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土壁の寝室

古民家に住んでいるので、一部の改築箇所以外は、昔ながらの土壁の部屋です。寝室も土壁ですが、これがまた、寝心地がいいんです。
もちろん土壁のためだけではなくて、場所が静かだし、空気はいいし、自然に囲まれた環境だからというのもあるのでしょうけれど、寝つきはいいし、朝の寝覚めもよくなりました。土壁の部屋は、音の響きが柔らかい感じですし、天然の調湿機能が働くのか、雨の日も不快に思わなくなりました。私だけでなく、家族全員、早寝早起きになりました。
以前、仕事で左官屋さんに漆喰塗りをお願いしたことがあり、そのとき雑談したのですが、左官屋さん自身、土壁の部屋を寝室にしていると言ってました。左官屋さんは「そりゃあ土壁の部屋に一度寝たら、新建材の部屋じゃあ寝られませんよ」と言っていました。(伊藤)

春も初夏もいっぺんに

山里でも田植えの季節になり、近所の農家は大忙しです。
わが家の周りの最後の雪が融けたのは5月3日でしたから、山里の5月は春も初夏もいっぺんに来る感じです。

連休中に子どもたちと一緒に植えた男爵イモが芽を出しました。
ちょうどこの季節は敷地内にワラビがたくさん生えており、朝に摘んで灰汁につけておくと夜にはおいしいおかずになります。自然の恵みはありがたいです。
このあたりではいろいろな山菜が採れますし、近所の農家から野菜をいただいたりもするので、最近はほとんど野菜類を買わなくなりました。(伊藤)

昔の暮らしは良かった?

「伊藤さん、昔の暮らしは良かったと思う?」と、よく聞かれます。古民家暮らしなどしているから、そう聞かれるのでしょう。それに対して私は、「まあ、いい点も悪い点もあったでしょうから・・・・・」と、あいまいな返事しかできません。
昔といっても、いろいろな時代があり、また同じ時代でもいろいろな面があったでしょうから、一概には言えないと思うのです。
昔を知る人は言います。
「昔はねえ、春から焚き木を集め、食料を確保し、子育てをして1年過ぎた。次の年も同じように過ぎた。その繰り返しだったよ」と。
そういう話を聞いて私は想像してみます。昔の生活は質素で単調にみえても、日常の中で自分で判断し工夫する場が、今よりずっと多かったのではないかと。1分1秒に追われることなく、自分たちの生活のリズムで毎日を暮していたのではなかったのかと。天気が良ければ田畑や山で作業をし、天気が悪ければ家の中で作業をするという暮らしは、天気の良し悪しに関わりなく定時に出社し、仕事の進み具合に関わりなく一定時間は職場にいる現代のサラリーマンの生活とはだいぶ違います。
たぶん昔は、生活が自然に近くて、季節の移り変わりや近隣とのちょとした触れ合いの中にも喜びを感じていたのではないかと思います。いろいろな面があったでしょうが、全般的に考えれば、どうも昔のほうが人間の原点に近かったのではないかと想像しています。(伊藤)

雨の日に

きのうも今日も冷たい雨。
山里は5月でもけっこう冷えます。
保育園児の次男が窓の外の雨を見ながら言いました。
「おうちの屋根さん、自分がびしょ濡れになって、人が濡れないようにしてくれるんだよ」
またこんなことも言いました。
「雨が降ると、カエルやお花やお野菜が喜ぶの。カエルは泳げるし、お花やお野菜はお水を飲んでぐんぐん伸びるんだもの」
いいことを言うなあと思いました。(伊藤)

商業資本ではなく

4月29日は、集落の氏神様のお祭りでした。これは男衆の祭りだそうですが、お祭りといっても各家の手料理を持ち寄っての親睦会みたいな感じです。今年から私も仲間に入れていただき、例のゼンマイ煮とふかしご飯を持参し、お酒をいただきながらいろいろな話をしました。集落には高齢者が多く、中学生以下は4人だけ(そのうち2人は我が家の子)、なんとか過疎化に歯止めをかけたいという話も出ました。
私個人は、山里は廃れる一方だとは思いません。たぶん今後、山里の良さに気づく人は気づくでしょう。都会だから儲かるという時代でもなくなりました。それに、たとえ儲かったとしても、だから幸せかといえばまた別な話です。
山里に住んでいる人たちは、「山の暮らしじゃあ食っていけないよ」なんて言ってるわりにはみんな食べています。数字として表われる現金収入は街より低いでしょうが、生活に必要なお金もずっと少なくて済むのです。
田舎の暮らしは不便とされてきました。ここは田舎も田舎、雪国の山里です。おかげで、開発から取り残されてきました。私は、こういう場所が残っていてよかったと思っています。便利とされる場所は開発され、古民家は壊されて新建材の家が建ち、地域の習慣や人と人との関係も断ち切られてきました。失われたのは民家だけではないのです。民家と共にあった人の暮らしそのものが変わってしまったのです。見てください、最近の住宅、やたら防犯性が強化され、二重鍵だの強化ガラスだの警備会社への通報システムだのと、まるで要塞みたいです。開放的な造りこそ、日本家屋のよさであり、住みやすさであったはずなのに・・・・。
それにかわるように大規模な商業資本が入り込んできて、以前は自分たちでやっていたいろいろなことも、お金を払って業者にやってもらうようになりました。消費はもちろん、教育的なこと、ちょっとした家の補修、冠婚葬祭、防火防犯の見回り、その他もろもろに企業が入り込んできました。
たとえば、うちにも子どもが2人おりますが、地方都市にいたときには育児の分野でもいろいろな売込みがありました。でも、ここではほとんど必要ありません。遊び場はいくらでもありますし、近所の人が声をかけてくれたりします。そもそも、自然とのかかわりや地域の人とのかかわりは、お金を払ってサービスを買うという関係ではないのです。
この5月から、小1の長男には、スクールバスの乗り場まで1人で歩かせるようにしています。あとから聞いた話ですが、ある朝、息子はバスを待ちながら泣いていたのだそうです。たまたま通りかかった農家のおじさんが声をかけてくれて話を聞いたら、いつも一緒にバスに乗る近所のお姉ちゃんがなかなか来なくて、もうすぐバスが来そうだし、どうしていいかわからなくなってしまったということだったのだそうです。「お姉ちゃん、風邪かもしれないから、バスが来るまでおじちゃんが一緒にいてあげる。だから心配すんな」と、そのおじさんは一緒にバス乗り場で待っていてくれました。ちょうどバスが来たときにお姉ちゃんも走ってきて、ただ、朝出るのが少し遅れただけで、体調が悪いわけではないというので、おじさんも安心してバスを見送ったとのことでした。通りがかりの人が声をかけ一緒に待っていてくれるような日常の中に、地域の人たちの優しさ感じています。田舎暮しの日常は人間的なかかわりの連続です。
(補足)本来、人はみな優しさを持っているのに、現代の産業社会に組み込まれていく中で、なかなか優しさを表せなくなっているのではないのでしょうか。前回、鉄道事故のことに触れましたが、特定の個人を責めるつもりはありません。あの中で言いたかったのは、人間を思考停止にしてしまうシステムや風潮への批判です。(伊藤)

都市と山里と

兵庫県尼崎市で起きた鉄道大事故の続報を見ながら、人間を秒単位で管理するシステムって何なんだろうと思いました。そこまで管理されてしまうと、人間として当たり前の判断力も働かなくなり、思考停止になってしまうみたいです。電車の遅れを取り戻そうとして猛スピードを出したり、事故車両にJR社員が乗っていても負傷者を救助せずに自分の部署に行って普通に勤務したり、その後のボウリング大会だの宴会だの・・・・・、もはや、人間としての感情はどこへ行ったのか疑われるような思考停止状態です。
昔のMS-DOSパソコンにプロンプト記号が出てきましたが、あんなふうに、人間がプロンプト化して、誰かにコマンドを与えてもらわないと動くことが出来なくなってしまうのでしょうか。現代の都市文明を維持するのにそのような管理が必要だとすれば、非人間的なシステムですし、脆弱です。

山里で暮していて思うのですが、ここでの生活は都市型の管理と対極です。すべてが自然に近いですし、自分の頭で考えて判断することが多いです。山里での暮らしを始めてから、私は、自分が人間の原点に近づいてきたような気がしています。
天気や気候の変化に敏感になりました。自然の移り変わりを肌で感じるみたいな感覚です。味覚も嗅覚も鋭くなってきました。水や空気の良さもあるのでしょうが、食事がおいしいです。それに、早起きになりました。自分は夜型人間で、体質だから直らないと思っていたのですが、そうでもないようです。お天道様が昇っているのに寝ていたらもったいないみたいな気がして、今朝も5時に起きて、草刈り、畑仕事、薪割りなどをしてきました。
たった1ヶ月と少しで、手足ががっちりしてきて、体力がついてきた感じです。そういう意味で、私はずいぶん働き者になりました。(伊藤)

野の花をながめながら

自分で「ジネント山里記」を読み返してみると、なんだか伊藤は山里の民家でのんびり生きている世捨て人みたいな感じですが、実際は平日普通に働いていますし、けっこうめんどうな仕事もしています。それでも山里の家に帰るとほっとするのです。自然の中に身を置くと、わずらわしいことを忘れ、解き放たれた気分になるのです。

日に日に新緑が鮮やかになっていきます。ふもとの桜は散り始めましたが、今度は家の周りの桜が咲いてきました。やがて上のほうでも咲くでしょうから、何度も花見が出来そうです。
朝のさわやかな光と鳥の声に目覚める日々です。早起きして散歩するなんて、山里に来るまでなかったことです。朝の散歩中、よくキジのつがいを見かけます。うちの庭に遊びに来ていたり、裏のりんご園を歩いていたりします。集落の人は誰もいじめたりしないようで、わりと近くまで寄ってきます。キジの夫婦は仲良く歩いていて、かわいいです。
道端にはタンポポやいろいろな野草たちが花を咲かせています。
野の花をながめながら、「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも装っていなかった」という福音の言葉を思い出しました。高校生の頃、古典の時間に読ませられた『平家物語』の冒頭や『方丈記』の言葉も頭に浮かんでくるのですが、それは私が「無常」を思うような年齢になったからかも知れません。
この世の覇者が何をしようが、いずれは消えていきます。人間の驕りに関わりなく四季はめぐり、花は咲く、ということのようです。(伊藤)

ゼンマイを煮て

連休中、屋外に簡易カマドを出して火をおこし、ゼンマイを煮ました。家の周りを掃除したときに拾った杉葉や枯枝の始末と燃料代の節約を兼ねて簡易カマドを使ったのですが、わずかな焚き木でけっこう長い時間燃えています。燃料はタダなので、煮込み料理にはいいようです。春~秋は簡易カマド、冬は薪ストーブで煮炊きすれば、燃料代がかなり浮きそうです。

地域のお祭りに、つれ合いが何度も味見をしながら作ってくれたふかしご飯と、私のゼンマイ煮と、地酒を持って出かけました。集落の人たちと酒を飲み、話をするのは楽しく、こういう中にいるとストレスもたまりません。やはり、人と人とのかかわりは大事だと思いました。(伊藤)