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現代科学を否定する無理な信仰

今となっては数は少ないだろうが、今も日本国内に、北朝鮮を支持する人とか、日本の社会主義革命を信じる人とか、いるにはいるようだ。

ひとたびそういう考えを持つとなかなか改められないのかもしれないが、今の日本に住み、普通に情報を得て、それでなお考えを改めないというのは、かなり無理な信じ方をしているのではないか。

そんなことを思ったのは、福音派の中の一部の人たちの無理な信仰と似ていると感じたからだ。
福音派と称する中に、成り立たないことを、かなり無理をして、かたくなに信じている人たちがいる。(注1)

今の日本で、普通に教育を受け、普通にテレビや新聞やネットから情報を得て、それでなお、地球が出来たのは紀元前4004年頃だとか、ノアの洪水の時に恐竜が絶滅したとか、生物は一切進化していないとか、そういったことを言い張るのは無理がある。


ここに進化論の要点を書こうかと思ったが、私のような素人が書いたものより専門家が書いたものを読む方がずっといいと思うので、書くのをやめた。進化論や進化については、入門書から専門書まで数多く出ている。日本語版ウィキペディアの「進化」の項を読むだけでもとても参考になると思う。

反進化論者は、最初から答えがあって、客観的に真実を求めるのではなく、答えに合致するよう話を持って行く。だから、データを挙げて理論的に説明しても話は平行線になる。
それは間違った演繹法の使い方だ。演繹法は、まず万人が認める事実が前提にあり、なぜその事実が成り立つのかを論理を積み重ねて結論を出す方法だ。
たとえば、高い山に登れば上に行くほど寒くなるのは万人が認める事実である。「そんなことはない、上に行くほど太陽に近くなるから暑くなるはずだ」といくら言ってみても、事実に反する。なぜ上に登るほど寒いのか、その理屈を求めるのが演繹法だ。

反進化論(創造論)は、世の万人が認める事実とは言えない。だから、演繹法は使えない。
演繹法を使えない分野に使おうとするから話がおかしくなる。


また、事実に反する主張も、理屈をつけて事実であるかのように説明することが可能な例はいくつもある。もちろん間違った理屈だが、一見、事実のように話を持って行くことができるのである。

有名な例に、アキレスと亀の話がある。古代ギリシャのゼノンのパラドクスだという。

足の速いアキレスと、亀が競走した。
ハンディを考慮し、アキレスはだいぶ後ろからスタートした。
わかりやすいように、アキレスは亀より100メートル後ろからスタートしたとする。
後ろからスタートしたアキレスは、絶対に亀を追い越せない。
アキレスが100メートル走るうち、亀は少しは進んでいる。アキレスが100メートル走った時点で亀が10メートル進んでいれば、アキレスは10メートル先の亀を追い越そうとする。アキレスが10メートル走る間、亀は1メートル進んでいる。アキレスが1メートル走る間に亀は10センチ進んでいる。アキレスが10センチ走る間に亀は1センチ進んでいる。
差は小さくなっていくが、どこまで行っても追い越せない。アキレスがどんなに速かろうが、亀を追い越せない。

もちろん事実ではないが、事実でないことも、筋の通った話のように持って行くことができるのだ。
反進化論者の理屈を聞くと、私はこの話を思い出す。


今、私の手元に、
ダーウィン『種の起源』の他に、
ドーキンス『利己的な遺伝子』、
同『進化の存在証明』、
同『悪魔に仕える牧師』
などがある。
あとは、
ブライアン・スウィーテク『移行化石の発見』
などもある。

私は、これらの本について、ここには論じない。
私は進化論に関してまったく素人だし関心分野でもないから、深入りしないし質問されても答えられない。

ただ、素人なりに思うことを少しだけ言っておく。

ある人たちが言うように、天地創造は6日(1日は24時間)で行なわれたのなら、恐竜はいったい何日目に創造されたのだろう。
以前、ある原理主義者に恐竜は何日目に創造されたのかと聞いたら、
「恐竜なんていませんでした。聖書のどこにも恐竜のことなど書いてありません。恐竜の化石とされているものは天地創造の真理をごまかすためにサタンが造ったのでしょう」
という答えだった。
うちの息子にその話をしたら、
「恐竜が地球上にいたのは数時間か、長くても数日だろうね。天地創造はたった6日間で、恐竜は人類の発生より先に絶滅してるんだから」
と、冗談ぽく言っていた。

創世記の冒頭を文字通り読むなら、太陽ができる前から地球があり、光があり、地上には植物が生えていたことになる。
太陽ができる前の光って、何?
太陽ができる前の1日って、何?
太陽のない太陽系で地球は自転公転していたのか?
先に造られた地球が、あとから造られた太陽の周りを回り出し、月が地球の周りを回り出したのは、どういう理屈なのだろう? 天体の引力と遠心力のつり合いは滅茶苦茶になる。
「できたばかりの地球は厚いガスに覆われていました。空が晴れて、太陽や月が見えるようになったときのことを2つの天体の創造としているのです」
と言っていた人がいたが、そんなことは聖書のどこにも書かれていない。
「神様は物理の法則など超えています。神様は何でもおできになるのです」
と言う人もいたが、いったい神は何のためにそんなことをなさる必要があるのか。

ネアンデルタール人をはじめ、現生人類以外のヒトの化石も見つかっているが、彼らは何日目に創造されたのか? 彼らはアダムの子孫ではないのか? もしアダムの子孫でないなら、原人や異種のヒトは誰が創造し、どこから来たのか。これも、「ネアンデルタール人なんていませんでした。化石は天地創造の真理をごまかすためにサタンが造ったのでしょう」となるのか。

遺伝子の研究によって、現代人とネアンデルタール人との混血も明らかになっているが、アダムの子孫と出所不明のヒトとの混血をどう説明すればいいのか?
この日本にだって、4万年近く前には人がいたようだが、彼らもアダムの子孫なのか? アダムは紀元前4004年頃に創造されたのに、はるか昔に日本に人間がいたのは、なぜ?

「アダムもエバも架空の人で、神と人との関係を説明するために創作された物語の中の登場人物」と考えれば、すべて説明がつくのに。
「アブラハム以前の話はすべて神話的な物語」と考えるのは、神の否定でも信仰の否定でもない。実際、現代のプロテスタント主流派やカトリック信者の多くはそう考えている。

参照 聖書の史実性
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2023/08/post-4179.html


反進化論者は、「かつて科学的に正しいと考えられていたことが誤りだった例はいくつもあります」と言う。確かにその通りだが、それは「新しい科学が過去の研究を乗り越えた結果」であり、「科学と宗教とが対立して宗教が勝利した結果」ではない。

私は、現代の科学は万能だなんて思っていないが、科学を乗り越えるのはさらなる科学であり、宗教的な先入観が科学を乗り越えることなどないと思っている。

仮に進化論が誤った仮説なら、今後の科学がそれを乗り越える日を待つべきだろう。聖書にこう書いてあるから、ああ書いてあるからと、「聖書的に」介入すべきことではない。

実際、歴史の中で、教会が科学に介入したことがたびたびあった。そして、その結果は、教会の側の全戦全敗だった。全敗の結果、多くの教会は、聖書の記述から科学に介入してはいけないことを学んだ(注2)。今日、エキュメニズム派(プロテスタント主流派やカトリックの教会)が、聖書の記述をもとに科学に口をはさむことは、まず、ない。過去の歴史を省みて、聖書の記述を科学を論ずる場に持ち込んではならないと、よくよくわかっている(注3)。


聖書と科学は初めから次元が違う。

これがわかっていない人たちが、プロテスタントの一部にいる。宗教上の見解と科学的見解を混同しているのだ。
その思考は、科学的事実が明らかになる前の中世的な世界観であり、現代の思考ではない。もちろん、未来に向かう思考でもない。(注4)

(伊藤一滴)


注1:無理な主張は、時に、陰謀論者やネット右翼(ネトウヨ)等と共通することがある。無理な主張が否定されると、感情的になって食ってかかってきたり、話の論点をずらしたり、だんまりを決め込んだりする。そして別の場で、また無理な主張をする。以下は「福音派」の話ではないが、無理な主張の一例を挙げておく。
「関東大震災後の朝鮮人虐殺はなかった」といった類の主張があるが、朝鮮人と間違えられて殺害された日本人がいるのをどう説明するのか。間違えられて殺された日本人はいたが、本当の朝鮮人は殺されていないとでも言うのか。
「虐殺というのは惨たらしくなぶり殺しにすることで、一気に殺すのは虐殺とは言わず殺害と言う。朝鮮人殺害はあったが、虐殺はなかった」みたいなことを言うネトウヨもいるが、それは安倍晋三派お得意の御飯論法だ。「朝、パンは食べたが御飯(白米)は食べていない。だから、朝御飯は食べていない」と言うに等しい。

注2:A.D.ホワイト著、森島恒雄訳『科学と宗教との闘争』(岩波新書)にポイントがまとめられている。この本は戦前に出版され、1968年に現代表記の改訂版が出されている。改訂版のほうが読みやすいが、改訂版では、残念なことにガリレオ・ガリレイへの判決文などが削除されている。この判決文もキリスト教の歴史を考える上で大変参考になるので、旧仮名遣い・旧漢字でもいいという方は改訂前の版でお読みになるといいと思う。
なお、森島恒雄著『魔女狩り』(岩波新書) も、キリスト教の歴史を考える上で大変参考になる。

注3:核兵器や原子力発電に反対したり、遺伝子組み換えに反対したりするのは、科学への介入ではなく、人間や地球の環境を脅かすものへの反対だ。
原子物理学の理論や遺伝子の理論そのものに反対しているわけではない。

注4:全員がそうだとは言わないが、進化論否定論者のクリスチャンの中に、独善的・排他的・不寛容・攻撃的な人たちがいる。迷惑な話だ。

誤解されるといけないから何度も繰り返して言うが、進化論に否定的な人はみなタチの悪い原理主義者やカルト、というわけではない。
心優しく善良なクリスチャンの中にも、進化論に否定的な方々がおられる。
前から何度も言っているとおり、進化論についての自分の思いを正直に書くと、そうした、私に親切にしてくださった心優しいクリスチャンたちの顔が浮かんできて、胸が苦しくなる。恩人を悪く言うようで、申し訳ない。だが、私は、自分の考えを偽ったり、あいまいにしたりしたくない。

福音派を名乗る人に、「カトリック教会や主流派のプロテスタントについてどう思うか」を聞けば、穏健な福音派なのか原理主義系なのかの判別になる。だが、「進化論についてどう思うか」は、そうした判別には使えない。

原理主義者(自称「福音派」)による他派批判の主張の多くは、勝手な思い込みであり、正確で正当な批判ではない。最近の事情を反映していない戦前の本や、そうした本を孫引きしたような本、不正確な伝聞などを使って非難する。他派と対話せず、勝手にこうだと思い込む。また、他派が出している手引書などをどこかで手に入れてきて非難する。そうした手引書類は、その教会の指導者が解説することを前提に書かれたものなのに、解説を聞かずに勝手に読んで勝手に解釈して非難する。
迷惑な話だ。
「それは違います」と言っても聞く耳を持たない。真理の側にいる自分たちは、間違った側の話など聞く必要はないと考えているようだ。

自称「福音派」の「信仰」のどこが問題なのか

自称「福音派」(原理主義者、一部はカルト)らが言う意味での「正しい聖書信仰」「正統的プロテスタントの信仰」「福音的な信仰」「福音主義」といった「信仰」のどこが問題なのか、ずっと考えていました。そして、彼らの信仰の中心が「罪の意識と地獄の恐怖」であることが、一番問題だと思うようになりました。

自称「福音派」の信仰の中心は「イエス・キリストによる救いを信じ、神の愛の中に生きる喜び」ではなく、「罪の意識と地獄の恐怖」です。
常に恐れに支配されていることが、一番の問題なのです。

そう、恐れです。
「罪の意識と地獄の恐怖」が中心で、悪魔を恐れ、罪の誘惑を恐れ、自分の罪が裁かれることを恐れ、終末を恐れ、地獄に落ちることを恐れ、地獄の苦しみを恐れる。すべて恐れです。
神様さえも、いつも人を見ていて、監視し、罪を犯す人を地獄に落とす恐れの対象です。

彼らは、口では、「私たちはイエス・キリストによる救いを信じ、神の愛の中に生きる喜びのうちにあるのです」みたいなことを言うんですが、それは、まるでアヘンを使って自分の心の不安を麻痺させるように「キリストによる救い」や「神の愛」を利用しているだけで、中心にあるのは恐れです。

実際、彼らは明るい顔をしていません。沈んだ顔であったり、疲れた顔であったり、何かに憑りつかれて自分を失ったような目つきだったり。

彼らは現実を見ようとしません。現代の世界の現実を見ようとしないし、歴史も古生物学も、現代の聖書学の研究成果だって見ようとせず、「人間的な価値観に惑わされてはいけません」「自由主義神学の間違った考えにだまされてはいけません」みたいなことを言うんです。
現実離れした空想の世界に逃げ込んで、それを、正しい聖書信仰だと思い込んでいるのです。

「人間の価値観ではなく、聖書があかしする神様の価値観に従うべきです」なんて言いながら、人間が作りだした恐れの価値観に支配されています。
彼らが言う「神様の価値観」や「聖書の価値観」の多くは、その教派やその教会の牧師が、聖書の言葉の一部をパッチワークのように縫い付けて作り出した独自の価値観です。むろん、そこに普遍性などありません。たとえ聖書の言葉が使われていても、それは部品に使われただけで、その価値観の全体像は人間の誤った価値観です。

なぜ、私が、彼らの主張を「人間の価値観です!誤った価値観です!」と断言できるのか。
それは、本当に神様の価値観に従っているのなら恐れに支配されるはずなどないからです。
常に恐れに支配されていては、自分の人生を生きることができなくなってしまうからです。
彼らは、イエスの教えとは明らかに異なる独自の価値観の中に生きています。


私が非難するのは、恐怖心を与えて人を支配する自称「福音派」(原理主義者やカルト)であり、一般の(原理主義でない)福音派の方々の信仰ではありません。
一般の福音派の方々は、福音伝道と共に福祉事業や海外支援やさまざまな活動に取り組んでおられます。表情が明るく、済んだ目をしている人が多いです。素朴で真っすぐな信仰心を持って、自分も隣人も世も良くなることを願う人たちに対し、たとえそれがかなり保守的な信仰であっても、悪い感情などありません。

原理主義者(自称「福音派」)も一般の福音派も、どちらも福音派の団体に加盟していたりして見分けにくいのですが、この両者は、人に接する態度も生きる姿勢も違います。


身勝手な原理主義者と、他者に配慮する福音派、

答えが先にあって、その答えになるようつじつま合わせに終始する原理主義者と、本当の答えを求め続ける福音派、

相手の弱味を探って支配するため話を聞こうとする原理主義者と、相手のためを思って親身になって話を聞き一緒に考えてくれる福音派、

相談しても助けてくれない原理主義者と、相談すれば一緒に動いてくれる福音派、

異なる見解に耳を傾けようとしない原理主義者と、そういう考え方もあるのかと話を聞いてくれる福音派、

いつも人の悪口を言っている原理主義者と、他者を悪く言わない福音派、

リベラルなプロテスタントやカトリックを一方的に非難する原理主義者と、他派と対話しようとする福音派、

困っている人たちのために指一本動かそうとしない原理主義者と、困っている人たちのために自ら率先して行動する福音派、

人間の努力で世の中を良くしてゆくことに否定的で、社会の問題に取り組んでいる人たちをどこか馬鹿にしている原理主義者と、社会をより良くしたいと願って行動する福音派、

聖書研究より独自のドクトリンが先走る原理主義者と、聖書そのものから学ぼうとする福音派、

聖書に出てくるファリサイ派(パリサイ派)や律法学者らとよく似た原理主義者と、聖書に出てくるイエスに従った人たちを思わせる福音派、

もっともっとあります。

進もうとする方向が違うんです。

(実際は、中間的な人たちも多く、原理主義者と福音派の境界線は明瞭ではありませんが、わかりやすいように特徴を大きく2つに分けて書きました。)


以前、原理主義(自称「福音派」)の人たちから話を聞いたのですが、どうも、生活の中で何か問題をかかえ、問題に向かってゆくことができずに原理主義の信仰に逃げ込んだ人が相当数いるようでした。そういう現実逃避を「イエス様に出会って救われました」と言っているようでした。実際は、麻薬を使うようになって痛みを感じにくくなったような状態なのでしょう。また、そうした人の二世、三世なのでしょう。これは、エホバの証人(ものみの塔)や統一協会(統一教会)等の信者とも共通します。
こうした宗教は、鎮痛剤という意味で民衆のアヘンです。一時の鎮痛効果はあっても治療効果はありません。

原理主義(自称「福音派」)、エホバの証人、統一協会といった、原理主義的アヘン的宗教に入信する人たちは、深く傷ついている人が多いのかもしれません。
麻薬のように「信仰」を使って痛みをごまかしているうちに、傷はますます悪化するのでしょう。
傷ついているがゆえに「信仰」を求めてますます傷を深くしているなら、とても気の毒です。

目を覚ましてほしいと思います。求める方向が違っているのですから。
人に恐怖心を与えて支配する教会を離れ、恐れによる支配を断ち切らなければ、イエスが望む方向に向かうことはできないだろうと私は思います。

(伊藤一滴)

カルヴァン教(再掲)

1980年代の半ば、学生だった私は、学内で「伝道」している自称「福音派」(「教派ではなく純粋なキリスト教」と称する人も含めて)の学生たちと何度も口論になりました。
彼らは罪の意識や地獄の恐怖で人を脅すことを福音伝道だと思っているようでした。私は、そういうやり方は、かえって人を聖書から遠ざけると思いましたし、彼らの進化論攻撃や天地創造を紀元前4004年頃とする主張など、まったく納得できませんでした。他宗教や他教派に対し、相手の言い分をよく知りもせずに生半可な知識で非難し、見下して馬鹿にするような態度にも腹が立ちました。特にカトリックとプロテスタント主流派に対しては、聞くに堪えないような罵詈雑言を浴びせていました。

今思えば、彼らはキリスト教原理主義者やカルトの集団でしたが、当時の私にそうした知識がなく、福音派の中にはああいう人たちもいるのか、あの人たちはキリスト教の恥だと、腹を立てていました。
彼らは、聖書の権威、神の絶対性、神による予定、信徒の訓練などをことさら強調しており、また、何事でもそれが聖書に書いてあるかどうかを非常に気にしており、ある面、カルヴァンの影響を強く受けているようでした。

カルヴァンは偉大な宗教改革者とされていますが、その主張の中には時代の制約もあります。
正典成立史を見てもカルヴァンが言う「聖書の権威」とは合致しません。(※)

キリスト教2千年の歴史の中の一人に過ぎないカルヴァンの見解が、今も多くのキリスト教会の教義の根底にある、というか、教義の根底はカルヴァンの見解に沿ったものでなければならないというのも、どうなんでしょう。

当時、『カルヴァン小論集』(岩波文庫)を読みながら、カルヴァンは「福音派」の元祖かと思いました。その後『キリスト教綱要』(新教出版社)を読みながら、ますますそう思いました。翻訳者や出版社のご努力を思えば申し訳ないのですが、第一巻を途中まで読んで嫌になり、それ以上読んでません。

自称「福音派」の原理主義者やカルトたちは、おそらく無意識に、イエスよりもパウロを上に置き、カルヴァンをもっと上に置くという思考回路になっているのでしょう。

無意識なのです。
意識するなら三位一体の神こそが最上であり、その神を正しく証ししたものが聖書ということになるですから。

彼らは無意識に、イエスの言葉をパウロの見解に合うように解釈し、聖書全体をルターやカルヴァン、特にカルヴァンの見解に合うように解釈するのです。(カルトではない一般のプロテスタントにも、そうした傾向が見られるときがあります。)
さらに「福音派」の一部には新興キリスト教の独自の見解も入り込んでいるようで、それを「正しい聖書信仰」、「正統的プロテスタント」、「福音的な信仰」、「福音主義」などと称しているのです。

自称「福音派」の正体が見えたと思いました。パウロ教、かつ、カルヴァン教で、一部はそれに新興キリスト教の見解を混ぜたものだ、と思ったのです。


自称「福音派」たちから何度もからまれ、若かった私はかなり言い返してやりましたが、私がどんなに筋を通して話をしても、彼らは少しも目を覚ましませんでした。強力なマインドコントロール下にあったのでしょう。左翼学生と似た、病的な思い込みのようでした。当時、ソビエトや北朝鮮の実態が伝えられても、共産主義の理想を信じて疑わない人たちがいました。信じる対象は違いますが、左翼学生たちの強い思い込みと「福音派」は似ていました。


「そもそもキリスト教信仰の根本は何か」と考えました。

古代や中世の世界観で語られた見解をそのまま受け継いでいいんだろうか。古代や中世の人たちが思い描いていた世界と現実の世界はかなり違うのに。

「パウロ教、かつ、カルヴァン教、プラス新興キリスト教」でいいんだろうか。

エラスムスは「ルターは曲がった関節をまっすぐに戻そうとして反対側に脱臼させた」と言ったという。(すみません、出典を忘れました。なにしろ1980年代に読んだ記憶です。)

宗教改革以前のキリスト教は否定すべきものなのか。

中世のカトリックを異端として否定すれば、この世のどこにもキリスト教が存在しなかった空白期間があったことになる。
原始キリスト教は正しい教えを伝えていたがカトリックが異端化し、16世紀の宗教改革で正しい教会を取り戻したというのなら、空白期間をどう説明すればよいのだろう。

旧約聖書39巻と新約聖書27巻の計66巻だけが唯一の信仰の規範であり、これを唯一の信仰の論拠と信じる教会だけが正しい教会だ、と言うなら、原始キリスト教も正しいキリスト教ではなくなってしまう。十二使徒やパウロが活躍した時代にはまだ新約聖書がなかったし、旧約聖書39巻も確定していなかった。最初期の教会は現在のような「聖書66巻」を持っていなかったのだから、正しい教会ではなかった、ということになる。
「聖書中心主義(=福音主義)の正しい教会は16世紀の宗教改革で初めてこの世に出現した」「それまで正しい教会はどこにもなかった」ということになる。

宗教改革者が否定したカトリックの見解はすべて否定すべきものなのか。

「信仰の論拠は聖書のみです。宗教改革者が否定した点には聖書的根拠がなかったのです」と言う人たちがいるが、聖書的根拠なんて、どうとでも言える。

「信仰の論拠は聖書のみ」と言う人たちは、そう言いながら、「聖書のみ」を論拠にしておらず、カトリックの神学や過去の伝承を引っ張り出してくる。(例、三位一体論など、聖書のどこにも出てこないカトリックの教義だし、使徒信条もそう。また、たとえば「マタイ福音書の著者は使徒マタイです」といった主張は伝承であり、これも聖書のどこにも出てこない。)

聖書を解釈するのは人間である以上、「信仰の論拠は聖書のみ」は「信仰の論拠は人間の主観のみ」になりはしないか。「聖霊の働きによって正しく解釈しています」という主張があるが、聖霊はあっちの教派とこっちの教派で違う解釈になるよう働くのか。「あっちの教派は間違っています」というのは、逆からみたら逆に見えるだけで、教派の数だけ「正しい」解釈があり、自分が属する側の解釈を正しいとしているだけではないのか。実際、プロテスタントは諸派の乱立となっている。

やはり、キリスト教信仰の根本は何なのか、そして、そもそもキリスト教とは何なのか、という検討が必要だろう。
まさか、「カルヴァン流の強権的・神権的な支配に従うこと」がキリスト教信仰の本質ではあるまい。

(伊藤一滴)


※ たまたまF・V・フィルソン著『新約正典の研究』(日本基督教団出版局)を読んだのですが、この本は、聖書にはもともと内的な権威があるという前提で新約正典の成立を論じています。私は、歴史的事実としての正典成立史を論じる場に自分の信仰的な考えを持ち込むべきではないと考えます。それは学問のやり方として正しくありません。聖書の権威がどうこうは、神学上の考え方としてはともかく、歴史を論じる場に持ち込むべきではありません。

蛭沼寿雄『新約正典のプロセス』(山本書店)は、宗教的な先入観なしに新約正典の成立について論じた書です。蛭沼氏は本書の最後で正典の見直しについてまで言及しておられ、考えさせられました。でも、誰が何の権限で新約聖書の再編集ができるのでしょうか? もし学者が「真の正典」を出したとしても、世界の教会はそれに従うんでしょうか?

荒井献編『新約聖書正典の成立』(日本基督教団出版局)を只今読書中です。私は安価で入手しましたが、一部の古書店でべらぼうに高い値段がついているようです。

残念ですが上記の3冊とも絶版です。

2021-11-17 掲載| 2023-10-20 脱字訂正の上、再掲

ぼんやりと鏡に映った姿のようなイエスについて行こうと思った

イエスはいつどこで生まれ、誰から洗礼を受けたのだろう?

私は10代の頃、「イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムで生まれ、30歳の頃にヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼を受けた」と素朴に思っていた。

その頃は、新約聖書の記述は基本的に事実に基づいて書いてあると思っていた。

「キリストのご降誕」を描いた西洋の絵画を見ながら思った。
「東の博士たちは馬小屋に来て、黄金、乳香、没薬を渡したのだろうか? でも、マタイ伝には「家に入って」って書いてある。家? 馬小屋じゃなかったの?」
1980年代のはじめ、10代の私は何人かのクリスチャンに聞いてみた。そしたら、答えはまちまち。
「出産後に馬小屋からどこかの家に移動したんでしょう」
って言う人もいるし、
「イエス様が生まれた時に星が現れ、その星をたよりに博士たちが出発し、ベツレヘムに着いたのは2年後くらいなのでしょう。ヘロデ王はベツレヘムとその周辺の2歳以下の男の子を皆殺しにしているのですから、博士たちが到着したときイエス様は2歳くらいだったと考えられます」って言う人もいるし、私の頭はハテナ???
2年後なら、なんでマリアとヨセフはイエスと共にベツレヘムにいたんだろう?
2年間、何をして暮らしていたのだろう?

ご降誕の絵を見ながら心に浮かんだ疑問。このあたりから、だんだんに、聖書にはつじつまの合わないことも書いてあるようだと思うようになった。

ヘロデ王というのはユダヤの領主ヘロデ大王のことで、紀元前4年に没している。だから、イエスがヘロデ王の時代に生まれたのなら、イエスの誕生は紀元前4年かそれ以前になる。2歳以下の男の子を皆殺しにしたというのだから、イエスは紀元前6年頃に生まれたのかもしれない。もっとも、ヘロデによる嬰児虐殺の話は、旧約の預言が成就したことにするためのマタイの創作だろうけれど。

じゃあルカ伝にある「クレニオ(キリニウス)がシリアの総督だったとき」の人口調査はいつなのだろう。
クレニオは紀元後6年にシリア州の総督になっている。そして、当時ローマの直轄となったユダヤで人口調査が行なわれている。紀元6~7年のことである(紀元前6~7年ではない)。

マタイの記述とルカの記述は十年~十数年違う。
このズレは埋めようがない。

「ヘロデ大王が生きていた時代に、クレニオは一時的にシリアの総督になり、そのときに人口調査があったのでしょう」といった主張もあるが、これは聖書の記述を史実とするためのつじつま合わせだ。まず、ローマ側にそんな記録がない。皇帝アウグストゥスの勅令で「全世界」の人口調査が行なわれたのなら各地に記録がありそうだが、新約聖書のルカ伝以外、まったく記録がない。

それに、ヨセフはダビデの家系だからダビデの町ベツレヘムで登録するというのも変な話だ。
今の私はダビデ王というのは架空の人物の可能性があると考えているが、もし実在の王であったとしても、ダビデの時代とヨセフの時代は千年も違う。親や祖父母の出身地に行くのではない。千年前の先祖の町だ。我々は役所に何らかの登録をする時に千年前の先祖の町に行くだろうか? 千年と言えば、今の時代と紫式部の時代くらい違う。役所への登録で平安時代の先祖の町まで行くなんて、想像もつかない。

マタイによれば、ヘロデが幼な子の命を狙っていると知ったヨセフは、マリアとイエスを連れてエジプトに逃れたという。このときイエスが2歳くらいなら、子連れの一家族がシナイ半島の沙漠を越えるのは、かなり難しかったろう。
もし、イエスが生まれたばかりのときのことだと考えれば、新生児を連れてのエジプトへの逃避は、まず、不可能だったろう。
エジプトへの逃避の話もまた、旧約の預言が成就したことにするためのマタイの創作だと考えられる。マタイはエジプトに行ったことなどなくて、パレスチナからエジプトに行きまた戻るのがどれほど大変か解っていなかったのだろう。

「人にはできないことも神にはできます」と言う人もいるが、神は十年かそれ以上の時間をずらしたりなさるのか。紀元後6~7年に行なわれた人口調査を紀元前4年より前にずらしたりなさるのか。そして、勅令による「全世界」の人口調査の事実を、新約聖書以外のあらゆる古文書や考古学的記録から、すべて消し去ったりなさるのか。
たとえ神ならできるにしても、神は何のためにそんなことをなさる必要があるのか。

つまり、ルカ伝にあるイエスが生まれたときの人口調査の話も、創作と考えるべきだ。これも、イエスをキリストとして描くために創作された物語なのだ。


それに、どうしてイエスはナザレ出身なのか。
そもそも、イエスの時代、ナザレという町はあったのか?
ナザレは今もあるし、中世には大きな町だったというが、現在や中世の話ではなくイエスの時代の話だ。

ナザレという町は旧約聖書に一度も出てこない。タルムードにも出てこないという。フラヴィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代史』や『ユダヤ戦記』にも、まったく出てこないという。小さな町の名まで数多く記したヨセフスにしては不自然ではないか。
それに新約聖書には、イエスが故郷で崖から落とされそうになる場面が出てくるが、ナザレにそのような崖はないという。

今の私は、「新約聖書に出てくるナザレという町の存在自体が架空だ」と考えている。おそらく、イエスをナジル人(ナザレ人)とするために作られた架空の町の名なのだろう。イエスはナザレの出身だからナザレ人(ナジル人)なのだという伝説がある程度広まってから、ガリラヤのある町がナザレと名乗るようになったのではないだろうか。

「新約聖書に死海がまったく出てこないからといって、当時死海がなかったという話にはならない」と言う人もいるけれど、それはまた別な話だ。死海は、イエスとの関係が近すぎたのだ。
イエスの師(または先輩)と考えられるバプテスマのヨハネも、イエス自身も、クムラン宗団のメンバーから分派したのかもしれないし、メンバーでなくとも、かなり影響を受ける近い関係にあったのだろう。関係が近すぎるが故に、新約聖書は死海のほとりのクムラン宗団を黙殺し、エッセネ派を黙殺し、死海の存在まで黙殺したのだろう。

イエスがいつ生まれたのか、はっきりとは分からない。どこで生まれたのかも分からない。育ったのは、ガリラヤだろうが、どこの町なのかも分からない。
イエスについては、わからないことだらけだ。

イエスは30歳の頃にヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けたと数年前まで思っていた。
だから、このブログにも、そう書いたこともあった。
イエスはヨハネから洗礼を受けた可能性は高いと思う。だが、断定はできなくなってきた。

ヨハネによる洗礼をはっきり書いているのはマルコとマタイだけだ。ルカ伝を素直に読めば、イエスが洗礼を受けたときにヨハネは獄中にいたように読める。そしてヨハネは斬首され、生きて帰ることはなかった。

イエスが洗礼を受けると「そしてすぐに、霊がイエスを荒野に追いやった」という(マルコ1:12)。「そしてすぐに」だ。イエスは荒野で「四十日四十夜、断食をした」という(マタイ4:2)。ところがヨハネ伝によれば、イエスは受洗の翌日に弟子の召命をやっている。バプテスマのヨハネも捕らえられていない。その後もイエスは、カナの婚礼に行ったりニコデモと対話したり、ちっとも荒野に行く気配がない。マルコは「そしてすぐに、霊がイエスを荒野に追いやった」と言っているのに。

その先も、福音書はどこまでも矛盾だらけだ。

「聖書は信ずるに値するのか」、「キリスト教は信ずるに値するのか」、10代後半から20代初めの私は、ずっと考えていた。

小学校3年で聖書に出会って以来、夢中になって福音書を読み、10代半ばで新約聖書を全部読み、10代後半で旧約聖書も全部読み、毎日毎日聖書を読んでいた私が、信ずるに値するのかと思うようになっていた。

子どもの頃、まず思ったのは、聖書の記述と科学的な事実(と考えられていること)の食い違いだ(たとえば進化論など)。だがこれは、信仰と科学は初めから次元の違うものと考えることで、つまずきにはならなかった。私は小さい頃から、それぞれ次元の違う話だと思っていたから、進化論を疑ったことはない。

だが、

聖書の記述と歴史的な事実(と考えられていること)の食い違いをどう考えるのか(上に挙げたような話)、

聖書そのものに、箇所により出来事の食い違いがあるのをどう考えるのか(たくさんあるけれど、イエスが処刑されたのは過越しの食事の前か後かのように、どうがんばってもつじつま合わせのしようがない矛盾もある)、

出来事だけでなく、箇所により著者の考え方に食い違いがあるのをどう考えるのか(各福音書、パウロ書簡とヤコブの手紙など)、

といった点は、簡単に説明がつかなかった。

教会の牧師や信者に質問したりもしたが、誰からも納得のいく答えを得られなかった。
(原理主義者にそういった話をしたら急に火がついたように怒り出し、「聖書には一切食い違いなどありません!」と激しい剣幕で叱られた。彼らにそういう話はしないほうがいい。)


その頃読んだ本の一部だが、

遠藤周作『イエスの生涯』

同『キリストの誕生』

同『死海のほとり』

三浦綾子『道ありき』

同『塩狩峠』

山形孝夫『レバノンの白い山』

同『治癒神イエスの誕生』(のち『聖書の奇跡物語』と改題)

波多野精一『基督教の起源』

同『原始キリスト教』

赤岩栄『キリスト教脱出記』

荒井献『イエスとその時代』

八木誠一『イエス』

同『新約思想の成立』

田川建三『イエスという男』

同『マルコ福音書 上巻』

ブルトマン『イエス』

同「共観福音書の研究」(『聖書の伝承と様式』所収)

同『新約聖書と神話論』

ドレウス『キリスト神話』

幸徳秋水『基督抹殺論』

吉本隆明「マチウ書試論」(『藝術的抵抗と挫折』所収)

等々だった。
(もっといろいろ読んだけれど、特に印象が強かった本を思いつくまま挙げてみた。人に勧めるような本ではないけれど。特に、八木誠一『イエス』は大変参考になったし、田川建三『イエスという男』は痛快だった。)

読書と、思索と、対話と、労働と、沈黙の時を繰り返しながら、結局、「キリスト教を否定することはできない」と思った。

私たちはもう、イエスはどんな人で、何を語り何をしたのか、はっきりとはわからない。
だが、私たちは聖書から、イエスが人々に伝えようとしたメッセージの反映を感じることはできる。イエスの言葉は伝承され編集されているから、私たちが聖書から知ることができるのは、イエスのメッセージの「反映」だけだ。それこそ、ぼんやりと鏡に映った姿を見るように。

遠くて近い神は、近くて遠い神なのかもしれない。
神は遠いと考えれば遠く、近いと考えれば近いのではないか。
罪の赦しを、イエスに求めるのかどうか。イエスの言葉を信じるのかどうか。
イエスの言葉と言っても、我々はイエスのメッセージの「反映」を感じるくらいしかできないのだが、人としてこの地上を生きたイエスが伝えようとした言葉は、本当に真理なのか。神は本当に存在するのか。イエスは本当に神から遣わされた神の子であり、子なる神そのものなのか。

これはもう、賭けだ。
科学的に証明することなどできないのだから、信じるか信じないか、それはもう、賭けによる決断しかない。

そして、それでよいのではないかと思った。
聖書が史実に反していても、矛盾だらけでもかまわない。それは古代人の証言なのだから。
私は、ぼんやりと鏡に映った姿のようなイエスについて行こうと思った。

(伊藤一滴)