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ホンネとタテマエ?(疑問だらけのインフルエンザワクチン)

この国は、ホンネとタテマエを使い分ける国です。

たとえばお寺であれば、宗教的なタテマエを掲げてはいても実際は葬儀で収入を得て食べていますから、ホンネとしては順調に葬儀があった方がいい。ないと困る。戒名も宗教的な意味づけをしてはいても、実際は院号はいくらといった価格で売られており、寺の収入源です。免罪符と似ています。私はある寺の内部資料を見たことがありますが、非公開の内部資料の中に戒名や儀式の価格表までありました。
ダム造りにしたって、安定的な農業用水の確保だとか治水対策だとか、タテマエとしてはもっともらしい理由をつけるけれど、農業用水が本当に不足しているのか疑わしいし治水効果も疑わしい。ホンネは何でもいいから理由をつけて土建業者に仕事を与えて経済を動かすためではないのかと思われるのですが、政・官・業界、及び学者の癒着の中、各地にダムが造られてきました。政・官・業界に都合のいい理屈を考える学者、つまり御用学者もいて、ある結論に話を持っていくための理屈を巧みに組み立てます。たいしたものです。土木系だけでなくて、公害問題、原子力発電、軍事、医学などの分野にも、けっこう御用学者がいそうです。(逆もいます。反体制的な結論に話を持っていくための理屈を組み立てて、それでセンセーショナルな話題を作り、自分の書いた本などを売る人も。どっちにしても、まず結論が先にあるという「非科学」です。)

みんなお寺や公共事業のホンネはこうだろうと見当がついているけれど、権威とされるものや慣行に逆らう勇気もないし、そんなことに労力も使いたくもないので、声をあげる人はあまりいませんでした。

ワクチン接種(予防接種)も似ています。ただ、お寺や公共事業ほどは世の人々にバレていません。

タテマエとして、ワクチンは病気に効果があるとされていますが、たとえば新型インフルエンザワクチンの場合、感染予防のためのものではないと厚生労働省も認めています(びっくり!)。

感染予防の効果が期待できないものを予防接種と呼ぶのはおかしい、と思ったら、厚生労働省や都道府県の公式の文書には「新型インフルエンザワクチン」と書いてあって「予防接種」という言葉は出てきません。予防効果がないことを知っていて言葉に気をつけているようです。
新型インフルエンザワクチン接種は、予防のためではなく、感染した場合の死亡や重症化を防ぐためとも言われますが、本当に死亡や重症化を防げるのか、データを疑問視する声もありますし、副作用の危険もあります。

すべてのワクチン接種(予防接種)がダメだとは言いませんけれど、中には怪しいものもあります。新型も従来型も含めてインフルエンザのワクチンについて、私はかなり怪しんでいます。

私が子どもの頃(1970年代)は、学校で、インフルエンザワクチンの集団接種があり、ほとんど強制でした。私は接種されて熱を出したり気分が悪くなったりしましたが、それでも学校の先生からも親からも説得されて受けさせられました。しかも、当時はいちいち注射針を取り替えたりしなかったので、もし前の子が肝炎のウィルスなどを持っていたら次の子らにうつったことでしょう。深刻な被害にあった人も多いのですが、かつてのインフルエンザワクチンの集団接種には「まったく効果がなかった」という見解も出ています。膨大な予算を使い、被害者を出し、しかも「効果はゼロ」とする見解もあるのに、それが国民に正しく伝わっているのでしょうか。
ワクチン接種に批判の目を向けるのを「一部の人の偏ったイデオロギー」と言う人もいますが、本当に偏ったイデオロギーなのかどうか?

インフルエンザワクチンの接種は国民の健康を守るための政策というより、経済上の政策ではないのかと、疑いたくなるのです。

私は次のような可能性を疑っています。

「インフルエンザワクチンは医療機関や製薬会社の大切な収入源。医療界・製薬業界はわが国の経済や秩序を守るため、また担当公務員の天下り先でもあるから、優遇しないといけない。政治家も、医療関係者の票が欲しいから、強いことは言えない。効いても効かなくても医療機関や製薬会社の収入のためにもっともらしい理由をつけてワクチン接種を実施しないといけない。」

違いますか?
こんなふうに疑われても仕方がないくらい、インフルエンザワクチンの効果は不透明です。

もっともらしいタテマエを掲げながら、ホンネは別のところにある??
なんか、お寺のやっていることや、これまでのダム造りなどと似ているように思えてくるのです。(伊藤)

やはり、バランスのとれた暮らしが必要では

現代が史上最悪の時代というわけでもないのでしょうが、現状が悪いと、過去がよく見えて、ついうらやましくなるときがあります。
子どもたちと「となりのトトロ」を観ていたら、昭和30年代の日本がすごく良く思えました。
私たち一家は山里の古民家に住んでいるので、自然環境や、近隣の人たちとの助け合いという点ではまだいいのですが、小学生の子どもがいる家なんて集落の中でうちだけ。友だち同士で遊ばせるためには親が車で送迎しないといけません。かつて農村部にも子どもがたくさんいて、子どもたちの社会があったわけで、そんな時代がちょっとうらやましいです。
今の自分にないものや失われたものって、すごく良く見えます。実際にそこに生きた人は、それはそれで大変だったのでしょうけれど。

「伊藤さんの古民家暮らしがうらやましい」と、いろいろな人から言われます。
でも、古民家は暗く、冬寒く、建付けが悪く、階段は急、トイレは不便、火を焚けば煙いし煤ける、といった事実もあります。「古民家をオール電化に改造」なんて話もありますから、現代の技術でいろいろな改善も可能ですが、あまり改善しすぎると、民家としての味わいを損ねてしまいそうです。メーカーの工業製品を多用して古民家に組み込んだら、民家が民家でなくなりそうです。だって民家って、そもそも、その地域で手に入る材を使って造る庶民の家でしたから。
その地域では作れないもの、遠くの工場で作って運んでくる素材・部品・機器を使い、何かあっても自分たちで直せなくてメーカーの人に来てもらわないといけない住宅、それが現代の主流になってしまいましたが、そんなふうにしてしまうと、本来の民家のあり方からどんどん離れていきそうです。
私、自宅を日曜大工で直してます。木の部分は主に地元の杉材で直します。壁は、自分で土を練って補修しました。プロ用の道具を少しずつそろえ、使い方や手入れを職人や引退した元職人に聞きながらやってます。

住む人が、どこまでを好ましく感じるのか、というのもあるでしょうが、「虫食いの穴も節穴も好ましく感じる」と言っていた人がいました。
長く人工的なものに囲まれて暮らしていると、それが正直な気持ちなのでしょう。
自然素材といっても単一の木材だけでなくて、土(土間や土壁)があり、草木由来のもの(畳や障子、ふすまなど)があったりして、そうした組み合わせでバランスがとれるようです。
人工的なものに疲れるし、単一のものにも疲れる。どうも、人間にはバランスのとれた暮らしが必要みたいです。

自然は、完全なものとして完成しており、バランスがとれています。
人は長く自然と共に生きてきました。それが当たり前で、体も、思考も、そうなっていました。
それが、短い時間で変わり過ぎたのです。
現代の大きな問題の一つは、人間が自然から離れて過ぎてしまったこと、でしょうか。(伊藤)

脱穀とその後

ごぶさたしています。
脱穀のあと、収穫した米の運搬、モミすり、ワラの片づけ、農機具の洗浄と収納、そして冬支度と、大忙しだったもので・・・・。

10月末に、脱穀をしました。
ハーベスタ(自走式脱穀機)なんて、使ったことがないのはもちろん、買ったときに初めて見た機械で、中古品を見に行くまで見たことすらなかったのです。もしかすると、通りがかりにどこかで見たこともあったのかもしれませんが、それがハーベスタだと意識して見たことはありませんでした。

またも農機具屋のKさんにお願いして田んぼに来てもらいました。Kさんだって私にいきなり大至急の仕事をさせたりするから、おあいこです。

ハーベスタは軽トラの荷台にぎりぎり載る大きさなので、ブリッジをかけて軽トラに載せ、田んぼに運んで降ろしました。Kさんの到着を待ってハーベスタのエンジン始動。わりと新しい機種で、セルモーターがついていて始動は楽です。
定評あるヤンマーディーゼルは、粘り強いエンジンですが音も大きいです。エンジンをかけるともう、話もよく聞こえません。大声を出してKさんと話をしながら回転数を合わせました。

稲杭の稲を少しずつ外して機械に入れ、稲をこいてみました。調子いいです。とにかく速いです。あんまり速くて、稲束を入れる人間の方が忙しいです。モミだけが取り除かれて、わらが出てきます。細かいゴミは吹き飛ばされていきます。
モミはセットしてある「ハーベスタ袋」にどんどん入っていって、一杯になるとブザーが鳴ります。ディーゼルエンジンの音と稲こきのドラムがうなりをあげる音の中でも聞こえるブザーですから、ものすごいブザーです。田んぼだからいいけれど、もし住宅地でハーベスタを使ったりしたら、騒音公害だと苦情がきそうです。

一つの稲杭が終わると次の稲杭に進みます。わらはどんどん吐き出され、モミもどんどん出てきます。
速いですから、袋が一杯になると次の袋にすぐ切り替え、それもすぐ一杯になるような感じで、けっこう疲れます。

そのうち妻が子どもたちと田んぼに来てくれて手伝ってくれたので、だいぶはかどりました。一杯になった袋はひとまずわら束の上に置いて、次に進みました。

1袋30キロ弱くらいでしょうか。30袋ありました。だから、目分量ですが、全部で900キロ弱。もみがらの重量が30パーセントとして、玄米にすれば約600キロ、玄米10俵というところです。

今年も真壁さんのモミすり機をお借りすることにしたので、ハーベスタ袋は数回にわけて軽トラで真壁さんの農作業小屋に運びました。

モミすりは機械まかせなんで、そう難しい作業ではありませんが、問題は使えるようにするための機械のセットと後片付けです。
真壁さんは高齢でしかも足が不自由なのですが、立ち会ってくれました。機械のセットは私がやり、モミすり機にモミを入れる作業は妻と子どもたちにやってもらいました。
妻と小学5年の長男が特にがんばってくれました。保育園児の娘も米袋を持って来てくれたりしました。小3の次男は、まあ、しょうがないです。じゃまをしなかっただけでも助かりました。

モミすり後の米は自動的に米選機(べいせんき)に送られます。米選機は、その名のとおり米を選別し、欠けた米や粒の小さい米をはじく機械です。
農作物は何であれ規格外品がでます。一般にはあまり知られていませんが、米も、1割かそれ以上の規格外がでます。「くず米」と呼ばれ、飼料などに使われるらしいです。

お米として売ることができないという意味で「くず米」と呼ばれますが、もちろん食べられます。並みの米に2割くらい混ぜてもほとんどわかりません。試しに5割混ぜたら食感が少し違ってきましたが、それでも味は悪くなかったです。この「くず米」は、30キロ当たり千円弱で売買されているらしいですが、私は売ったりせず、2~3割混ぜて家で食べてます。だって、もったいないし、おいしいですから。

田んぼのことは、また、折をみて書きます。(伊藤)

ウイルス進化説

「ウイルス進化説」という進化説があります。
ウィルスが進化していく話ではなく、ウィルスの感染によって感染した生物のほうが進化していくとする説です。
もちろん主流意見ではありません。進化論の中の異説の中の1つですが、興味深い説です。

ウィキペディア日本語版によると、
ウイルス進化説は、「自然淘汰による進化を否定し、進化はウイルスの感染によって起こると主張」するのだそうです。
「ウイルスによって運ばれた遺伝子がある生物の遺伝子の中に入り込み、変化させることによって進化が起きるとする。 (中略)「進化はウイルスによる伝染病」ととらえ、適応進化を否定する」とのことです(2009年11月6日現在)。

今の世の中、大多数の人は、ウィルスを悪者みたいに考えているようですが、もしこの「ウイルス進化説」が本当なら、ウィルスがなければ進化もなかった、人類の誕生もなかった、ということになります。

私、20代のとき、ある神父さんと話をする機会がありました。
神父さんは、
「神がすべてを創造し、すべてをよしとされたというのがキリスト教の考えです」
とおっしゃるから、私、ちょっと意地悪な質問をしてみました。
「では、病原菌やウィルスも神が創造し、よいものとされたのでしょうか?」
神父さんは答えました。
「人間は病原菌やウィルスのすべてを知りつくしているわけではありません。ある面、病原体であったとしても、別の面で、この地上で必要な働き、なくてはならない働きをしているのかもしれませんよ」
私の意地悪な質問に別に怒りもせず、笑いながら答えてくれました。

「ウイルス進化説」の是非を論ずる能力は、私にはありません。
ただ、この「ウイルス進化説」の話を聞いたとき、私は、上に書いた神父さんとの会話を思い出したのです。進化に限りませんが、もしかするとウィルスは、この地上で必要な働き、なくてはならない働きをしているのかもしれません。

いったい、自然界に「不要なもの」があるのでしょうか。
自然界に存在すること自体、存在する意味があるから存在しているのでしょう。

人間が自分たちの都合である種の存在を悪と決めつけ、不要とし、根絶をはかるなら、自然界のバランスが崩れ、最終的には人間の存在自体が危うくされるのではないか、そんなふうに思えてならないのです。(伊藤)

「生きづらい時代を生き抜く 働く喜び 技持つ体で」

作家の塩野米松氏が書かれた「生きづらい時代を生き抜く 働く喜び 技持つ体で」という新聞記事を引用します。(出典は2009年10月15日に山形県内で配布された朝日新聞です。都市部では前日の夕刊などに掲載された可能性もあります。他の地域での掲載日は確認しておりません。)

(引用開始)
「生きづらい時代を生き抜く 働く喜び 技持つ体で」塩野米松
 多くの人が今の社会は生きづらいという。
 長いこと農林業者や職人、漁業者達に会って話を聞いてきた。明治生まれも大正生まれも昭和の方もいた。その方々も、自分たちは生きやすく、楽しい人生を送ってきたとは言わなかった。
 私が会った多くの方々は徒弟制度のなかで技を身につけ生き方を学んできた人達だった。
(中略)
 教える親方や先輩達は「見て学べ」と言うだけだった。
(中略)
 時間のかかる辛い修業であった。しかし、習得することは仕事を手に入れることであり、家族を養い、自分が生きていく術であった。
 やがて一人前になり、腕を上げれば、効率は上がり、利益も出るようになるが、目指す到達点が遠いことに気づく。だから日々努力を惜しまなかった。努力だけが自分を補ってくれる手段だからだ。努力は辛いものだったが、喜びも伴っていた。積み重ねれば明日があり、報われることもあった。
しかし時代は変わった。時間のかかる訓練を避け、効率の向上を目指した。効率こそが価格競争に勝てる最高の武器だと考えたからだ。
(中略)
 世の仕組みも、人々の考えも努力や修業、技を持つ体を不要のものとしたのだ。技はデータとして機械に組み込まれ、人間に付属するものではなくなってしまった。修業は人を磨き、生き方を支えるものであったが、それがなくなった。
 今、人は働かされていると感じている。そこでは隠された能力が引き出されることがない。見つけ出す過程がなくなったからだ。報いは金銭であり、喜びが薄っぺらなものになってしまった。働くことの意味が変わったのだ。
 働くことと生きることは人生の裏と表であった。生きづらい世の中と思う人が多いのは、働くことに喜びが伴わなくなったからではないか。私の会ってきた人々は自分の仕事を語るとき、苦しかったとは言いながら、表情に生気があり、誇りがにじんでいた。
 社会が変わっても人は生きていかなければならない。働かなければならない。機械を捨てろというのではない。効率も必要だ。しかし、新しい時代の中で働く意味と喜びを見つけなければ、生きづらさが増すばかりだ。
 働くことの喜びをどうやって復活させるのか。お手本はほんのこの間までの日本にある。
(以下略 引用終了)

上に引用した塩野米松氏の指摘は、その通りだと思います。
でも、今、どこに「新しい時代の中で働く意味と喜び」があるのでしょう。
「お手本はほんのこの間までの日本にある」といっても、そのやり方では食べていけなくなってしまったから多くの人が離れていったのです。修行がつらいから離れたのではないのです。塩野氏自身がおっしゃるとおり「世の仕組みも、人々の考えも努力や修業、技を持つ体を不要のものとした」のです。
農林水産業や手工業から離れた人たちや、そうした仕事あこがれながらも生活のために勤め人となった人たちは、産業文明社会の中で、日々、さらなる効率化や利益を要求され、上記引用のとおり、生きづらい状況です。
まさに、「技はデータとして機械に組み込まれ、人間に付属するものではなくなってしまった」のです。時間をかけて、努力して、技術を身につけても、産業文明社会の技術はすぐに古びていき、努力に見合う報いがありません。今や、人間は電子制御の下僕です。
人のために作られたはずの電子機器が人をコントロールし、人の仕事も奪い、まるで社会の主人は人間ではなくて、電子制御機器のようです。
(仕事ではない趣味の世界までそう。趣味のドライブは電子制御のオートマ車。趣味の写真撮影はデジタルカメラ。運転にクラッチワークもいらない、撮影に焦点を合わせる技術もいらない。技はデータとして機械に組み込まれ、企業が設定したとおりに使うだけ。)
いつの時代でも、その時代のひどさ、大変さがあったのかもしれませんが、現代の生きづらさは深刻です。

必要な仕事、人の役に立つ仕事をして、喜ばれる。
仕事をする人が、仕事の全体像をきちんと把握している。使う道具も把握している。
それで収入が得られる。生活していける。
しかも自然環境や社会に害を与えない。
そんな仕事ができたら最高です。

何の意味があるのかわからない仕事。
全体像が見えない仕事。
その仕事にかかわる規準や法令があまりにも膨大・煩雑で、仕事をする人自身、規準や法令を把握しきれないような仕事。しかも、しょっちゅう改正。
道具も電子制御で、使う人も道具の仕組みがよくわからない。道具を作った企業が指定したとおりに使い方を覚えて使うだけ、しかも、どんどんモデルチェンジ。
人間が消耗品にされるような過酷な仕事。非人間的なことを要求される仕事。
仕事をすればするほど、その仕事が自然や人を蝕んでゆく仕事。
報いは金銭だけ。お客も自分も喜びを感じない仕事。
今、そんな仕事が増えてきました。

それでも仕事にありつけるだけまだマシで、そもそも仕事に就くことさえ出来ない人も増えています。
産業文明発展の末、機械も社会も複雑になり過ぎて、人間がはじき出され、あたりまえに人間らしく生きることさえ大変になってきました。

塩野米松氏の指摘はもっともですが、「ほんのこの間までの日本」をお手本にして「働くことの喜び」を復活させるのは、お金を得て生活していくという点からも容易ではないでしょう。
私も、それを知りながら、自分自身、その容易ではない道に向かって進んでいるのですけれど。(伊藤)