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高市、トランプ、参政党・・・、だいぶ前には・・・

今年9月の世論調査だと、自民党中心の政権よりも野党中心の政権を望む声が多数でした。だから、いよいよ政権交代か、と思ったのです。ところがまあ、例によってというか、野党は結束できず、高市内閣の誕生を許してしまいました。

このチャンスを逃す野党って、何とも情けないし、不甲斐ない。
何をやってるんだって、言いたくなりますね。

自民党と公明党なんて、かなり考えが違ってもずっと連立を組んでやってきたんですよ。それが、野党同士だと出来ない。反自民で一致結束することが出来ない。

政権を担うより、野党でいた方がラクチンなんですか? 特に、国民民主党さん。何ですか、あの逃げ腰の態度は。まあ、次の選挙で国民は評価を下すことでしょう。


高市早苗氏って、中身は安倍晋三なのか昭和のおっさんなのか、あの人が人気者になるとは思いませんでした。意外にも、若者に人気ですね。
その現実は、現実として、私も受け止めないと。

高市氏は自民党の安倍派(=裏金派)と関係が深く、中には統一協会との結びつきが深かった人もいます。しかも、彼女は、右派・タカ派として知られてきた人です。

高市内閣の支持率が6割を越える(調査によっては7割、8割)って、どうなっちゃたんでしょう。先月まで、野党中心の政権を望む声が多数だったのに、何とまあ、風向きの変化の速いこと。

日本史上初の女性首相が誕生した。彼女ならやってくれそうだ。政治が変わるんじゃないか、社会がよりよくなるんじゃないか、新しいことが始まるんじゃないか、っていう期待感ですかね。そういう雰囲気を醸し出す演出は見事ですね。

人を外観でどうこう言うべきではないのかもしれませんが、最近の高市さん、見た目の雰囲気も変わってきました。でもそれって、演出です。演出に乗せられてはいけない。政治家は中身です。

雰囲気はともかく、中身は旧態依然なんです。
せっかく岸田政権、石破政権で自民党がだいぶまともになってきたのに、逆戻り。

裏金議員、統一協会癒着議員たちが復権してきました。この古い人たちが、新しい政治や新しい社会の担い手になるとは全く思えません。
それに、高市氏のこれまでの右派・タカ派の主張を考えたら、今後が予想できます。

おそらく、

防衛優先。
それも軍事力による防衛であり、食糧安保といったことはあまり考えないようです。コメは減産だっていうし。

国民の権利の制限。

言論、報道、学問などへの介入。
テレビ局に対する「電波停止」まで言い出した人ですから。

ジェンダー平等への逆行。
夫婦別姓も女性天皇の可能性も遠ざかることでしょう。

近隣諸国との関係悪化。

戦前の美化。

外国人排斥。
外国人が鹿を蹴ったとか、真偽不明のことを言いだす人です。口では「外国人排斥」とは言わなくても、じわりじわりとやるのかな。

行きつく先は、戦前を思わせる権威主義的国家でしょうか。


威勢はいいですよ。動きも速い。でもその動きには、長期的な展望があるのでしょうか、実力が伴っているんでしょうか。
虚勢を張っていると言うか、今だけを見て実力以上に威勢のいいことを言う人が人気者になるのは、はっきり言って怖いです。
危ないですよ。政府も、国民も。

今の世に不満を抱えている人たちは、昭和のおっさん的なものを好むのですかね。
期待値が高いだけ、ほころびだしたら猛批判をくらうかもしれませんけど。


似てませんか。高市、トランプ、参政党・・・、だいぶ前にはナチス党。
書きながら思ったのですが、この文、リズムがいいんで、標語になりそうです。
標語みたいに、唱えますよ。
「高市、トランプ、参政党・・・、だいぶ前にはナチス党」

共通なのは国家主義的、右派的、権威主義的なところです。

一見、新しい時代が来るような期待を持たせて大衆を引き寄せる。
敵とは言えないものを「敵」にして、あの「敵」は悪者だ、「敵」のせいで悪いんだと思わせる。
あれかこれか、みたいに。
そうやって大衆を引き寄せる。

そんな手に乗っちゃ駄目なんだけど・・・。


自民党が議席を減らしたのは裏金議員・統一協会系議員の問題も大きいのに、高市さんと仲間たちは、まるで石破茂さんが悪いかのように話を持っていきました。

高市支持者にとっての悪者は、石破さんなどの自民党内の比較的リベラルな勢力。

トランプ支持者にとっての悪者は、アメリカの民主党。

参政党支持者にとっての悪者は、外国人および外国人の人権を守ろうとするリベラル勢力。

ナチス党支持者にとっての悪者は、ユダヤ人。

「あれが悪者だ」って、わかりやすい。


もう一回、言いますよ。

一見、新しい時代が来るような期待を持たせて大衆を引き寄せる。
敵とは言えないものを「敵」にして、あの「敵」は悪者だ、「敵」のせいで悪いんだと思わせる。
あれかこれか、みたいに。
そうやって大衆を引き寄せる。

そんな手に乗っちゃ駄目なんです。

(伊藤一滴)

高市首相とその仲間、支持者らは「自分たちの力に見合わない勇ましさを出すような」状態になっているのではないか

橋下徹さんが好きなわけではありませんが、橋下さんの次の言葉は図星ではないかと思いました。

「高市さん、高市さんを支持している熱烈な人たち、それから今、高市さんとタッグを組んでいる維新の国会議員グループ・・・、僕が感じているところでは、自分たちの力に見合わない勇ましさを出すようなところへの、僕は懸念を感じていますので、これは、これから有権者とメディアの方で行き過ぎないように、しっかりチェックしていくってことが必要だと思います」(2025.10.26 フジテレビ「日曜報道 THE PRIME」での橋下徹氏の発言、そのまま)

生放送での発言なのでしょう。そのまま文字にすると読みにくいので、意味が変わらないようにして読みやすく書くとこうなります。

「高市さん、高市さんを支持している熱烈な人たち、それから今、高市さんとタッグを組んでいる維新の国会議員グループについて、僕が感じているところでは、自分たちの力に見合わない勇ましさを出すようなところがあります。そこに、僕は懸念を感じていますので、これは、これから有権者とメディアの方で行き過ぎないように、しっかりチェックしていくってことが必要だと思います」
  

高市首相とその仲間、支持者らは「自分たちの力に見合わない勇ましさを出すような」状態になっているのではありませんか。

その、見かけの「勇ましさ」ゆえに、高い支持率を得ているのではありませんか。

日本の経済は停滞し、今後も不透明、円も安い、物価は上がるのに収入はあまり増えていない、未来の展望が見えない・・・。
ヒトラーを支持したドイツ国民のように、自信を失った国民(特に若年層)は、勇ましく見える政治家を支持したいのではありませんか。

高市首相とその仲間たちが「自分たちの力に見合わない勇ましさ」で難局に立ち向かって数々の問題を解決していけるとは思えません。しょせん、「自分たちの力に見合わない勇ましさ」です。どこかでボロを出す日が来るでしょう。少しほつれると、どんどんほつれが広がっていきそうです。そのときは、期待が大きかった分だけ、失意も大きくなることでしょう。

そう遠くない日に、その日が来るように思えます。

それまで、タカ位置内閣を、「有権者とメディアの方で行きすぎないように、しっかりチェックしていくってことが必要だと」私も思います。

(伊藤一滴)


おことわり
まず、「橋下徹さんが好きなわけではないけれど」と書いた通り、氏の見解には賛成できない点も多い。だが、上記に引用した発言に関して言えば、ずばり当たっていると思う。

高市早苗氏の2つの発言


9月22日の高市早苗氏の2つの発言を、我々は心に留めておいた方がよいでしょう。

自民党本部で開かれた演説会で、高市氏はこう発言しました。この演説会はNHKで放送されています。


その1
「奈良のシカを足で蹴り上げ、殴って怖がらせる人がいる。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものを、わざと痛めつけようとする人がいるとすれば、何かが行き過ぎている」(高市早苗)

SNS上で、奈良公園でシカを蹴ったり殴ったりする男性の動画が拡散されたのは事実です。この動画は私も見ています。ひどいものです。でも、この動画の人が外国人どうか、見ただけではわかりません。

奈良県庁で奈良公園を所管する部署の担当者は「動画の人物が誰か、外国人であるかどうかは特定されていない」と語っています。


その2
外国人が日本で犯罪を犯して逮捕された場合「警察でも通訳の手配が間に合わないから、逮捕はしても、この勾留期間が来てですね、期限が来て、不起訴にせざるをえないとか、よく聞きます」(高市早苗)

警察も検察もそのような事実はないと答えています。ネットに流れる不正確な話が高市氏の頭にあったようです。


これら2つの発言は陰謀論レベルのフェイクです。
根拠不明の話を連発して外国人を貶める人物が我が国の総理大臣にふさわしいのかどうか、考えてみればいいでしょう。

高市氏はこれらの発言をうやむやにするのでしょうか。そのうち国民は忘れるだろうと舐めてかかっているのでしょうか。

まあ、いずれ結果は出るでしょう。

(伊藤一滴)

信仰の根拠は聖書のみ? その歴史的考察(3) ルターにとっての旧約聖書とアポクリファ

マルティン・ルターは旧約聖書についてどう考えていたのだろうか。また何故にアポクリファ(旧約聖書続編)は正典に含まれないとしたのだろうか。
彼の旧約聖書観と、アポクリファに対する立場を考えてみる。

1.ルターの旧約聖書観
簡潔にまとめればこうなる。
ルターは旧約聖書もまた神の御言葉であるとし、旧約はキリストを指し示し、キリストにおいて成就する神の救いを証言しているものと考えた。
彼にとって、旧約聖書はすでに効力を失った過去の教えではなく、福音を理解するための前提であった。ただし彼は、律法と「行ないによる義」とを結びつける解釈を拒み、旧約もまた「信仰による義」を教えているとした。
ルターは、旧約聖書はキリストに至るものとして読むべきであり、そういう読み方をしないと律法主義に陥るおそれがあると考えた。

2.ルターにとってのアポクリファ
1534年のルター訳ドイツ語聖書ではアポクリファ(旧約聖書続編)の部分は正典と見なされていない。ただしルターは価値のある文書と認めて翻訳し、旧約と新約の間に挟んでいる。RSV with ApocryphaやNRSV with Apocrypha、日本の新共同訳や聖書協会共同訳の旧約聖書続編付きのような形である。

ルターがアポクリファを正典から除外した理由として、以下の3つが挙げられるが、これらはどれも口実であって真の理由ではないと私は考えている。

1.ヘブライ語正典がない

2.新約聖書の中で、イエスや使徒が引用している例がない

3.教義の根拠にできない

1について言えば、アポクリファの中には、もともとはヘブライ語で書かれた文書もある。

2にしても、ルターが認めた旧約正典39巻のすべての文書をイエスや使徒が引用しているわけではない。
新約聖書には、そのままの引用ではないにしても、明らかにアポクリファを意識した記述がある。また、新約聖書のユダの手紙には偽典からの引用まである(※)。
新約聖書の執筆者らが、旧約39巻だけでなくアポクリファや偽典も読んでいたのは間違いない。しかも、それが正典なのか正典外なのかの区別をしていない。

3は、理屈のつけようによって何とでも言える。

※:ヨハネ福音書はシラ書24章21節を意識し、言葉をひっくり返している。ヘブル書11:35は2マカバイ7章も意識して書かれている。ローマ書1章は知恵の書13~14章の影響を受けている。ヤコブ書1~5章はシラ書の見解とかなりの類似性が見られる。
また、ユダ書 1:14~15は偽典の2エノク書 1:9からの引用である。


考えてみれば、なぜキリスト教の正典をユダヤ教に合わせないといけないのだろう。
イエスや使徒たちが生きて活動していた時代にマソラ本文が使われていたなら話は別だが、当時マソラ本文なんてなかった。ユダヤ教徒によるマソラ本文の確定はなんと9~10世紀頃だ。そして現存する最古の写本は11世紀のレニングラート写本だ。

イエスや使徒の時代、正典(旧約聖書)の範囲は明確に定められていなかった。
新約聖書の中には旧約からの引用も多数あるが、正典目録(正典の範囲を示す一覧表)はない。
新約に引用された旧約の約8割は七十人訳ギリシャ語聖書からの引用であり、ヘブライ聖書からの引用ではない。七十人訳はヘブライ聖書とニュアンスの異なる箇所も多い。

ユダヤ教のファリサイ派を中心とした学者らによってヘブライ聖書の正典39巻が定められたのは西暦90年代になってからである。(当時の文書の分け方では39巻ではなかったが、内容は同じだから39巻と書く。)
当時のキリスト教徒はこの正典の決定に加わっていないし、これに合意もしていない。
キリスト教徒は、ユダヤ教徒の正典決定など無視して、七十人訳を使い続けていた。七十人訳にはアポクリファも含まれ、それが正典か外典か何も区別されていない。当然、これを使っていたキリスト教徒にとってアポクリファも含めて旧約聖書だった。
その後、キリスト教においてラテン語訳の聖書が主流になるが、これにもアポクリファが含まれている。アポクリファはユダヤ教徒が除外してもキリスト教徒によって受け継がれた。そしてアポクリファを含む旧約聖書が用いられたまま宗教改革を迎えるのである。

となると、ルターがアポクリファを正典から外した理由は、理屈が通らなくなる。

ルターの真の目的は「第二マカバイ記」を正典から外すことだったのではないか、と私は考えている。(マカバイの名は、マカベア、マカビー等と記されることもあり、統一されていない。)
第二マカバイ記だけを除外する適当な理由がないため、ユダヤ教のマソラ本文にない文書をすべて旧約正典から外し、上記のような理由を後付けしたのではないだろうか。
そのように広く言われているわけではないから、私の想像であるが・・・。

第二マカバイ記はプロテスタントの正典(聖書66巻)にない文書なので、あまりなじみのない方もおられるだろうから、簡単に紹介しておく(※)。

※日本語訳では、古くから聖公会版があった。新共同訳が出る前、私はこれで読んだ。
フランシスコ会訳などのカトリックの旧約聖書、および旧約聖書続編付きと書いてある共同訳の聖書には載っている。

これはギリシア語で書かれた古代ユダヤ教の文書の一つである。マカバイ戦争(紀元前2世紀)の時代のことが書いてあり、旧約と新約をつなぐ文書の一つと言える。
かなり残酷な殉教の場面も出てきて、殉教者が称賛される。第7章の「七人の兄弟と母の殉教」の箇所など、豚肉を食べることを拒否して殺されていく人たちの話だが、豚肉禁止の習慣のない私としては、そこまでする必要があるのかと思ってしまった。時代背景が今とまるで違う。当時は豚肉を食べることは神ヤーウェへの信仰を捨てることと同じだったのだろう。小説「沈黙」に出てくる踏絵みたいだと思った。
神の摂理と復活の希望が語られ、罪あるままに死んだ人のための祈り、つまり「死者のための祈り」が出てくる。この「死者のための祈り」をルターは認めたくなかったのだろう。
現代ならば、私は、純粋な「死者のための祈り」が問題だとは思わない。むしろ、人として当然の感情ではないかとさえ思う。「死後の魂は神の裁きを受けるのであり、生者の祈りによって状態が変わることはない」とする見解を知らないわけではないが、残された側の思いの表明として死者のために祈りたいと思うのは当然ではないかと思うのである。
それに、「神様が決めたことに対して人間がどうこう言ったって無意味だ」などと言い出したら、この世界で起きているすべての現象は「神様が決めたこと」または「神様が認めたこと」だから、「人間の祈りはすべて無意味だ」となりはしないか。
生者の祈りによって状態が変わることがあるのか、ないのか、そんなことが生身の人間に断定できるのだろうかと思えてくる。
祈りとは、祈る側の思いの表明だ。何に感謝し、何を讃え、何を求め、何を願うのか。自分はどうありたいと願うのか、世はどうあるべきだと願うのか。そうした思いの表明なのだ。だから、たとえ神が存在しなくとも祈ることには意味があるという話になる。
今でも、「死者のための祈り」の是非はプロテスタントでは微妙なのだろうが、カトリックの人にこうした話をしたら、死者のために祈るのは当然という感じで、新旧両派の意識の違いを感じた。
私自身は、「死者のための祈り」を認めるべきだという考えである。
ところがこれが、「あなたが亡くなったら教会はあなたのために祈るから、生きているうちにお金を払っておきなさい」となると、話が違ってくる。自分の死後、教会にちゃんと祈ってもらわないと煉獄で大変苦しむことになるから、今のうちにお金を払っておこうとなる。
死後の不安を煽って信者を脅すことで教会が収入を得る。これは中世末の教会の堕落である。死後の苦しみの軽減になると思わせ、「祈り」を販売したのだ。贖宥状(免罪符)の販売と並ぶ当時の教会の堕落である。
カトリックはこうした過去の問題を改めてきた。むしろ現代の自称「福音派」が中世末のカトリックと似ていて、悪い意味でカトリック化している。「福音派」は煉獄の苦しみとは言わないが、死後の不安を煽り続けることで「教会」から離れられないようにして金銭や労力を搾取し続ける。カトリックの良い部分は受け継がず、悪い部分はしっかり受け継いでいる。教派や時代が違っても、堕落した宗教は似てくるものだ。

ルターは「死者のための祈り」を金儲けの手段に使うことが許せなかった。
彼は「死者のための祈り」も「煉獄の存在」も否定した。根拠に使われそうな第二マカバイ記を正典から外したかったが、第二マカバイ記だけを外す適当な理由がなく、アポクリファを全部外してしまった。アポクリファを正典から外す理由をいろいろ挙げているが、それらは口実なのだろう。
以上、私の想像であるが。

だとすると、「死者のための祈り」を金儲けの手段に使わないのであれば死者のために祈るのもアポクリファも認められることになるのではないか。

そのように考えると、旧約正典の範囲がはっきりしなくなる。(もともと宗教改革以前ははっきりしなかったのだ。)
範囲がはっきりしていないのに、「信仰の根拠は聖書のみ」とは言えなくなる。

これも私が「信仰の根拠は聖書のみ」とは言えないと考える理由である。

(伊藤一滴)


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信仰の根拠は聖書のみ? その歴史的考察(2) 新約聖書成立以前の信仰

(こちらを先に読んでもわかるように書いたので(1)と重複箇所があります。ご了承願います。)

宗教改革者ルターは現代の保守的福音派などが主張するような「聖書66巻すべてが一言一句誤りのない神の御言葉である」という立場ではなかった。ルターも、聖書は神の御言葉と考えていたようだが、聖書のすべての文書が同じ重みを持つと見なしてはいなかった。

彼は、キリストをどれだけ明確に証言するかを評価の基準とし、新約聖書のヨハネ福音書、ローマ書、ガラテヤ書、1ペトロ書を最高のものとした。他の文書も役立つが、キリストを証しする度合いがこれらよりは低いとみて、重要度に差をつけた。そして、ヤコブ書、ユダ書、ヘブル書、黙示録は、キリストを十分に証ししていないとして、削除まではしなかったものの、低く評価し、正典性を疑問視さえした。初期のルター訳聖書ではこれら4書は付録の扱いだったという。

ルターにとって聖書の重要性は文字の一貫した無誤無謬性にあるのではなく、キリストを示す証言性にあった。彼は「聖書はキリストのゆりかごである」と言ったと伝えられる。聖書は、中にキリストが入っているかいばおけ(まぶね)なのだ。かいばおけは器に過ぎないのに、この器ばかりを重視して、中のキリストをよく見ようとしない人たちが現代でもいる。正統的プロテスタント教会を称しながら、ルターの考え方に学んでいない人たちである。

ではルターは、新約聖書27巻がそろう以前の信仰の根拠をどう考えていたのだろう。
歴史を考えれば、何もないところに聖書が与えられて信仰が成立したのではない。信仰が先である。キリスト教の信仰は新約聖書の成立以前からあった。

ルターは「聖書のみ(sola scriptura)」を唱えたが、それは「神の啓示の唯一の形は聖書だけ」という意味ではなく、「信仰の基準は人間の教えや教皇の権威ではなく、聖書が証しするキリストであり、キリストの福音による神の御言葉である」という意味に解すべきだろう。彼は、新約正典が確立する以前も、キリストの福音による神の御言葉は伝えられていたと考えていた。

権威ある文書として、旧約聖書があった。
初期には使徒たちの口頭による宣教があった。
使徒たちの没後も教会は教えを受け継いでいた。

教会が神の御言葉を生み出したのではなく、神の御言葉を見分けて新約聖書を確立した、ということになる。
ルターにとって重要なのは27巻の文書がいつ出そろったのかではなく、キリストの福音による神の御言葉は、27巻の文書がそろう以前から人々に告げ知らされていたという事実であった。

だが、ここで疑問が生じる。初期には使徒たちの口頭による宣教があり、使徒たちの没後は教会が教えを受け継いできたのなら、受け継がれた教えは聖伝(Tradition)ではないのか。「信仰の根拠は聖書のみ」なら、カルタゴ会議(397年)以前をどう考えればいいのか。新約聖書27巻の文書がカルタゴ会議で正典と認められる以前は、聖伝も信仰の根拠だったのか。「信仰の根拠は聖書のみ」となったのは397年からで、それ以前は「聖書と聖伝」が信仰の根拠だったのか。
このあたりに、プロテスタントの理論の限界があるのではないかと思う。この疑問に対し、私は今まで納得のいく説明を聞いたことがない。

「後に新約に収められる文書は、かなり早い段階から存在していました」と言って、「信仰の根拠は聖書のみ」と説明しようとした人もいたが、初期にはそれらの文書は新約聖書と認められていなかった。つまり、受け継がれて朗読されていたとしても、正典文書と認められる以前は紙に記された一種の聖伝だった。
それに、初期の教会には信仰上の文書が多数存在していた。その中のどれを正典とし、どれを外典とするのか、誰が何の権限でそれを決めるのか、何も決まっていなかったのだ。

やはり私は、「信仰の根拠は聖書のみ」という主張では、新約聖書成立以前の信仰の根拠について説明がつかなくなると思うのである。

それに、そもそも「信仰の根拠は聖書のみ」という言葉はイエスの教えにない。これは、宗教改革の時代に掲げられた時代的な主張である。この言葉をイエスの言葉と同列に置くわけにはいかない。
どこまでも「信仰の根拠は聖書のみ」として聖書信仰を主張するなら、新約聖書が確立する以前には、世の中に正しい信仰はなかったということになってしまう。
私は、今日において、「信仰の根拠は聖書のみ」という主張を見直す勇気が必要なのではないかと考えている。

(伊藤一滴)


付記:初期の教会には信仰上の文書が多数存在していた。ご参考までウィキペデアの「外典」の項に載っていた文書名を挙げておく。
これら以外にも初期の教会で用いられていた信仰上の文書には、歴史の中で忘れられ失われたものや、未発見のものもかなりあるだろう。

パウロ行伝
ペトロ行伝
パウロ・テクラ行伝
ペトロの黙示録
パウロの黙示録
ディダケー(十二使徒の教え)
バルナバの手紙(バルナバ書)
クレメントのコリントの信徒への手紙
イエス・キリストとエデッサ王アブガルスの手紙
使徒パウロのラオディキアの信徒とセネカへの手紙
イグナティオスとポリカルポスの手紙
エジプト人による福音
ユダヤ人による福音
ユダによる福音書
ニコデモによる福音書 (ピラト行伝)
ペトロによる福音書(ペテロ福音書)
救い主による福音
ヤコブによる原福音 (ヤコブ原福音)
トマスによるイエスの幼時物語
トマスによる福音書
マタイによるイエスの幼時福音
マルコによるイエスの幼時福音
アラビア語によるイエスの幼時福音
マリアによる福音書(マグダラのマリア福音書)
フィリポによる福音書
ヘルマスの牧者
イエス・キリストの叡智
シビュラの託宣

後に新約聖書となる27巻の文書も一冊本になっておらず(技術的にも不可能だった)、各巻分冊で、これらと混じっていた。3世紀までの写本はコデックス(パピルスを重ねて2つ折りにして真ん中を綴じた冊子)が普通だったから、厚い本は作れなかった。また、どの教会にもこうした文書がそろっていたわけではなく、地域により、指導者により、用いる文書が違っていた。後に正典となる27巻の文書にしても、どの教会にもあったというわけではなく、正典か外典かの区別がないまま混在し、教会によって用いる文書が違っていた。
特に「ヘルマスの牧者」などは各地の教会で広く用いられており、有力な文書であった。一方、ヤコブ書、ユダ書、ヘブル書、黙示録は、ルターが気づいていた通り、使徒性(正典性)を認めない意見も多かった。他にも、2ペトロ書、2ヨハネ書、3ヨハネ書の正典性を疑問視する声もあった。

新約聖書27巻が確立する以前の一般のキリスト信者はもちろん、教会の指導者たちだって、多数の信仰上の文書のうちのどれを正典とすべきか見分けがついていたとは思えない。そもそも新約正典が存在するという認識、新約正典という概念さえ、どの程度あったのかもわからない。

今日、ほとんどの人は、「キリスト教は聖書というゆるぎない正典を持つ宗教である」と思っている。しかし、キリスト教の初期においては、明確な正典の範囲が定まっていなかったのだ。

カルタゴ会議で27巻の文書が認められてから千年以上経った宗教改革の時代でさえ、ルターはヤコブ書、ユダ書、ヘブル書、黙示録の使徒性を疑問視していた。

それでも「信仰の根拠は聖書のみ」と言えるのだろうか。


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信仰の根拠は聖書のみ? その歴史的考察(1) ルターにとっての新約聖書

宗教改革を受け継ぐプロテスタントは今日でも基本的に「信仰の根拠は聖書のみ」を掲げている。
日本においても、たとえば日本基督教団の信仰告白にこうある。
「旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証し、福音の真理を示し、教会の拠るべき唯一の正典なり。」
信仰の根拠を聖書のみとする主張はマルティン・ルター(Martin Luther 1483–1546)に由来する。「信仰の根拠は聖書のみ(sola scriptura)」と主張したルターは、新約聖書の諸文書はどのように成立し正典化されたのか、どの程度理解していたのだろう。

ルターは、アウグスティヌス会の修道司祭であり、神学者であり、協力者がいたとはいえ聖書をドイツ語に訳すほどの実力があった人物である。神学教授でもあったルターは、ヒエロニムス、アウグスティヌス、エウセビオスなどの著書を通じ、「初期の教会においてどの文書を新約正典とするのか議論されていた」ことや「新約聖書が確立する以前も、使徒の時代から受け継がれてきたとされる使徒的文書が教会で用いられていた」といった知識を有していたろうし、「新約聖書27巻がまとまったものとして一気に人類に与えられたのではない」こと、「27巻の文書が最終的にカルタゴ会議(397年)で新約正典と確認された」ことなども知っていたと思われる。

今日、「聖書66巻は一字一句に至るまで神の霊感によって書かれた誤りなき神の御言葉です」という主張がある。保守的福音派および自称「福音派」などの主張である。この主張は、19世紀~20世紀初頭の近代主義への反発の中で言われ出したものであり、ルターに由来するものではない。
ルターは新約聖書27巻のそれぞれの文書を同等とは考えていなかった。27巻が確定する以前に、有力な正典候補とあまり有力でないものがあったことをルターは知っていた。ルターは、新約が形成されていった過程があり、やがて27巻の文書が正典と認められたと理解していた。ルターには、すでに近代的な聖書批評学の萌芽があったとも言えるのである。

ルターが言った「信仰の根拠は聖書のみ」は、聖書の文書はみな等しいという意味ではなく、「聖書が証しするキリストによる神の御言葉こそが信仰の根拠」という意味に解すべきであろう。
ルターは、キリストを強く証言する文書として、ヨハネ福音書、ローマ書、ガラテヤ書、1ペトロ書を挙げ、これらの文書を聖書の中心と見なしている。古代において正典性に疑義があったヤコブ書、ユダ書、ヘブル書、黙示録を疑わしい書(Antilegomena)とし、この4書は、1522年版のルター訳ドイツ語聖書では一応これらも載せておくという付録の扱いだったという。
黙示録をことさら重視し、終末のときにはああなるだのこうなるだのと熱心な保守的福音派や自称「福音派」とはかなり違う。

今日の保守的福音派などからすれば、「ルターは十全霊感を認めず部分的霊感説を信じていた」「だから間違った信仰だ」ということになる。そして、その間違った信仰を受け継ぐのが自分たちだ、ということになる。

ルターは正典成立史をある程度までは理解しており、歴史的に議論があった書については慎重な扱いであった。彼は各文書の同等の価値を認めておらず、自分の神学的原則によってキリストを強く証言する文書を優先し、新約聖書内部で文書の格付けをした。
実際、ルターが疑わしい書としたヤコブ書、ユダ書、ヘブル書、黙示録は、どれも後代に書かれた文書であり、使徒やイエスの兄弟に由来するものではない。ヨハネ福音書や1ペトロ書も使徒ヨハネや使徒ペトロの作ではないが、ルターがそこまで見抜けなかったのは時代の制約と言うべきだろう。
ルターは、今日の保守的福音派や自称「福音派」とはかなり違う。むしろ自由主義神学やリベラル派に近いとさえ言える。ルドルフ・ブルトマンがルター派の出身なのもうなずける。
(続く)

(伊藤一滴)


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