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山里の暮らし2

山里に転居して、まず家庭菜園から始め、その数年後稲作も開始しました。
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2008/04/post-d945.html

これから農業を始めたいという方もおられるでしょうから、今日はそのあたりのことを少し書きます。

農地法という法律があって、農家でなければ農地を買えないし、法律上は農地を借りることさえできません。意外と知られていませんが、農家の人以外は農地を借りることもできないんです。
新たに農業を始めたくて詳しそうな人に相談すると、「農業の経験はありますか?」と聞かれます。農地を買うことも借りることもできない人がどうやって農業を経験するのか逆に聞きたいです。「農家に生まれた人以外、農業の入り口がない」と言われるのはそのためです。

でも、まったく入り口がないわけではありません。私の場合だと、近所の真壁さんという方(故人、当時80歳)にお願いし、「農業の手伝い」という形で稲作を始めました。手伝いですから、雇用ではないし、違法にはなりません。農業の経験にはなります。

やがて、真壁さんから農地を借りる約束をし、また以前集落にいて今は関東に転居された方から農地を買う約束をして、50アール以上の農地を確保するめどを立てました。地域差もあるようですが、私が住む地域では、新規就農の場合は50アール以上の農地を耕作する義務がありました。今は30アール以上の地域もあるようですし、さらに少なくて済む場合もあるようですから、地元の農業委員会事務局に聞くのが一番確実です。

ちなみに、10アールで約1反(いったん)=300坪ですから、50アールは約5反=1500坪です。
5反あれば、いわゆる五反百姓で、戦前はそれで十分食べていける自作農だったそうです。

必要な書類をそろえて農業委員会に提出し、正式に農家の資格を得ました。また、出資金を出して正式に農協の組合員にもなりました。以前から農協の店(JAアグリ)で農業資材を買ってましたが、それまではJAモグリでしたね。
農家の資格を得て、近所の人たちにその話をしたら、「それはどうも、おめでとうございます」って言われました。近所の人たちも、何て言ったらいいのかわからなかったんでしょうね。
離農者はたくさんいても、新規就農者なんてめったにいないし。

私は自営業だからこれでもわりとスムーズに就農できました。会社や団体の正社員・正職員の場合は、離職しない限り就農が認められないのが原則とのことでした(私の住む自治体ではそうでした)。
農家の生まれでないと、農業を始めるのはちょっとハードルが高いです。農家の生まれだと、会社が許せば正社員のまま就農できるんですけどね。世襲制が強くて、ちょっと、不公平な感じですが。

必要な農機具は、最初は真壁さんからお借りして、その後は離農した人からもらったり中古品を買ったりしながらそろえました。地元の農機具屋さんとも仲良くなりました。整備や修理をお願いしてます。

自給農業をしながら田畑を増やし、作物を出荷できるようになりました。
実はこの出荷も、最初は大変でした。農家にしてみれば出荷は当たり前。新規就農者なんてめったにいないし、初出荷のための手引書みたいなものが何もないんです。
これはもう、近所の人や農協に聞いて、聞いたことをメモしていくしかないですね。作物ごとに組合があったりもするんで、組合に入って、頭を下げて教えてもらうとか。
たいていの人は親切に教えてくれました。「新規就農ですか、そりゃあ、偉いねー。がんばってねー」みたいな感じで。
私が住む山里の人はみな親切だし、ふもとに行っても親切な人が多いですね。まあ、人間ですから、トラブルがゼロではないのですが、大きなトラブルはありませんでした。ほとんどは、話せばわかる田舎の農家です。私も含めて。

今の私は建築の仕事をしながら農業もしている兼業農家です。職業を聞かれたら「兼業農家」と答えています。
妻は、農業を手伝いながら福祉や教育の仕事をしています。
2人とも収入は低いです。
こんな山の中で兼業農家をして、高収入を得られるはずもありません。でも、お米や野菜は自給しているし、ニワトリも20羽程いるし、住宅や車のローンもないし、購入した家なので家賃もかからないし、地方の山の中なので固定資産税はうんと安いし、そもそもお金のかからない暮らしです。低収入でも生活が成り立っています。大自然の恵みの中、近所の人たちと助け合う暮らしです。東京にいた頃や地方都市にいた頃の自然から離れた暮らしや近所づきあいのない暮らしを思うと、ここはまるで別な世界です。

かつて、街に暮らして、比較的収入の高い仕事をしていたときもありました。でも、幸せを感じていませんでした。
今の方がどれだけ幸せかわかりません。収入と幸せは比例しないというのが私の実感です。

どっちがいいんでしょう。高収入で出ていくお金も多くて、多忙で、ストレスも多い暮らしと。静かな山里でつつましく生きるのと。

一度限りの人生です。その人生の多くを、意義を感じない仕事で失いたくありません。多忙に振り回されるのも嫌です。人や自然を傷つけながら収入を得る仕事も、できればしたくないです。
そんなのぜいたくだって言われそうですが。

(続く)

(伊藤一滴)

山里の暮らし1

久しぶりに山里の話です。山里記ですから、山里の話も書かないと・・・・。

私の一家は、2005年の3月末から山形県の山の中で暮らしています。

転居したときこう書きました。
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2005/03/post_1.html

東京で結婚した私たち夫婦は、その後地方都市で暮らすようになり、2人の子にも恵まれました。でも、地方と言えど都市化した街の中の暮らしに馴染めないでいたときに、たまたま売りに出ていた山間部の古民家を見つけ、すっかりほれ込んで、なんとかお金を工面して購入しました。
いかにも雪国の山の中で豪雪に耐えてきたようながっちりした古民家でした。1933年(昭和8年)に建てられたという家で、太いケヤキの大黒柱があって、板の間に囲炉裏もあります。漆喰(しっくい)塗りの壁は長年の煙に燻されて、濃いセピアの味わいのある色になっています。昔が封印されて残っていたような家です。

購入後しばらくは休日に来て一泊する別荘のようにして使っていました。手持ちの資金も底をついており、家のメンテナンスにお金が回らず、壁のヒビ、建具のズレ、隙間風などもそのままでしたが、実に居心地がいいのです。保育園児だった子どもたちも、家の周りで元気に走り回っています。大自然の中です。交通事故の心配もありません。
「ここに来るとみんな元気になるね」と妻と話していました。家の敷地が約千坪あり、他に山の畑や雑木林もありました。

地方都市の暮らしは便利とされていましたが、車が多くて子どもから目を離せないし、しつこい勧誘の人が来たり、不審者情報があったり、保育園児の父母の中には身勝手な人がいて振り回されたり、疲れる毎日でした。

山里に来ると、別世界でした。
まわりは大自然。とても眺めがいいし、水も空気もおいしのです。いるだけで癒されていくようです。頭の中で「となりのトトロ」のテーマ曲が流れるような感じがしていました。

当時、集落に15件ほどの家がありました(現在は10件ほど)。
隣の家まで100メートル以上あり、子どもが騒いでも気にせずにいられます。
集落の人たちも私たちを歓迎してくれて、もう、こっちで暮らしたいと思うようになりました。
ふもとまで下りれば保育園も小学校もあってバスで送迎してくれるというし、ふもとから橋を渡って川の向こうまで行けば小さなスーパーや郵便局や銀行もありました。

長男が小学校に上がる2005年に、意を決して引っ越しました。
3月、まだ、一面の雪でした。
近くまで車で行けないので、公道から約100メートルの雪の山道を、手で荷物を運んでの引っ越しでした。衣類などは少しづつ手に持って運びました。あとからソリを使ったりもしましたが、ソリの中に雪が入って荷物が雪まみれになって大変でした。
雪が降る前に小型の冷蔵庫を運んでいたのですが、洗濯機がまだで、雪解けまで洗濯機のない暮らしでした。
よくやったな、と思うんですが、私は40になったばかりで妻は30代でしたから、まだ若かったんですね。
その年の冬に娘が生まれ、5人家族になりました。

続く

(伊藤一滴)

貴方が何と言ったて・・・・

敬愛するワインさんがお書きになった「metanoiaxの日記」からまた引用します。
タイトルは「貴方が何と言ったて・・・・」です。


引用開始

2017-04-22

貴方が何と言ったて・・・・


貴方が、永遠の地獄に堕ちると言ったって・・・

貴方が、私の事を救われていないと言ったって・・

貴方が、何と言ったって・・・・

イエス様の愛にはかなわない。

貴方が、何と言ったって・・・・

私は怖くない。


貴方が、私に従わないのは罪だと言ったって・・・

おかしいと思えば従わない。


私は、イエス様にしか従いたくない。

貴方は神じゃない。


引用終了

出典:https://metanoiax.hatenablog.com/entry/2017/04/22/122746


私、伊藤一滴も、以前ずいぶん言われました。

「あなたは救いの中にいないようです」
「そんなことを言うのは罪です」
「それは悪魔の働きです」
「地獄に行くことになります」
「あなたは聖霊を冒涜しています」
etc.

そんな脅しは、通用しません。
私を脅した人たちは、もちろん神ではないし、そもそもイエスの教えに従っていないからです。

人を脅せばおびえて従うとでも思うのでしょうか。

人を脅す人たちは自分がおびえているのではありませんか?
罪の意識におびえ、悪魔の誘惑におびえ、地獄の恐怖におびえ、日々おびえの中に生きる人生。それが「イエス様に出会って救われた人生」ですか?
自分と同じように、おびえの中に人を引っ張り込むことが福音伝道?
引っ張り込まれるのを拒絶した人には罵詈雑言を浴びせるのがイエスに従う生き方?

熱心に聖書を読みながらイエスに従おうとしない人たちは、何に従い、どこに向かうのでしょう?

気づいてください。
目を覚ましてください。

(伊藤一滴)

「日曜の安息日を守れ」という聖書的根拠はない

「福音派」と称する人たちの中に、
「日曜日は主日です。安息日です。労働はせず、礼拝に参加するのがクリスチャンの義務です」
みたいなことを言う人たちがいます。
児童、生徒、学生らには、「日曜の学校行事に参加するのはよくないことです」とか「日曜日に入学試験を行なう中高や大学を受験すべきではありません」とか「日曜出勤がある会社には就職すべきではありません」とまで言う人たちがいます。

私は、「日曜日は人のためにあるのであって、日曜日のために人があるんじゃない」って思いますけどね。

自称「福音派」は、「信仰の論拠は聖書のみ」で「聖書に書いてあることを書いてあるとおりに信じます」なんて言いながら、聖書的根拠のない日曜礼拝の義務を信者に課しています。
(別の話ですが、これまた聖書的根拠のない「絶対禁酒」を主張する教会もあります。ヨハネ福音書には、イエスが水をぶどう酒に変えた話が書いてあるのに! もし絶対禁酒なら、なぜ水をぶどう酒にしたのでしょう。)

イエスは「日曜日を安息日として守りなさい」と教えましたか?
そんな話はまったくないですよ。
十字架で死んだイエスは日曜日に復活したと信じられ、早い段階から日曜が主の日とされて信者が集まっていたようですが、聖書のどこにも土曜日の安息日が日曜日に変更されたという記述はありません。

信者に恐怖心を与えてマインドコントロール下に置き、巧みに支配し、搾取し、精神的な虐待を加える「教会」があります。原理主義者やカルトの「教会」です。明らかにイエスの教えに反する「教会」が、「福音派」「福音主義」「福音的な教会」「正しい聖書信仰」「正統的プロテスタント」などど称していることもあります。福音派の団体に加盟していることもあります。
信者や外部の人がそうした「教会」の問題点に気づいて指摘しても、改めるどころか、指摘した人が神に逆らっているかのように言われるのです。原理主義教会やカルト教会の指導者たちは、自分たちは正統であり真理の側だと思い込んでいますから、指摘されても改めません。多数の人から強く非難されても「正しい信仰だから弾圧される」と思うだけです。(そのいい例が『「信仰」という名の虐待』という冊子への反応です。紙の版は入手困難になりましたがkindleで読めます。)

礼拝に出席しないことも罪とされ、「教会」に縛られるのです。事情で礼拝に行けない人が罪悪感を覚えるようになっています。おかしいのではないかと思っても、一度植え付けられた意識からなかなか抜けられません。
そんな「教会」で礼拝を守るくらいなら、行かない方がましなのに!
歪んだ「教会」に行かないことは、罪でも何でもありません。

「教会」を去った信者は、「背教者」と言われるかもしれません。「悪魔(サタン)のわなに落ちた」とか、「反キリストの側についた」とか、「救いから離れ、永遠の地獄(ゲヘナ)へ向かった」とか、「最初から救われていなかった」とか。
私も、原理主義者やカルトたちからいろいろ嫌なことを言われてきたんで、彼らが言いそうな言葉の見当がつきます。

何を言われようが心配はいりません。彼らの脅しはみな嘘ですから。
彼らの言葉は、神の言葉の取り次ぎではありません。人間の言葉、それも嘘の言葉です。嘘を言って脅しているだけです。

なぜ嘘だと断言できるのか。
それは、彼らは「イエス様を信じます」なんて言いながら、新約聖書に示されたイエスの教えに反することばかり教えているからです。聖書を使いながら、イエスが人々に伝えようとしたメッセージを反対にしているからです。

新約聖書のイエスの発言に、罪や悪魔や地獄の恐怖で一般の人を脅す箇所などありません。日曜礼拝を義務付ける言葉もありません。
信者を脅して自分たちの「教会」に縛り付ける人たちは、イエスの側ではありません。むしろ彼らは「偽預言者」や「偽善な律法学者やファリサイ派(パリサイ派)の人」に似ています。
イエスから厳しく非難された「偽預言者」や「偽善な律法学者やファリサイ派の人」を、「自称「福音派」の牧師」と入れ替えてみると、ピタリと当てはまります。「原理主義者やカルト」と入れても、ピタリです。(参照、マタイ7:15~22 マタイ23章ほか)


福音派には穏健で善良な人もたくさんいますが、「福音派」と名乗る人たちの中にはコチコチの原理主義者やカルトも混じっています。
いい人たちとめぐり会えればいいのですが、そうでなければプロテスタント主流派(メインライン、リベラル)やカトリックの教会で話を聞くのも方法でしょう。プロテスタント主流派やカトリックはエキュメニズム派とも呼ばれ、理性的な人が多く、初めての訪問者をいきなり勧誘したりしませんし、狂信的な話もありません。カルト化の話も聞いたことがありません。

エキュメニズム派の教会に行けば、違う立場の牧師や司祭からかなり違う話を聞くでしょう。


イエスが「天の父」と呼んだ神が本当におられると仮定してみます。

天の父である神は、日曜礼拝に行けない人をそれを理由に地獄に落としたりするのでしょうか?
本当に神がおられるのなら、「神はそんなことはなさらない」と私は断言できます。
新約聖書のイエスの言葉を、素直に、じっくり読んでみてください。
イエスは「偽預言者」「偽善な律法学者やファリサイ派の人」らには厳しいのですが、一般の人を脅したりしていません。

イエスの言葉を、いったんパウロというフィルターにかけ、さらにルターやカルヴァンというフィルターにかけ、さらに自分が属する教派の教えや牧師の見解というフィルターにかけて、そうやって、何度も濾過してから読む人たちがいます。

そんな「目黒のサンマ」みたいな、味も栄養も濾し取るようなことをしないで、福音書に記されたイエスの言葉を素直に読んでみてください。

イエスの教えは、律法主義の束縛からの解放の教えです。神を愛し人を愛する教えです。

原理主義者やカルトによる現代の律法主義の支配は、イエスの教えと方向が正反対なのです。

目を覚ましてください。

(伊藤一滴)

旧約聖書の範囲は教派によって違う

(「アポクリファ」はユダヤ教・キリスト教における「聖書外典」という意味で使われますが、ここでは正典かどうか時代により教派により扱いが異なる文書も含め、一般のプロテスタントの66巻の聖書に含まれない文書をアポクリファと書きます。)


イエスや弟子たちが活躍した時代も、後に新約聖書に収められる文書が執筆された時代も、七十人訳ギリシア語聖書(Septuaginta)が広く使われていました。
七十人訳はヘブライ聖書(キリスト教の側から見た旧約聖書)のギリシア語訳で、諸説ありますが紀元前3世紀半ば頃から訳されたと考えられています。70という意味でLXXと略記されることもあります。
この訳は新約聖書にも多数引用されています。(ただし、新約の著者は記憶で引用したのか、何か意図があって変えたのか、文章が違うこともあります。)

七十人訳にはアポクリファ(旧約聖書続編)も含まれています。
イエス自身も、弟子たちも、パウロや他の新約執筆者たちも、七十人訳が使われた時代を生きていましたが、「アポクリファの部分は聖書ではない」とは一言も言っていません。そもそも区別さえしていません。イエスや弟子が生きて活動した時代のユダヤ教社会では、アポクリファも含めて「聖書」だったのです。

カトリックはアポクリファのかなりの部分を第二正典とし、聖公会は有益な文書として価値を認めています。
「福音派」はアポクリファの価値を認めたくないようで、「新約聖書にはアポクリファからの引用はまったくありません」と言い張る人もいますが、どうでしょう? 有名な「私は命のパンである」(ヨハネ6:35)の箇所など、シラ書24:19以降を意識した発言でしょう。ヨハネ福音書が描くイエスはシラ書を意識し、特にシラ24:21をひっくり返しています。

「イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」」(ヨハネ6:35)

「わたしを慕う人たちよ。わたしのもとに来て、 わたしの実を心行くまで食べよ。」(シラ24:19)
「わたしを食べる人は更に飢えを感じ、 わたしを飲む人は更に渇きを覚える。(シラ24:21 )

アポクリファをそのまま引用したのではありませんが、意識した発言です。偶然ですか? まさか。


パウロの名で「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である」(2テモテ3:16)と書いた人物も、聖書という言葉にアポクリファを含めて考えていたことでしょう。当時使われていた聖書にアポクリファも含まれていたのですから。もちろん、この著者が言う「聖書」には新約聖書は含まれていません。新約聖書はまだなかったのです。
2テモテのこの箇所を引用し、「旧新約聖書66巻だけが神の霊感によって書かれた無誤無謬の信仰の論拠です」などと主張するのはこじつけです。

西暦90年代になって、当時のユダヤ教は、ファリサイ派の学者を中心にヤムニア会議において39巻の正典を定めました。
キリスト教の側はこれを無視し、伝統的にアポクリファも含めて受け継いできました。アポクリファは、偽造された文書でも土の中から出てきた未知の文書でもなく、キリスト教徒によって受け継がれてきた文書です。

16世紀の宗教改革の時代、プロテスタントがアポクリファを除外して39巻の文書を旧約聖書としたので、旧約はユダヤ教の正典(ヤムニア会議の39巻の正典)と同じになりました(配列が少し違います)。

「カトリックは旧約聖書に外典(アポクリファ)を付け加えており、正しい聖書ではありません」と言う人がいますが、付け加えたというのは嘘です。
キリスト教の歴史を考えれば、プロテスタントの側がアポクリファを除外したのです。
宗教改革以前のキリスト教会は、アポクリファを受け継ぎ、その扱いを厳密に決めていなかったのです。

「聖書66巻は天地創造の前から神の御計画にありました」といった主張がありますが、正典成立の歴史を考えれば成り立たない主張です。また聖書それ自体のどこにもそんなことは書かれていません。「聖書は66巻である」とさえ書いてありません。

「信仰の論拠は聖書のみ」も、宗教改革時代の状況の中での主張です。イエスが人々にそう教えたわけではありません。
「歴史の中で生じたその教派の教え」と「イエスの教え」は分けて考えるべきです。

「その教派の教え」と「イエスの教え」をごちゃ混ぜにしているクリスチャンたちを私は見てきました。キリスト信者と言うより「教派信者」のようでした。筋を通して説明しても、まるで聞く耳を待たない人たちでした。


アポクリファの扱いは、今も、教派によって違います。


ご参考まで、ウィキペディア日本語版の「ヘブライ語聖書」の項目の右下にある表からのコピペを以下に載せておきます。(2021年7月現在)
ただし、英語参照といった関係ない部分は消し、(※1)と(※2)は私が補足しました。
(なお、「ユダヤ教、一般のプロテスタント、ローマカトリック」以外の正典については、私は知識がないため、記述が正確かどうかわかりません。)

引用開始

ヘブライ聖書 または 旧約聖書

ユダヤ教、プロテスタント、カトリック教会、東方教会

モーセ五書(※1)
ヨシュア
士師
ルツ
サムエル 1, 2
列王 1, 2
歴代誌 1, 2
エズラ
ネヘミヤ
エステル
ヨブ
詩篇/聖詠
箴言
コヘレトの言葉(伝道の書)
雅歌
イザヤ
エレミヤ
哀歌
エゼキエル
ダニエル
十二小預言書(※2)


ユダヤ教とプロテスタントが除外

トビト
ユディト
マカバイ 1, 2
知恵
シラ
バルク 1、含 エレミヤの手紙
ダニエル書補遺
エステル記補遺


東方正教会が含む

エズラ 1
マカバイ 3, 4
マナセの祈り
詩篇第151篇


ロシア正教会とエチオピア正教会が含む

エズラ 2


エチオピア正教会が含む

バルク 4
ヨベル
エノク
メカビアン 1-3


ペシッタ訳聖書が含む

詩篇第152-155篇
バルク 2


古代教会スラブ語聖書が含む

バルク 3

引用終了


※1
創世記
出エジプト記
レビ記
民数記
申命記

※2
ホセア書
ヨエル書
アモス書
オバデヤ書
ヨナ書
ミカ書
ナホム書
ハバクク書
ゼファニヤ書
ハガイ書
ゼカリヤ書
マラキ書


アポクリファの部分を旧約から除外してしまったのは、宗教改革の負の遺産の一つではないでしょうか。

「ヤムニア会議は、ユダヤ戦争終結後、紀元90年代にユダヤ教(主にファリサイ派)のラビたちによって行われ、マソラ本文(ユダヤ教のヘブライ語聖書)の定義と分類を決定した宗教会議。ヤムニアはヤブネのギリシア語名で現在のイスラエル南西部にあたる。」(ウィキペディア「旧約聖書」より)

ユダヤ教の聖書(キリスト教の旧約聖書)の正典39巻の決定は、紀元90年代です! イエスが活動した紀元30年頃よりだいぶ後です!
イエスが生きて活動していた時代のユダヤ教ではアポクリファも含めて聖書とされており、やがて39巻になるなんて、当時のユダヤ人は思ってもいなかったことでしょう。


30年ほど前の話です。
死者のための祈りについて、私が、「旧約聖書続編の第二マカバイ記に死者のために祈る箇所があります」といった話をしたら、「旧約聖書に続編なんてありません! 旧約聖書は39巻です!」と叱られたことがありました。だからそれ、その人が属する教派においてはそうだ、という話です。その教派は歴史的事情でそうなったのであり、その教派がキリスト教の中心でもすべてでもありません。言っちゃいますが、それ、九州の日本基督教団のある教会の牧師でした。日本基督教団さん、牧師養成の教育はしっかりやってくださいよ。「旧約聖書に続編なんてありません!」なんて、牧師が言うようじゃあ、そして私のような素人から言い返されるようじゃあ、牧師養成の教育はどうなっているんですか? せめて「当教会においては旧約聖書に続編はありません。当教会においては旧約聖書は39巻です」と言うならともかく。自分が属する教会がキリスト教の中心だとでも思っているのでしょうか。当時でも日本聖書協会が「旧約聖書続編付き」を出していたのに、そんなものは存在しないことにして無視してたんですかね。まあ、九州はカトリックも強いだろうから、あえてカトリックとの違いを強調したかったのかもしれませんが。
日本基督教団は大きな団体で、リベラルなエキュメニストが多く、私が会ったほとんどの人は「話のわかる人」でしたが、もともと諸教派の寄せ集めですから、内部にはたまに宗教右派みたいな牧師や信者がいたりします。

「歴史的事情で生じたその教派の見解」と「イエスの教え」を混同すべきではありません。

なお、自分たちの教派の主張を正当化するために正典成立史をねじ曲げる人たちがいます。ネットにも歪められた話が載っています。注意が必要です。

「福音主義の信仰」とか「聖書信仰」とか言うのなら、聖書より上に人間の言葉を置くのはおかしいと思いませんか? 「ルター著作集」も「カルヴァン著作集」も、「ハイデルベルク信仰問答」も「ウエストミンスター信仰告白」も人間の言葉です。人間が考えた人間の言葉が「聖伝」のように受け継がれ、時には聖書より上のように信仰の論拠となるのが「福音主義の信仰」や「聖書信仰」なのですか? 見方によっては、アポクリファは人間の考えによる人間の言葉によって聖書から外された、とも言えます。

もう一度言います。
イエス自身も、弟子たちも、パウロや他の新約執筆者たちも、七十人訳が使われた時代を生きていましたが、「アポクリファの部分は聖書ではない」とは一言も言っていません。そもそも区別さえしていません。イエスや弟子が生きて活動した時代のユダヤ教社会では、アポクリファも含めて「聖書」だったのです。

(伊藤一滴)