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呆痴国家あるいは放置国家

政府の沖縄への対応は、陰湿ないじめのようだ。クラスのボスが仲間を集めて少数の子を徹底的にいじめているようで、実に気分が悪い。日本は法治国家だ、沖縄が何を言おうが無効だ、聞く必要はない、ということか。法治国家? 政権与党はこの国を呆痴国家(ほうちこっか)にする気か。一票の格差にまともに手をつけないという点では、放置国家でもあるが・・・・。

政治の劣化は著しい。政治家や国の要職にある人たちの言葉もまた劣化している。困った人たちの、むちゃな発言が、いつの間にかうやむやになってゆく。大衆は、言葉をしっかり受け止めて賛同したり批判したりしなくなってきた。理性が重んじられなくなった。「空気を読む」というヤツだろうか。なんとなくその時々の空気に流されていく人が多い。

首相は国会の答弁で自衛隊を「我が軍」と呼んだのだそうだが、大きく報道されなかった。私はその発言を最近知った。官房長官は「自衛隊が軍隊であるかどうかは、定義いかんによるものだ」とし「自国防衛を主な任務とする組織を軍隊と呼ぶのであれば、自衛隊も軍隊だ」と言ったそうだ。何を言っても大衆は味方してくれると思っているのか、たいした開き直りだ。自公連立政権の下で、もはや、日本国憲法の理念は無に等しい。

八紘一宇(はっこういちう)発言の政治家や、ナチスのやり方に学んで憲法を改正すべきだという政治家らが失脚するわけでもなく、いつの間にかうやむやだ。NHK会長や経営委員らの無茶苦茶な発言もまた、いつの間にかうやむやになっていく。もう、怒りも感じない。ただ、日本の現状が悲しい。

ナチスに学び、八紘一宇を掲げ、連立政権は「我が軍」と国民をどこに導く気か。

八紘一宇の次に来るのは、七生報国、聖戦完遂、撃ちてし止まん、そして一億玉砕か。

異常も日々続くうちにみんな慣れて、感じなくなってゆく。まるで水からゆでられてゆくカエルのように、熱いと思わなくなって、ゆでガエルになってゆく。

自公連立政権の暴走は止まらない。この国は呆痴国家になってしまったのか。

(伊藤一滴)

大震災から4年 あの日も鉛色の空

今年は3月になっても寒い日が続いています。大震災から4年。4年前の3月も、3月とは思えないような寒い日の連続でした。

震災の年、長男は小6で、もうすぐ卒業式でした。次男は小4、娘は保育園児でした。3月11日、山形県の村山地方は、鉛色の空。冷たい風が吹いていました。

もうすぐ3時の休憩にしようと思っていたとき、突然揺れました。怖いくらい揺れました。地面の揺れがおさまってからも、道路沿いの電線が波打つように揺れていました。

そのときは、大変なことになったと思ったのですが、山形県内は、太平洋側に比べればそれほどの被害はありませんでした。夜になっても、次の夜になっても停電が続き、テレビを見ることはできませんでしたが、ラジオは、東北の太平洋沿岸部の重大な被害を伝えていました。多くは、津波による被害でした。

当地区でも余震が続きました。停電が続いたこと、物品、特に生鮮食料品やガソリンが買えなくなってしまったこと、混乱した中で卒業式を迎えたこと、卒業祝賀会や諸行事が中止になったことなど、いろいろありました。でも、私たち山形県民は、まだ我慢できる範囲内でした。電気が復旧し、テレビのスイッチを入れ、太平洋側の、どこまでも廃墟が続くような光景を呆然と見ていました。

不安な中で、それでも、被災地に支援物資を送る活動に協力しました。それくらいのことしか出来ない自分の非力さを思いました。

あれから4年。この国は、震災復興より株価や軍拡を重視し、原発を再稼働してゆくという方向に舵を切りました。民主党政権のときの脱原発の約束は自公政権によって反故にされました。そうした流れに、なんとなく流されてゆく多数の国民がいます。

今日も空は鉛色。私は複雑な気持ちで空を見ています。

(伊藤一滴)

「シベリア」

Photo

宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」に、シベリアという食べ物が出てくるのですが、私は食べたことがなくて想像もつきませんでした。

先日、たまたまふもとのお店で見つけて買ってきました。

カステラの中に、ようかんのようなあんこがはさんである菓子です。発想としては、どら焼きや人形焼と似ていますが、形状はサンドイッチに似ています。

こういう菓子が戦前からあったのですね。初めて食べました。

(伊藤一滴)

長男の帰省を待って雪の中 2015早春

毎年のことですが、冬は家の1階が雪に埋まります。

この冬は、一度に降った雪はそう多くないのですが、積り、積り、1階の軒を越え、2階の屋根に達しそうになりました。でも、驚きません。いつものことですから。

1階が雪に埋まっているので、地下室にいるような感じになります。出入口の所だけは雪を掘り、雪の階段を作って出入りです。本当に地下室のようです。

春は、一直線には来ません。ジグザグしながら、少しずつ春が来ます。

長男は、昨年、遠くの高校に進み、寮生活です。昨年末に長男の高校を見学させてもらい、生徒たちの発表を見てきました。なかなか水準が高く、驚きました。遠藤周作著「沈黙」について発表してくれたグループもありました。大人が読んでも難しい小説なのに、深く読んでいるのが伝わり、高校生たちの読解力に感心してきました。それで私も刺激され、正月休みに「沈黙」をじっくり読んでみました。20歳の頃に読んで以来です。今読むと、これは、遠藤周作のいくつもの問いのように思いました。教会や社会は、氏の問いにきちんと答えてきたのだろうかと思いながら読みました。

春休みに長男が家に帰って来るのが楽しみです。いろいろ話もしたいです。長男は別の発表でしたが、「沈黙」の発表も聞いていたわけで、さて、あれからどう思ったのでしょうか。

入学の時からもうすぐ1年。4月には2年生に進級します。親元を離れ、さぞ鍛えられたことでしょう。仲間と共に暮らし、共に学ぶ楽しさや大変さを、いろいろ経験していることでしょう。

長男は、昨年の夏も、今年の正月も帰省していますが、なんだかこの春に会うのが、とてもとても待ち遠しいのです。電話や手紙から察するところ、最近、精神的な成長が感じられ、それもあって、会うのがとても楽しみなのです。

(伊藤一滴)