E3%82%92%E5%BD%93%E3%81%A6%E3%81%9F%E3%80%82
岩波がホームページを更新して読めなくなる前に、ちょっと長いが、ここに引用する。原文のルビはカッコ内に入れた。


引用開始

佐藤 研 なぜ十字架ではなく「杭殺柱」か[『図書』2024年1月号より]
2024.01.11

なぜ十字架ではなく「杭殺柱」か
─『新約聖書 改訂新版』刊行に寄せて

 激暑の中、いわゆる岩波版『新約聖書』の改訂新版が漸(ようや)く校了した。本書は、初版が一九九六年に完結発刊され、二〇〇四年には一冊本として発売されたものである(責任編集・荒井献/佐藤研)。したがって今回は、四半世紀以上経っての「改訂新版」となる。この翻訳は、各書の訳者が自らの名前を公表し、翻訳の責任は訳者が個人的に負う形でできている(日本聖書協会訳などは、訳者名を出さない)。また各訳者は、内容に関して「傍注」を付け、原文とその訳の際の「敷衍(ふえん)」部分を明確にしつつ、できるだけ精確に訳出することを心がけた。その際、訳者間で敢えて訳語の一律的な統一はせず、できるだけ各訳者の独自性を尊重する、という原則のもとに翻訳された。

 今回の「改訂新版」(責任編集・佐藤研)では、以前の方針を踏襲・徹底し、かつアップデートすることに主眼がある。私自身は以前同様、共観福音書(マルコ、マタイ、ルカの三福音書)を担当した。

 そもそも聖書の翻訳では、すでにキリスト教内部で伝統的とされている訳語はすべからくそのまま踏襲されることが常識となっている。私は、今回の共観福音書の改訂に際して、初版の時にも増して、この原則を疑ってかかった。つまり、キリスト教訳語の伝統に縛られず、元来のギリシャ語の意味を生かすような訳語を選択しようと努めた。今、その内の一例をご紹介しよう。

 「十字架」──誰もが知る、キリスト教の象徴である。ギリシャ語の原語は「スタウロス」(stauros)、その原意は「杭(くい)」である。元来はおそらくペルシャからローマ帝国に入ってきた処刑法と言われる。ラテン語ではこれに「クルクス」(crux)という語を当てた。一定の高さのある「杭」を一本地面に立てて(crux simplex)、そこに罪人を、手を上にし、足が地に着くか着かない形でくくり付けるか、釘付けにしておくと、体力が消耗して体が垂れ下がり、やがて呼吸困難に陥り、一時間もせずして苦悶の中に窒息死(asphyxia)ないしはショック死するという(したがって同刑は、高架に縛り付けて槍で刺す「磔(はりつけ)」とは異なる)。そのように早く死なせてならぬというので、やがて縦木である杭の頂に横木を渡して固定し、その横木に罪人の手首を縛り付けるか、手首を釘付けにするという変形が編み出された(crux commissa, 全体はT字形)。もう一つの形は、横木を縦木の中に通す形(crux immissa)、これが普通に私たちが目にするものである。ただし、最も多かったのはT字形であったといわれている。その際、加えて縦の杭のちょうど股に当たる部分に突起物を設え、それに罪人が跨がるようにすると、衰弱した罪人が体重で一気に垂れ下がり死に至るのを防ぐことができる。つまり、罪人が苦しんで生存する時間を長める策であり、息絶えるまで普通は二、三日を要した、と言われている。これによってこの処刑法のおぞましい見せしめ効果は一層強化された。そのために、この処刑場は、普通は町の城壁外に設けられた。そうすれば、夜やってくる野禽たちに半死半生の罪人の肉を漁らせることにもなった。ぼろぼろになった罪人の死体は多くが正式に埋葬はされず、死体処理場の穴に放り込まれるのが通例であった。

 この処刑法は、ローマ人にも醜悪に映ったらしく、したがってそれが妥当したのは、普通は属州の(つまり非ローマ市民の)反逆者などの重罪者か、奴隷で極悪罪を犯した者に限られていた。ローマ人の中でも、この処刑法を忌み嫌った者は多く、キケロがcruxという言葉すら、「ローマ市民の身体のみならず、ローマ市民の考えからも目からも耳からも消え去るべきだ」と訴えたのは有名な話である。

 ここで大事なことは、上記の説明からすると「スタウロス」は、いわゆる「十字架」という語から想像される「十文字」の形を必ずしもしていなかったこと、多くがⅠの字やT字の形であったらしいことである。ということは、この処刑法を一律に「十字架刑」と呼び、その刑具を「十字架」と呼ぶのは、形態の名称としては必ずしも正しくないことになる。前述のように、ローマ人はこの処刑法を「クルクス」というラテン語でも呼んだが、その語源は実は未だに不明である。少なくとも「十文字」の意味ではなかった。

 では、いつから「スタウロス」/「クルクス」は「十字架」になったのか。

 ちなみに、この「十字架」という日本語そのものは漢訳聖書に由来する。事実、現存する最古の漢訳であるJ・バセ訳の『四史攸編』(一七三七年、原本はウルガータ)がすでに「十字架」と記している。それ以降の全ての訳も同様である。これは既に、ウルガータのcruxが、漢訳される頃には「十文字」の形をした刑具であると理解されていたことを示す。

 それでは、いつから「スタウロス」/「クルクス」は、ほぼ例外なく「十文字」形になったのか。

 そもそも「十文字」の意匠自体は極めて古く、いわば人類集合的な分布を示す。総じて天の「四方」を示唆し、四元素(火、風、水、土)を暗示し、全体性を示唆すると同時に完全性をも内包するシンボルである(仏教における卍印も「十文字」の変容形である)。

 古代イスラエルおよびユダヤ教では、ヘブライ語アルファベットの最後の文字「タウ」(Tau, Taw)がX(回転させれば十文字に等しい)と表記され得、額(ひたい)などに付けられる帰属および保護の徴として理解された(エゼキエル九4―6)。これに基づき、新生キリスト教のヨハネ黙示録(七2以下、九4)にも同様の「額の徴」が現れる。ギリシャ語の「キリスト」(Christos)の最初の文字がX(キー)であり、ちょうど上記の「タウ」表記と符合する事実も幸運な偶然であったろう。そして紀元二世紀中頃になると、例えばユスティノスは、十文字形を万物の中に読み取り、それを十文字形の「スタウロス」と重ね合わせて理解していく。ここでは、十文字およびその形と理解された「スタウロス」は、明らかに一切を統べる力の象徴となっている。

 他方、ローマ軍は(ギリシャに倣って)戦勝の度に、敵の武器や武具などを掛けてトロパイオン(戦勝標)を作ったが、これは多くが十文字形であった。興味深いのは、あのコンスタンティヌス大帝(在位三〇六―三三七年)が三一二年に、ミルウィウス橋の戦いの直前に天空に見た徴は、「スタウロスのトロパイオン」の形であったという。ここでは、「スタウロス」はおそらく十文字の意味に使われている。それが後に、彼によって定型化された「ラバルム」(Labarum)、すなわち「キリスト」の最初のギリシャ語二文字(ⅩとP [ギリシャ語の「ロー」])を組み合わせた「クリストグラム」の軍旗意匠となる。こうして十文字形は、死を乗り越え罪に打ち勝った勝利者イエスの像に見事に適合することになり、イエスの処刑具=勝利の形として理解されていく。

 これと並んで、「スタウロス」/「クルクス」による処刑が二世紀ごろから四世紀までの間に徐々に減少していった過程が想定できる。その帰結が、コンスタンティヌス大帝下で実施されたといわれる同処刑法の廃止である。こうして、この処刑法がどのように残酷な形態だったか、ローマ人の記憶からも徐々に消えていくのである。

 したがって、元来「Ⅰ字架」か「T字架」が大多数であった「スタウロス」/「クルクス」というおぞましい処刑具の形が、中世が始まるまでには総じて勝利の「十文字」架=「十字架」の姿を取るようになったと想定される。大英博物館が所蔵する、紀元四二〇―四三〇年に(ローマにて?)製作された象牙レリーフのイエス処刑場面──同場面の現存最古の造形物──では、「スタウロス」/「クルクス」は間違いなく十文字をしていると思われ、そこで両手を広げたイエスは死んでいるどころか、圧倒的な生命力で万物万民を見据えている絶対勝利者である。この輝かしい「十字架」意匠の延長に、「十字架」が美しいペンダントにもなるという現象が出てくる。日本語でも、「白亜の十字架」などと聞くと、どこか崇高な美しさを思わない人はいないであろう。「十字架を負う」という表現は美談を示唆する。そこでは、「十字架」が元来ギロチン以上に醜悪な刑具であった事実はもはや見えてこない。

 そうであればなおさら、紀元一世紀の福音書に現れる「スタウロス」を、伝統的な「十字架」という言葉で訳出してよいか、考え直さねばならないと思う。福音書に出てくる「スタウロス」は、美しい代物では絶対にない。そこで今回の改訂新版の共観福音書の部分では、「十字架」という伝統的訳語を放棄し、「杭殺刑(こうさつけい)」「杭殺柱(こうさつちゅう)」という語を新たに作って訳出した。「スタウロス」の原意が「杭(くい)」であり、その「杭」で「殺す」刑具であることを直接示したつもりである。未だ「十文字・架」が「キリスト教」の象徴として登場していない紀元一世紀において、この処刑法の持っていたおぞましくも呪わしい姿を伝えたかったのである。

 もっとも、この訳語は、岩波版『新約聖書』の他の訳者の賛同するところとは未だなっていない(正直に言えば、この筆者の見解をよしとする人には、残念ながらまだ一人たりとも会っていない)。しかし、訳者のこのような訳語の自由を許しているのも、岩波版『新約聖書』の特長と言うべきであろう。新たな読者の評言に浴することができれば幸甚である。

(さとう みがく・新約聖書学)

引用終了


岩波書店刊『新約聖書 改訂新版』、是非お買い求めください。

(伊藤一滴)


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非神話化7の2・奇跡をどう考えたらいいのだろう

ブルトマンは、奇跡を史実と信じるか否かは信仰上重要な点ではないと言う


ブルトマンの見解からは逸れるが、奇跡をどう考えたらいいのか、今の私の考えを述べたい。
ここで言う奇跡とは、聖書の奇跡も現代の奇跡もみな含めての奇跡である。


たまたま「Yahoo!知恵袋」で「イエスの奇跡は本当なのですか?」という質問を見つけた。
この質問に対する回答の一部に大変興味深い記述があったので、引用して紹介したい。

引用開始

Feik_BastaaRさん

2022/7/17 22:12

【追伸】現代にキリスト教信仰が残っている要因はこの、イエスの奇跡が本当だと強弁する姿勢が残っているからだ。イエスの奇跡で最大のものはイエスの復活。死んでよみがえったのが事実だとする。
そして「事実だからキリストを信じろ」と畳みかける。これを言うのは全てのキリスト教教派ではないが、福音派と称する聖書信仰狂徒らだ。
死んで甦ったのを事実を信じたとすると、次には教会の礼拝に行きなさいとなる。教会にゆくと牧師はじめ信徒らはにこやかに歓迎し、さて「指導」がはじまる。
奇跡のひとつを事実だと言ったら、いつのまにか毎週欠かさず教会に行って無料奉仕と献金をして生活指導を受ける身になっていた…そんな自分に気づくころには抜き差しならないクリスチャンになっていて、こんどは自分が奇跡を信じなさいと「伝道」してまわっている。
このようにキリスト教の聖書信仰というやつは小さな奇跡物語から始めて大きな獲物を捕る仕掛。

引用終了

出典:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12264894637

この【追伸】をお書きになった方は「聖書信仰狂徒」とまで書いておられる。被害者なのだろう。たぶん、「福音派」と称する教会で言われたことを信じ、ひどい目に遭われたのではないかと思う。

私の場合は逆だった。被害ではなく、福音派の牧師先生や信者さん方からたいへんお世話になった。一部、例外もあるが、私が出会った福音派のクリスチャンの多くは善良な人だった。
福音派が世間であまりいいイメージを持たれないのは、「福音派」を称する一部の原理主義者やカルトが熱烈に活動していて目立つからだろう。
医療や福祉や種々の分野で黙々と働いておられる善良な福音派は目立たない。他者に配慮せず極端なことを言い、派手な宣伝活動をする自称「福音派」は目立つ。目立つから、そっちが多数のように見えてしまう。自称「福音派」による常軌を逸した言行の数々は、一般の福音派も含めた穏健なクリスチャンにとって非常に迷惑な話だ。

福音派は(自称「福音派」も含めて)、聖書の奇跡を文字通り信じている人が多い。
前回も書いた通り私は「奇跡を史実と信じるか否かは信仰上重要な点ではない」と考えるから、その人が誠実にイエスの教えに従おうとする人なら、奇跡を文字通り信じることを非難などしない。
ただ、それは、古代人や中世人のような世界観だ。そういう世界観で現代を生きようとすると、中には、暴走する人が現れる。

恩人たちの信仰を悪くなど言いたくない。
福音派の人たちが、何も宣伝などせずに、各地で黙々と良い働きをしているのを私は見てきた。それは、すごいパワーだと思った。自動車にたとえれば、状況によってスポーツカーにもなり四輪駆動車にもなるようなイメージだ。高速道路でも極悪路でも、他の車がついて行けないようなパワーを発揮する。
だが、もし運転が下手な人が、そして自分は下手だという自覚もない人が、そんな車を運転したらどうなるのか。暴走し、大きな被害が出るだろう。だのに運転者は暴走している自覚すらない。周りが「危ない!止まれ!」と叫んでも、「私は正しい福音主義の信仰に立つから弾圧され、妨害されている」と思ってますますアクセルを踏むのではないか。
福音派の信仰は鋭い刃物にたとえてもよい。腕のいい職人ならよく切れる刃物でよい仕事をしてくれるだろう。たが、もし、刃物を使いこなす能力のない人が分かったつもりになって鋭い刃物を振り回したらどういうことになるのか。

そういうことが、「福音派」を称する一部で起きている。

奇跡を信じる人たちの暴走は怖い。陰謀論と変わらない。時には、狂気に近い。
良識を持って福音派の信仰を貫くためにはそれ相応の能力が求められる。まわりを見渡す能力、判断する能力、独善的にならないよう常に自らを省みる能力等々が求められる。

そうした能力を欠いた人が奇跡を信じて暴走するのは本当に怖い。では、奇跡は否定すべきものかと言うと、そうとも言えない。
前回も書いた通り、現代でも病気や怪我の奇跡的治癒が報告されている。その理由をいろいろ考えても、説明がつかない現象が残る。
説明がつかない現象は、科学が進む中で解明される日が来るのだろうか、それとも、科学の及ばない働きなのだろうか、私にもわからない。

私は、もちろん、聖書の記述はすべて文字通りの史実だなどと思ってはいない。だが、奇跡を全否定もできずにいる。
今の私は、病気治しなどの奇跡も含めてキリスト教でないかと思う。だから、そこが、ブルトマンの見解とはちょっと違う。

(続く 次回は本当に「杭(十字架)上の死」を予定)

(伊藤一滴)


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非神話化7の1・イエス・キリストの奇跡

前回の処女降誕の話とも共通するが、「イエスの奇跡は史実か否か」といった議論をしても仕方がない。
福音書の著者は初めから、史実を正確に書き残そうとする意図などなかった。彼らは、イエスはキリストであると信じ、ケリュグマのキリストを証しした。

私が知る限り、ブルトマンは著書の中でイエスの奇跡が史実かどうかといった話にあまり言及していないが、その中から読み取るとこうなる。

奇跡は科学的な判断になじまないものである。科学を知ったキリスト者が奇跡を疑うのはキリスト者としての誠実さであり、その誠実さこそキリスト教信仰にふさわしい。奇跡を史実と信じるか否かは信仰上重要な点ではない。奇跡物語が真の出来事か、それとも信仰の創作かといった議論は、信仰上何の利益もないから、そんな議論はしたくないが、それでも聞かれたら、こうした物語は信仰の創作だと考えていると言うしかない。イエスは私たちの救い主キリストであると信じる人にだけ、奇跡は意味を持ったものになる。(『キリストと神話』などによる)

うーむ。
「こうした物語は信仰の創作」としつつ、キリスト教を否定しない護教論の一種だろうか。
遠藤周作は、こうしたブルトマンの見解に影響され、『イエスの生涯』や『キリストの誕生』を書いたのか。

ブルトマンは奇跡の意味と言うが、それって解釈次第でどうにでもなるのではないか。
古代人は奇跡に託して何かを伝えたかったのだろうが、現代の我々に、古代人のメッセージが正確に伝わるのだろうか?

心にいろいろ湧いてくる。
さらに、湧いてくる。

新約聖書の奇跡はすべて創作なのだろうか。
話の素になった何らかの事実はなかったのだろうか。
現代でも奇跡の話を聞くが、どう考えたらいいのだろう

ブルトマンの見解からは逸れてしまうが、私が聞いた話や思うことを少し紹介したい。

1980年代、私が若い頃の話だが、たまたま出会った聖霊派の信者がいろいろ教えてくれた。当時、その人は旧帝大の医学部の学生だった。頭脳明晰な人で、いろいろなことをよく知っていた。
韓国人の牧師パウロ・チョー・ヨンギ師が聖霊派の教会を爆発的に拡大させている。チョー・ヨンギ牧師の祈りで、病気や怪我が治る人もたくさんいる。医学生の自分にも説明できない奇跡が起きている。といった話を聞いた。
1990年代、別の人からルルドの奇跡の話を聞いた。この人は著名な大学の教員で、いいかげんなことを言う人ではない。この先生がフランスのルルドに行ったときの話をうかがった。奇跡としか言いようのない治癒があったし、治った人たちから話も聞いたという(先生はフランス語が達者)。大量の松葉杖が置いてあったという。来るときは、松葉杖をついて来て、帰りはいらなくなって置いて行ったのだという。

どう考えればいいのだろう。
疾病治癒の奇跡は神話的な世界観の中にいた古代人の創作だと言い切れない気がする。
20世紀の奇跡の話をしてくれた一人は旧帝大の医学生、もう一人は難関大学の教員。馬鹿げた話をする人たちではない。

考えられることを挙げてみる。

プラシーボ効果:治ると思うから治る。

連帯感:苦しんできた仲間、きっと治ると信じる仲間、その仲間同士で励まし合い、連帯感で症状が軽減したり治癒したりする。

自然治癒:もともと治る時期がきていた。

医学の効果:牧師に祈ってもらったりルルドに行ったりする前に病院で治療を受けており、その効果が表れてきた。

精神的な理由:プラシーボ効果や連帯感も含まれるが、信念や信仰がその人の気持ちを前向きにし、治癒に向かう。

旅の効果:著名な牧師の教会やルルドなどにはるばる出かけてゆく旅で体を動かし、その運動が回復を促す。また、旅が気分転換となって症状が改善する。

原因不明:どうしてもこれが残る。説明がつかない現象、これが奇跡なのだろう。


キリスト教にとって最も大切なのは奇跡だなんて、私は思っていない。私も、奇跡を史実と信じるか否かは信仰上重要な点ではないと考えている。ルカが福音書や使徒行伝を書いた頃の認識とは違い、現代は「人に出来ないことは神にも出来ない」というのが大原則だと思う。神の御旨は神の慈しみを感じる人に示され、神に従おうとする人の手を通して為されると思う。
だが、聖書の奇跡を全否定することも出来ずにいる。
そして、病気治しなどの奇跡も含めてキリスト教でないかと思ってしまう。

(続く 次回は「杭(十字架)上の死」、その次は「復活」を予定)

(伊藤一滴)


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