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ジネント山里記 アーカイブ

私には高齢の父母がいます。
父は90歳、母は88歳です。
2人同時に体調が悪くなってきて、病院に行ったり施設に行ったりしてます。一方を病院に連れて行く日は、もう一方を施設のショートステイにあずけたりしてますが、てんてこまいです。
私は一人っ子なので、交代してくれるきょうだいもいません。

ふう。

自分の仕事もあるし農作業もあるしで、今、「イエスの復活」の続きを書く余裕がないです。
父母の食事など、妻に手伝ってもらうこともありますが、妻も仕事をしており、しょっちゅうは頼めないし・・・

老人ホームやグループホームなどの入居型の施設はどこも空きがなくて順番待ちです。入居者の誰かが亡くなるか状態が悪くなって施設を出るかしないと空かないわけで、いつになったら順番が回って来るのかもわかりません。

少子高齢時代の現実ですね。


過去に書いたものは、以下からも読めます。
http://yamazato.ic-blog.jp/home/archives.html

それと、「ジネント山里記」で検索すると、古い聖書の販売を装うインチキのサイトが表示されることがあるので、ご注意ください。通報してもなかなか削除されないし、削除されても別なのが出てきて、迷惑しています。
古い聖書は、信頼できる店や信頼できるネット通販等からお買い求めください。

(伊藤一滴)

非神話化9・イエス・キリストの復活

イエス・キリストの復活について語ろうとすると、どうしても、自分の思いが混じる。

新約聖書の使信(ケリュグマ、宣教)は、はっきりとイエスの復活を宣べている。だが、これを宣べ伝えたのはおよそ2千年前の古代の人々である。何度も言うが、新約聖書の世界は古代人の世界であり、その時代の世界像は現代の我々が思い描く世界像とはかなり違っている。

先に書いたことを繰り返すが、新約聖書の人々は、地球は丸いとか、地球は太陽の周りを回っているとか、知らなかった。細菌やウイルスが原因で病気になることも知らなかった。経験的に知っている現象も、科学的に説明することができなかった。
当然だが、当時の人たちは現代人より「頭が悪かった」のではない。彼らには「今日のような科学的な認識がなかった」のだ。当時は知るすべもなかったのだから。

そのような古代人が執筆した聖書を、現代人の我々が「文字通り」信じることができるのだろうか?
答えは否である。
もし、聖書を「文字通り」信じるなら、我々は古代人と同じ世界像を受け入れなければならなくなる。聖書は当時の世界像を前提に書かれているのだから、その世界像を受け入れることができないのなら、文字通り信じることなどできないのだ。

今日でも「聖書を文字通り信じています」と言う人はいる。だが、そう言う人の多くはかなり無理な信じ方をしているように思える。


では、現代の科学的な認識を知ってしまった我々は、イエスの復活をどう考えたらいいのだろうか。

「ブルトマンはイエスの復活を否定している」と言う人がいるが、正しくない。ブルトマンは復活を否定したのではなく、蘇生のようなイメージの復活を神話的であるとした上で、ケリュグマにおけるイエスの復活の意味を論じたのだ。

史的イエスとケリュグマのキリストは違う、分けて考えるべきだという。信ずべきはケリュグマのキリスト(宣教のキリスト)であって、史的イエスではない。史的イエスの復元は不可能だし、仮に復元できたとしても、史的イエスは信仰の対象ではない。

同様に、史的処刑杭とケリュグマの十字架も分けて考えるべきだ(ブルトマンはそこまでは言っていないようだが)。
信ずべきはケリュグマの十字架(これはたぶん私の造語、宣教された十字架のこと)であって、史的処刑杭ではない。史実のイエスが磔にされたた処刑杭は十の字の形ではなかったのかもしれない。史実としての処刑杭の形状は断定できないし、仮に分かったとしても、史実の処刑杭は信仰の対象ではない。

復活も、そうなのだろう。
当時の人々が「イエスは復活した」と信じた出来事があったのだ。その史実が核となって当時の表現でイエスの復活が論じられ、新約聖書に収められたのだろう。
我々は、そこから「ケリュグマの復活」を実存的に読み取るべきだ、となるのだろう。
つまり、信ずべきは、史実として何が起きたのかではなくケリュグマの復活だ、ということになる。

だが、私は、史実として何が起きたのか気になっている。
現代の技術なら、写真や動画や音声を残すことができる(もっとも、最近は技術が進み過ぎて、見分けが困難なフェイクまで作れるが)。
ありえない話だが、もし、2千年前にビデオ撮影の機械があって、イエスの復活の場面を写した動画が残っていたら、我々はそれを見て、イエスの復活は史実ではこうだったと言えるだろう。そんな想像をしながら思った。イエスの復活とは、撮影や録音ができる現象だったのだろうか?


史実としてのイエスの復活は「人々の心の中にイエスが復活したことだ」と考える人もいる。
そうかもしれない。しかし、それだけだろうか。

福音書によれば、イエスが捕えられたとき、ペトロをはじめほとんどの男の弟子は逃げている。だが、復活したというイエスとの出会いがあって、弟子たちは劇的に変わり、力強い伝道者になってゆく。彼らを強く大きく変えた復活とは、何だったのだろう? 「心の中に復活した」程度のことだったのだろうか?

史実の「復活」は信仰の対象でも信仰の論拠でもなくて、新約聖書の使信(ケリュグマ、宣教)を信じるのが信仰だと言えばそうなのだろう。
それでも私は、史実としての「復活」がどのような現象だったのか、とても気になっている。気になっているが、わからない。


現存する復活の証言は、パウロの書簡が最古のものである。次いでマルコ福音書、その次がマタイとルカの福音書(この2つはどちらが先か不明)、その後でヨハネ福音書と続く。それぞれ食い違いもあるし、成立が後になるほど、話は大きくなっている。

新約聖書は福音書から始まるが、実際はパウロ書簡の方が福音書より先に書かれている。
パウロはコリント前書でイエスの復活をこう語る。これが現存する最古の復活の証言である。
「15:3わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、 15:4そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、 15:5ケパ(=ケファ、ペトロのこと、引用者)に現れ、次に、十二人に現れたことである。 15:6そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している。 15:7そののち、ヤコブに現れ、次に、すべての使徒たちに現れ、 15:8そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである。」(コリント前書)
この話は福音書と食い違う。ヨハネ福音書ではケファ(ペトロ)より先にマグダラのマリアが復活したイエスに会っているし、マタイ福音書だと複数の女たちが会っている。「次に、十二人に現れた」というが、11人ではなく12人ということは、イスカリオテのユダもいたのか。

マルコは、イエスの墓に遺体はなく、若者(天使?)がいたという。イエスは現れない。なお、マルコ16:9以下は後代の加筆であり、古代のどの写本にもない。
マタイとルカでは復活したイエスが姿を現す。
ヨハネに至っては、復活したイエスはペトロたちの漁に指示をするし、火を焚いて朝食の用意までしている!
後代になるほど話に尾ひれがつくのか、どんどん話が大きくなる。

復活したイエスが姿を現したという話はどれも神話的だ。

(続く)


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非神話化8の6・現存の十字架

話を戻す。

聖礼典(=サクラメント、秘跡)の中に、また、日常生活の中に、キリストの十字架と苦難は現存するという話だった。

「クリスチャンは神の国と神の義を第一に求めるべきであり、政治や社会の問題に口出しすべきではありません」といった主張があるが、それは十字架の現存に反する。政治や社会の問題は日常生活と深く関わっており、その日常生活の中にキリストの十字架と苦難が現存するのなら、政治や社会の問題への取り組みも神の国と神の義の希求の一環だと考えなければ筋が通らない。

信者は聖礼典によって、また日常生活においてもキリストの十字架と苦難と共にある。


どこまでを聖礼典の範囲とするのかは、教派によって異なる。多くのプロテスタントは洗礼と聖餐の2つを聖礼典とし、カトリックは7つのサクラメントを主張する。カトリックの場合、サクラメントは、洗礼、堅信、聖体、叙階、婚姻、告解、終油の7つとされてきた。近年は、告解と言わずに「ゆるしの秘跡」、終油と言わずに「病者の塗油」と言うことが多いようだ。正確でわかりやすい表現に換えているのだろう。
無教会のように、目に見える形での聖礼典を執り行なわない集まりもある。この場合は、精神的なサクラメントの内にある、ということなのかもしれない。

クリスチャンの中に、サクラメントが何より大事みたいな雰囲気を感じることがあった。もちろんごく一部であり、全体がそうだというのではない。
サクラメントを大事にすることを非難などしない。だが、それは他の何よりも優先すべきことであろうか。
たとえば、聖餐を受けることを優先して病気の家族を家に置いて教会に向かったなら、それは神の御旨にかなうのだろうか。あるいは、教会に向かう途中で行き倒れの人を目撃したが、聖餐式に遅れるといけないから知らんぷりして通り過ぎた、という場合はどうか。聖礼典は何より大切な信者の義務で、他のすべてに優先することなのか?

イエスの教えの頂点にあるのは「心から神を愛し、隣人を愛すること」であろう。サクラメントの否定ではなく、優先順位の問題なのだ。「イエスの教えに従うなら何を優先するのか」という話だ。


先に史実史と歴史(実存史)について述べたが、イエスの苦しみと死は、史実であると同時に、信じる人にとっての歴史(実存史)でもある、ということになる。

この歴史は、単に、終わってしまった過去の出来事ではなく、現在の出来事でもある。
今、十字架は、聖礼典(サクラメント)の中にあり、日常生活の中にある。
こうした主張はキリスト教界には広くあって、ブルトマン独自の主張ではない。ブルトマンは、十字架の現存に関しては、正統的な教義を受け継いでいると言える。


新約聖書は、読みようによっては、審判の時は既に来ており神の国は到来しているとも読める。十字架の意義は、世に対する審判であり、人に対する審判なのである。
イエスの十字架の死は、我々を解放するのであり、自分自身を十字架につけてイエスに従うのかどうかが問われている。

何か、こうやって、ブルトマンの主張を要約しようとすると、保守的なキリスト教と重なる部分がかなりあるようだ。ブルトマンはキリスト教を破壊したのではなく、キリスト教の側に立って護教的な主張をしたのだと思う。
見方によっては、科学が進んだ20世紀におけるキリスト教の生き残りの道なのかもしれない。


「ブルトマンは異端です」などと言う人たちに近寄らないほうがいい。それはカルト思考の人たちだ。強力なイデオロギーの支配下にあって、頭の中が古代や中世から進化していない。彼らにとってブルトマンは都合が悪いのだ。
「ブルトマンは教義の一部を変更した」と非難する人もいるが、ルターやカルヴァンだって、当時の教義を一部を変更しているではないか。プロテスタントが枝分かれしたのだって、さらなる教義の一部変更があったからだ。見方によっては、それは教義の進歩、進化とも言えるのではないか。教義の一部変更を否定するのなら、プロテスタントを否定しないといけなくなる。カトリックが公会議を開いて教会の刷新をはかったことも否定しないといけなくなる。
だいたい、「ブルトマンは異端です」とか「ブルトマンは教義の一部を変更した」とか言って非難する人たち自身、新約時代の教えを忠実に受け継いでいるわけではない。彼らは、聖書のどこにも書かれていないことを強く主張する一方で、聖書に明白に記された言葉の一部を無視している。
日曜日は安息日だとか、日曜礼拝参加は義務だとか、飲酒は一切禁止とか、どこにも書かれていないことを言い張る。聖書は66巻だとか、信仰の論拠は聖書のみとか、聖書は誤りなき神の言葉であるとか、こういったことも書かれていない。誰も先生と呼んではいけない、一切誓ってはいけない、女性は教会で教えてはいけない、これらは書いてある。書いてあるのにこっちは無視か。
ブルトマンが熟慮の末に出した見解を「聖書に反する」と簡単に否定しておいて、自分たちの「聖書のどこにも書かれていない主張」や「書いてあるのに無視する主張」は理屈をこねて正当化するのか。
ああ、いけない、こうした話になるとまたまた脱線する。


「イエスの十字架の死は旧約の完成である」とか「イエスは十字架で私たちの罪を贖った」とか、「正統」の人たちは言うが、こうした見解には、ブルトマンは否定的だ。
やはりこれは、受け継がれてきた教義の一部変更ということになろう。

「イエスは十字架で私たちの罪を贖った」という贖罪説は当然のように語られてきたが、実は、新約聖書のすべての文書がはっきりそう記しているのではない。贖罪説はパウロの書簡などから導かれた見解であるが(ロマ3:23~24など)、これは新約全体を貫く主張とは言えない。特にヘブル書は、イエスの十字架の意義を「なだめ」と論じ、贖罪説を全面に出していない。私は、ヘブル書は、贖罪を強調することへの反論の書かと思った。なお、日本の口語訳聖書は、「なだめ」と訳すべき箇所を「あがない」と訳してしまっている。明らかに誤訳である。ヘブル書(ヘブライ人への手紙)に関しては、新改訳の方が正確なので、関心のある方は読み比べていただきたい。

「聖書はすべて神の霊感によって書かれた誤りなき神の御言葉です」などと言っていると、聖書の各文書の考え方の違いが見えなくなってしまう。

先にも言ったが、「聖書はすべて誤りなき神の御言葉である」という言葉はもちろん、「信仰の論拠は聖書のみ」とか「聖書は66巻である」とか、聖書それ自体のどこにも書かれていない。これらは、時代の状況の中で主張されたことだ。
時代の状況の中での主張をイエスの教えと同等に置くことはできない。時代的な主張を、時代を超えた普遍の真理のようにせず、なぜそう主張されたのかをふまえ、場合によっては見直す勇気も必要であろう。


ブルトマンは十字架を実存的に捉えようとする。
イエスの十字架は、神話論的に捉えるべきではなく、実存論的に捉えるべきだということになる。
だが、実存論の解釈は分かれるかもしれないし、やがて実存論的解釈だって、20世紀の時代の風潮、時代の制約の中で主張されたことだと言われてしまうかもしれない。
また、実存論のような抽象的な考えを一般庶民に伝道し、それを信じて受け入れる人がいったいどれだけいるのだろう。教会は大学の哲学科の学生だけを対象に伝道しているのではない。
実存論的理解は一部の人たちの信仰となり、大衆を切り捨てることにはならないのだろうか。
疑問はいろいろと残る。

(伊藤一滴)

(次回は、「イエス・キリストの復活」を予定。そのあたりで一旦終了しようと思います。でも、もしかすると、「キリストの再臨」「永遠の生命」まで話が行くかも。)


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