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ニコンFMを買いました

Fm

今回は趣味の話です。

音楽はまるで駄目だし、スポーツも出来ないし、私の家庭菜園以外の趣味といえば、絵を描くことと写真を撮ることくらいです。
以前から、フィルムを使う機械式のカメラが好きで、今までもいろいろ思うことを書きました。(※下記参照)

カメラだけではありませんが、車やその他の機械でも、それが仕事でも趣味でも、自分で古い機械を使ってみて感じるのは、人間が機械を手入れし、時々点検したり整備に出したりしながら使う楽しさや、機械を手動で操作し、いろいろな状況で使いながら、使う技術を向上させていく楽しさです。これは、現代の電子制御化された機械には感じられません。現代の製品を使いこなそうと思っても、次々にモデルチェンジされ、やっと覚えた頃に次の製品、みたいな感じです。それに今は、素人は機械の手入れもできなくされ、手動操作も制約されて、メーカーの指示通りに使うだけ。技術は電子制御に組み込まれ、内蔵されているプログラムの側に主導権が移り、人間は電子制御の下僕のようになって、手入れの楽しみも技術向上の楽しみも狭められてしまったみたいです。人が機械を使いこなすのではなく、人が機械から使われている感じです。それが、さまざまな形で人間を管理する束縛のひとつとなり、ストレスを増やしているように思えます。
機械を使うのが楽になって、楽しくなくなったのです。同じ「楽」の字でも意味がまるで違います。

そうは思っても、やはり、時代の状況もあり、私も仕方なくデジタルカメラを買いました。
仕事で使う工事写真など、デジタル写真のデータのやりとりが普通になってきて、私も、時代に抗しきれなってしまったのです。

デジタルカメラを買いに行って、何気なくカメラ店の中古コーナーを見たら、新品同様の「ニコンFM(旧タイプ・黒色・保証付)」を見つけてしまいました。1970年代に活躍した機械式のカメラです(もちろんフィルム使用)。当時は、けっこう高価だったと思いますが、その中古品は1万円しませんでした。見せてもらったら、小さな傷ひとつなく、おそらくどこかで死蔵されていたのでしょうが、本当に新品同様なのです。
急遽、デジカメは予定より安いものを買うことにして、浮いたお金でそのニコンFMも買ってしまいました。馬鹿みたいなものです。
いえ、馬鹿みたいと言うより、カメラ馬鹿そのものです。
一緒に買ったデジタル一眼レフが安っぽく感じられ、手にずっしりくる金属製のニコンFMが好ましく思えました。

改良型のニューFM2を持っているのにどうして初代FMを買う必要があるのかと言われそうですが、完成度の高いニューFM2より、発展段階の初代FM初期型のほうに味わいのようなものを感じます。それに、70年代のニコンのカメラには機種名を示すロゴマークがありません。機種名を見せびらかすために写真を撮るのではありませんから、ロゴマークなどないほうがいいのです。

いくら新品同様でも、1970年代から死蔵されていたと思われるカメラですから、モルト(裏ブタなどの遮光パッキン)だけは交換しておきました。
たまたま家にあった「ニコマート」の革ケースにぴったり収まりました。
これを首から提げると1970年代のお父さんみたいで、いいですね。
感度100のコダカラーを装填し、子どもたちと、桜の下で写真を撮りました。
(伊藤一滴)

※カメラに関する主な過去ログ
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2007/03/post_ac83.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2007/03/post_ef4a.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2007/04/post_13e9.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2008/09/post-8fae.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2009/06/post-ab69.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2009/07/post-974e.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2010/06/post-5137.html
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2010/06/post-6999.html
(補足:最近知ったのですが、古いレンズでも、アダプターを使って最新のカメラに装着することが可能な場合もあるそうです。やったことがないので、写りがどうなのか、どういった制約があるのか、何とも言えませんが。)

のんびり暮らしたいと思っていたのですが・・・・

Photo

(写真:田起こし前の田んぼで遊ぶ娘)

やっと山里も初夏の陽気になりました。
とは言っても、朝晩はまだストーブを焚いていますから、やはり涼しい山里です。

今年も同じように農作業です。
苗代を作り、田起こしをし、代掻きまで終えました。畑の作業も順調です。

山里に引っ越す前は、引っ越したら静かな山里でのんびり暮らしたいと思っていました。
でも、実際はなかなか「のんびり」というわけにはいきません。

静かです。
近隣の人たちから助けられています。昔の暮しみたいです。
田畑や森林の恵みに癒されるのを感じます。
それぞれの季節の鳥の声、虫の声を聞くのも楽しいです。
ふもとまで見渡せる眺めもいいですし、夜は星もはっきり見えます。天の川も見えます。
都市化された暮らしのストレスからは、かなり解放されました。

でも、忙しさもあります。
全国的に少子化の時代です。農村も、近所に子どもの遊び仲間がいません。最近は、息子たちは自転車で遠くまで行くようになりましたが、雪の季節は親が車で送り迎えです。近所の子と遊んでいた私の子どもの頃とは違います。今の農村の子は弁当やカップラーメンを持参して遊びに行ったり来たりします。お昼を食べに家に帰るのが距離的に難しいのです。

私たち一家は戦前~昭和30年代のような家に住んでいるし、山村には昔の風景が残っているし、近隣の人たちには昔気質のようなものがありますが、現実には現代を生きています(うちにも、最新機種の追求はしていなくとも、パソコンや携帯電話などがあります)。
家庭菜園は旧式の農法でも、米や出荷作物の栽培にはかなり現代の農法が入り込んでいます。
農業と兼業でやっている建築業も、基本的には現代の建築です。気持ちとしてはなるべく古風な建築を手掛けたいと思っているのですが、コストや法律の制約、業者やお客さんの理解を得る難しさもあり、なかなか理想通りにはいきません。

古民家の自宅を出て、旧式の四輪駆動車でふもとに下り、国道まで出るとまったくの現代が待っています。
現代の忙しさ、目まぐるしさに、私も妻も巻き込まれます。
それでも、帰る山里の家があるのでまだいいです。家に帰るとほっとします。

山里の古民家に暮らしたからといって、現代の日本で仕事をし、子育てをしているわけですから、暇になるわけではありません。でも、「都市化された暮らしのストレスからは、かなり解放された」と言うことはできます。やることはいろいろあっても、気持ちは落ち着いています。山里で暮らすようになってから、私も妻も、ずっと楽になりました。
(伊藤一滴)

山里で日蝕を観察

妻が天文ファンで、だいぶ前から今日(2012.5.21)の日蝕のことを言ってました。それで、遮光面(遮光グラスがついた顔を覆うタイプの面)を用意して、観察できるようにして待っていました。
次男と娘が通うふもとの小学校は、30分登校時間を早めて、学校で遮光メガネを使って観察するんだそうです。
まあ、お祭りみたいなものです。

幸い、当地(山形県村山地方)は晴れました。
当地では、金環日蝕にはならないのですが、朝8時半過ぎには夕方のように薄暗くなってきて、太陽が細い三日月のようになっていました。最大に欠けたのは8時40分頃です。

1000ミリ級の超望遠レンズなんて持っていないので(そんな、一生のうち何回使うか分からないものに高いお金をかけていられないので)、持っているレンズの中で一番倍率が高い400ミリのレンズを使い、遮光フィルターをつけて撮影してみました。
うまく写っていたら、そのうちデジタルに変換してお見せします。400ミリのレンズですから、太陽はそんなに大きく写っていませんが。

太陽の右上から欠けていって、次に右側が大きく欠けて、最後は下が欠けるという欠け方でした。

辺りが薄暗くなったとき、家のニワトリが騒ぎ出し、変な声で鳴いていました。
(伊藤一滴)