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この期に及んでもセクハラ行為を否定するって?

新聞各社の報道によれば、週刊新潮編集部は19日、以下のコメントを発表したとのことです。

 「週刊新潮が報じた、福田淳一財務事務次官のセクハラ行為に関する記事は、すべて事実に基づくものです。本誌では、被害現場の飲食店を特定するなど、様々な検証を経たうえで真実と確信し、報道しました。この期に及んでも福田次官がセクハラ行為を否定していることに驚きを禁じ得ません。テレビ朝日の会見内容については承知しておりますが、取材の経過や取材源の秘匿に関わることですので、コメントは差し控えさせていただきます」

私は、「週刊新潮」という雑誌は買わないことにしており、今までも、今回も買っていないし、今後も買うつもりはありません。
理由は、週刊新潮の、度が過ぎるリベラル嫌い、ゴシップ大好き、人権軽視の姿勢に嫌悪感を持っているからです。
新潮社はいい本も出しているのですが、週刊新潮の見出しを見るだけでも気分が悪いので、数年前から新潮社の刊行物は一切買わないことにして、私の抗議としています(版元の収入にならない古本は例外)。新潮文庫からは古典的名著も多数出ていますし、「芸術新潮」や、三浦綾子、井上ひさし、野坂昭如、大江健三郎などの本は、ほしいのですけれど、新潮社刊のものは買わずに我慢して、図書館で見るか古本で探すかしています。

ただし、今回のセクハラ報道は、ネットで見る限りみごとです。

(一滴)

飲み屋でなら、女性を侮辱してもいいのか

財務事務次官だったF氏が、女性記者にセクハラ発言を繰り返していたとされる問題で、19日、テレビ朝日が、被害者は同社の記者だと明かし、社は財務省に抗議するという。

週刊新潮がネットで音声を公開しても、F氏はセクハラ発言を否定し続けてきた。財務大臣は氏をかばい続けていたし、「安倍政権応援団」と思われる人たちが、ネット上でさかんに氏を擁護して、「飲み屋のママかホステスへの発言が録音され、記者に対する発言とされたのではないか」といった内容の書き込みをしていた。

被害者が黙っていたら、安倍政権および安倍政権応援団は、「飲み屋での発言」にして、もみ消すつもりだったのか。
このあたりからも、彼らの女性蔑視の体質、女性を低く見ていた戦前を思わせる体質が見えてくる。

公開された音声を、ここに引用はしない。あまりにも下劣な内容で、引用する気にもならない。
仮に、それが、女性記者への発言ではなくて、飲食店などの女性従業員への発言であったとしても、許される内容ではないだろう。
飲み屋でなら、女性を侮辱してもいいのかと、彼らに聞いてみたい。「いいのだ」と答えるのだろうか。

やはり、と言うか、首相はアメリカに逃げた。

(一滴)

「首相礼讃」(再掲)

痴愚神礼讃、じゃなかった、「偉大な首相」でした。これは首相礼讃です。某国の偉大な首相は大いに語ります。(偉大な首相は架空の人物であり、実在の人物とは一切関係ありません)

「以前、徴兵制はありえないと申し上げましたが、今回、新しい判断によって徴兵制を実施することになりました。新しい判断ですから、公約違反ではありません」

「選挙前には軍事色を封印し、経済を前面に出して語ります。選挙が済んだら一気に軍事化を進めます。これは新しい判断ではなく、前からやっていることです」

「そもそも私は、経済にはあまり関心がありません。最も関心があるのは、憲法改正と防衛力の整備です。でもそれを言うと、選挙で票になりませんから、選挙で勝ってから一気にことを進めようと思います」

「不戦の誓いをたてましたが、新しい判断により、戦争ができる体制を整えます」

「『戦争は平和である』とニュースピークにもあるように、戦争を始めることが国民の平和と安全を守ることになるという新しい判断です」

「これを批判する言論活動は、一切禁止します。新しい判断です」

「テレビ局が批判したら、電波を停止します。これも新しい判断です。いや、前からの判断だったかな。まあ、すぐに電波を停止するのが難しければ、スポンサーに圧力をかけて黙らせるだけですけど」

「憲法違反? そんなことはありません。憲法は私が解釈します。新しい判断ですから。私は国民から選挙で選ばれたのです。民主的な選挙で我が党は圧勝したのです。ヒトラーがそうであったように、この国の最高責任者は私です」

「すべての責任は私にあります。ただし、本当に責任を取らないといけない時が来たら、その時はまた別の新しい判断をするかもしれません。旧満州の関東軍幹部は勇ましいことを言っていましたが、ソビエト軍が参戦すると真っ先に逃げました。自分たちに権力があるうちは勇ましいことを言い、やばくなったら真っ先に逃げる、これが新しい判断です。残された将兵たちは殺されたり、シベリアに連行されたりしました。逃げた側が勝ちです」

「新しい判断というのは実に便利な言葉でありまして、この言葉を使えば、かつて断言したことや国民の皆さんと固く約束したことをいとも簡単にひっくり返すことができます。私はこれからも、ことあるごとにこの言葉を使い、簡単に約束を反故にしようと思います。新しい判断という言葉を、今年の流行語大賞にしていただければ光栄です」

「責任とは、約束をひっくり返すことです。これもニュースピークに加えましょう。本音を隠し、巧妙にふるまうことを責任ある態度というのです。立憲主義を守れと言う無責任な野党や一部のマスコミ、学者や市民団体などに乗せられてはなりません。ネットでも、憲法を頂点とした法の秩序を守るべきだとか、無責任なことを言う人がいますが、空気の読めない人間の雑音にだまされてはいけません。我々こそが責任与党です」

「また、責任とは、各地にお金をばらまくことでもあります。たいして意味のない公共事業や交付金で、お金をばらまいて、票を金で買うのです。そのお金は未来から借金すればいいのですから、いくらでも印刷できます。こうしたやり方こそ、責任ある態度というのです。倒産寸前の会社が不渡りになる手形を乱発するようなもので、まさに責任ある態度です」

「先に我が党は憲法改正草案を発表しました。お読みいただければおわかりのとおり、一見、現行憲法と大きくは変わらないように見せかけ、細かな改変や付け加えで、内容を大きく変えています。国民主権を縮小する、戦争ができる国にする、基本的人権を制限する、これが、私たちの憲法改正草案の3つの柱です。」

「憲法は、国民が国家権力を縛るもの、権力の暴走を防いで国民を守るものと考えている人がいるようですが、それはまったく間違った前近代的な考えです。王朝時代ならともかく、今の我が国は民主主義の国です。民主的な選挙で選ばれた与党の代表である私は、国民から全権を委任されたのと同じです。ですから、私に逆らう者は、民主主義に逆らっているのです」

「私は、憲法とは、政府が国民と共にあるべき方向に進むための国家の規範であると考えています。我が国はこうあるべきだと定めておけば、異なる者を排除することもできます。この、我が国のあり方を守るために国防軍が活躍するのです。皆さんは、国防と言うと外敵から国を守ることを連想するかもしれませんが、それだけでなく、国防軍の重要な任務は、こうあるべきだという国の秩序を守ることでもあるのです。ですから、国民が反乱を起こせば国防軍が出動し、武力で鎮圧します。鎮圧をしやすくするために、緊急事態条項が必要なのです。これがあれば、我が国も、武力によって反政府分子を鎮圧できるのです。素晴らしいではありませんか。その時々の新しい判断で、なし崩し的に拡大解釈すれば、何でもできるようになります。左翼はもちろんあらゆる反政府活動や反原発デモ、反公害運動といった市民運動も取り締まることができるでしょう」

「いいですか、国民あっての国家ではなく、国家あっての国民です。国家がなければ国民は生きていけません。国民は、国を愛し、国に忠義を尽くす義務があります。国旗を掲げ国歌を歌い、国のために命を捧げた人たちを敬う義務があります。民が国をつくるといった考えは、左翼の影響を受けた間違った考えですから、否定しないといけません」

「憲法を改正しましょう。そうやって、あるべき国の理想を定めましょう。かつて、ナチスドイツがスポーツや禁煙を推奨し、不純分子を排除して、健康で美しい国を目ざしたように、私たちも我が国から不純をなくし、みんなで健康な美しい国を目ざしてゆきましょう」

(拍手喝采)

このように偉大な首相は大いに語りました。(繰り返しますが、実在の人物とは一切関係ありません)

(伊藤一滴)

2016-06-08 掲載分を改題して再掲