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バレンタインデーのお経

あとから聞いた話ですが、うちの次男坊(小2)の同級生の女の子が、バレンタインデーにうちにチョコレートを届けに来てくれたのだそうです。そしたら、家の中からお経が聞こえてきたので気味が悪くなり、チョコレートを渡さずにそのまま持ち帰ったというのです。
週明け、女の子のお母さんがそのチョコレートを渡してくれました。
「何か、法事でもあったのでしょうか?」と聞かれたのですが、実は、私が「般若心経」の練習をしていたのです。
「まぎらわしいこと、やめてよー!」と妻に叱られてしまいました。
お経というと、みんな、葬式や法事を連想するようですね。本来、そういうものではなかったはずなのに。
「般若心経」は大乗仏教のエッセンスとも言われます。日本仏教各派で使うので覚えていた方がいいかと思って練習していたのです。
それにしても、深い思想を持つお経が、葬式や法事のときの訳の分からない呪文のように思われて、不気味なものに見なされるのはちょっと残念です。(伊藤)

オール電化住宅のこと(続き)

以下の2点は実際に聞かれたことで、口では答えましたが、ここにも書いておきます。

問い1「オール電化であろうがなかろうが、どっちみち電気なしには暮らせないのだから、停電時の不安は同じこと。オール電化にすれば光熱費はうんと安い。滅多にない停電と、毎月の光熱費の安さと、どっちを優先するのか」

私の答え「電気の暖房はパワーが弱いのに、それでも全館暖房できるのは、極端な高気密・高断熱の結果です。あまりにも気密性が高いため、反射式石油ストーブなどの非電化暖房器具を使うのは危険です。停電で換気システムが止まった状態でこうした石油器具を使えば、たちどころに室内空気が汚染され、最悪、不完全燃焼の恐れさえあります(これは実際に業者から聞いた話です)。台所も最初からオール電化対応の設計で、ガス器具や石油コンロなどの使用を前提にしていないため、換気も内装制限も火気使用に対応していません。「あとからガスを引けばよい」とか「いざとなったら石油コンロを使えばよい」といった単純な話ではないのです。いざというときに非電化の石油ストーブや石油コンロなどを使えるかどうか考えれば「同じこと」ではありません。また、オール電化の光熱費の安さは、極端な高気密・高断熱を前提にしており、そうしなければかえって光熱費が高くなることもあります。たとえ光熱費が安くなったとしても、それは「今現在」の話です。今後電気料金がどう変動するのかわからない以上、5年後、10年後はわかりません。ちなみに私の家は薪(まき)で暖房したりお湯を沸かしたりしているので、光熱費はうんと安いです」

問い2「すでにオール電化住宅を建ててしまった人はどうすればよいのか」

私の答え「壊して建て直せとも言えませんから、まめに窓を開けてよく換気することでしょうね。高気密と矛盾しますが、人間には新鮮な空気が必要です。新鮮な空気を吸うことで気分も違ってきます。それと、小さいお子さんがいらっしゃるなら、まめに外気浴させたり外で遊ばせたりして、頻繁に外の空気に触れさせてほしいと思います。IH調理器は、できるだけ電磁波の少ないタイプを選ぶとか、電子レンジもそうですが、使用中はなるべくそばにいないとか、それくらいしか思いつきません」
(伊藤)

オール電化住宅に思う

先日、オール電化住宅の講習会に行ってきました。山形県内では新築住宅の約6割がオール電化だそうで、私も建築士のはしくれ、はやりのオール電化について話を聞いてきました。

誤解されるといけないのでまず申し上げますが、私のオール電化批判は私自身の商売上の利害とは何の関係もありません。私は一般住宅の設計をほとんどしていないので、オール電化がはやっても、はやらなくても、それで不利益や利益を受けることは何もないです。以下は、商売を抜きにした個人の見解です。

それにしても、世の中こぞって高気密・高断熱・オール電化を礼讃していますね。
これまでもオール電化住宅の宣伝を聞くと、なにか、うさん臭い感じがしていました。今までハウスメーカーがしてきたのと同じ「主婦層をターゲットにしたキャンペーン」に思えたし、既存住宅の「現実に悪い点」とオール電化住宅の「理論上のよい点」の比較という、公正さを欠く比較を使った宣伝もありました。昔、左翼学生たちが、資本主義の「現実に悪い点」と社会主義の「理論上のよい点」を比較して、社会主義の優位性を説いていたのを思い出します。

講習会で、「災害に強いオール電化」とか「人にも地球環境にもやさしいオール電化」とか、講師が大まじめに言うのを聞いていると、なんだか、「カラスは白い」という理屈を聞いているような気分になってきました。
牽強付会(けんきょうふかい=無理なこじつけ)という言葉がありますが、ここまで牽強付会も甚だしくなってくると、聞いてあきれるのを通り越して、立場上そう言わないといけない講師が気の毒に思えるほどでした。

東北電力や研究機関の人の話はまだ慎重に言葉を選んでいるようでしたが、設備機器会社のたぶん営業系の人の話など、まるでオール電化は百パーセント理想の住宅であるかのようです。なんか、医学博士のコメントを某タレントが大げさに膨らまして健康効果を強調した番組みたいですね。

オール電化批判など書き出したら、それこそ膨大な文章になりそうですから、私自身がオール電化住宅に住んでいる人から聞いた話と、特に私が心配していることだけ、簡単に紹介しようと思います。

私の知人がオール電化住宅を建てました。昨年末(2008年末)に竣工し、住んでいます。知人の家族は電気関係の仕事をしており、仕事上の関係で、オール電化以外の選択の余地がなかったのです。私は、その仕事上の立場を知っていますから、特に批判めいたことは言いませんでした。その仕事は建築とは関係ないのですが、会社にはオール電化関連の事業部もあり、部署は違っても、会社がオール電化に関わっている以上、他に選択の余地がなかったのです。まあ、トヨタ系の社員の家族が日産の車を買うわけにはいかないみたいなものですね。たとえ自動車とは関係のないトヨタミシンやトヨタホームの事業部にいたとしても。

先日その知人に会ったので、それとなく聞いてみました。
「新居の住み心地はどう?」
「どの部屋も暖かくていいんだけどね。とにかく空気が乾いて、加湿器じゃ足りなくて、夜は浴室の戸を開けて、浴槽のフタも開けて寝てるよ」(注:山形県の冬は雪が降り、太平洋側のように乾燥しないのが普通です。)
「洗濯物が乾いていいんじゃない」
「そりゃ、そうだけど。ちょっと乾きすぎかな。りんごやみかんを置いておくと、しなびちゃうくらいだよ。それと、台所に食べ物を置いておくと、すぐ腐って困るんだ。真冬なのにね。家の中はどこもあったかいから、どの部屋に置いても同じだよ。食べ終わったらすぐ冷蔵庫に入れないといけないね。それと、漬物がうまく漬からなくなったって家内が言ってる。漬物小屋を別に建てないといけないのかな」
「へえ。そうなの」
「それにね、家族の1人が風邪を引くと、みんな引いちゃうんだよ」

これが「人にも地球環境にもやさしいオール電化」に住んでいる人の感想です。私は何も批判的な話をしていないし、彼は建築には何の先入観もありません。極端な高気密化と全館暖房の当然の結果でしょう。

オール電化住宅について、災害時の不安、IH調理器による電磁波被曝の不安、電力供給のための原子力発電の不安など、すでに多くの方が論じておられるので、ここには繰り返しません。ここでは、文化の問題と資本主義経済上の位置づけについて、みんなあまり言わないことを書いておきます。

前から言っているとおり、開放的な住居はわが国の伝統文化でした。それは、夏期に高温多湿となるわが国の気候風土とも合致していました。オール電化住宅などの最近流行の高気密住宅は、この開放的住居という伝統文化の否定と言えます。
夏でも冬でも戸を閉め切る生活は、近所の人が気軽に声をかけてくれるような暮らしを拒んでいるように思えます。まるで住宅の要塞化です。それぞれの家族が、それぞれ閉鎖された中に暮らすような感じです。
中はどうでしょう。高気密化された中で全館冷暖房です。考えすぎかも知れませんが、家族がそれぞれの部屋で好き勝手なことをして、バラバラになっていく住宅のように思えてしまうのです。
いずれ、オール電化住宅が、住む人の精神状態にどういう影響を与えるのか、答えが出るでしょう。

太古の昔、人類は火を使うことを覚え、最近まで受け継いできました。「最近まで」というのは、もう火を使わないオール電化住宅が新築の6割だからです。住居の文化どころか、火の文化まで否定するのでしょうか。
火を使わない住宅で育った子どもが、火の危険を身につけるチャンスがあるのでしょうか。将来、たき火をしたりキャンプに行ったり、また、災害時に対応したり出来るようになるのでしょうか。
乳幼児期から、いつも快適な人工環境の家で育った子どもが、暑さ・寒さに強い子になるのでしょうか。健康で丈夫な子になるのでしょうか。忍耐力のある子、配慮のある子になるのでしょうか。一つ一つ不安です。
いずれ、精神面と体力面の両方で「オール電化症候群」と呼ばれるような問題が起きてくるのではと危惧しています。

今、世界中で、資本主義が行き詰ってきたような状況です。実は、1980年代から90年代にかけて、先進国とされる国では、日常に必要な物品はほぼ出そろい、一般に普及していたのです。必要な物品は出そろっていましたから、それ以上売れなくなるのは時間の問題でした。ITバブルとされる現象は、行き詰った資本主義の苦しい延命策でしたが、私も含めて、多くの人はそれに気づいていませんでした。投資家たちは、物品が飽和状態になった時代に製造業に投資しても利益が薄いので、バクチ的なマネーゲームに投資しました。そして、それも破綻しました。
高度な大量生産システムにより、いくらでも物を作ることができますが、これ以上何を作り誰に売るのでしょう。日常に必要な物品はほぼ出そろっています。
必要ないものを、さも必要であるかのように見せかけて売るのが、今の資本主義のさらに苦しい延命策のようですが、オール電化住宅はまさに、行き詰った資本主義のあがき、延命策の1つに思えてきます。これ、物が売れなくなった時代の需要の新規開拓ですね。顧客(建築主や消費者)のためではないですね。それが、深夜電力を売り込みたい電力会社の思惑と合致し、さらに、省エネ・低炭酸ガスであるかのように見せかけて環境対策を演じたい国の思惑とも合致した、ということなのでしょう。
電力会社、ハウスメーカー、住宅産業界、設備機器メーカー、家電メーカー、行政まで一緒になって高気密・高断熱の大合唱、大キャンペーンです。資本や力のある彼らにはかないません。被害にあっているのは大工さんや小さな工務店で、これまでのような、ふつうの木造住宅を造るのが難しくなってきました。顧客(建築主)とその家族がもっと被害者なのかもしれませんが、いずれ、答えが出るでしょう。

行き詰ってきた資本主義がますます行き詰っていったとき、産業の最先端で武装した要塞のようなオール電化住宅を維持し、そこで生活し続けることができるのかどうか、私にも予想がつきます。今だって、各種製品は新しいものから先に壊れていくのですから。
電力供給を含む産業が続かなくなったときの修羅場など考えたくないのですが、それも、悲しいことに、予想がついてしまうのです。(伊藤)

山形のスローフード・塩引き

昨年の末に塩引き(シオビキ)を作りました。塩引きというのは、川に上って来た鮭(サケ)を塩に漬けて寒風干しにしたものです。山形県村山地方の伝統食で、海から遠い内陸地方の貴重なタンパク源の一つです。

去年の12月、親戚から立派なオスの川鮭を2尾もらいました。ちゃんと漁業組合に加盟している人で、正規に捕獲したものです(あまり知られていませんが、川にも漁業組合があります)。
以前から塩引きを作ってみたかったので、さっそく作り方を教えてもらい、自分でやってみました。

鮭を入れる木箱を作ります。大工さんの道具箱みたいな箱です。あんまりうまく作ると水が抜けないので、適当に隙間を空けて作ります。

鮭は、腹を割いて内臓とエラを取り(これは肥料に使用)、背骨の所の血の濃い部分も取ってよく水洗いします。川鮭の皮はかなりぬめりがあるので、塩をまぶしてすりこみ、木べらでこすってよく洗います。

それから、全体に塩をよくすり込みます。塩は味のよい天日塩を使います。腹の中や、頭、目にも、十分に塩をすり込みます。塩が不完全だと、腐ってきたりウジがわいたりするそうです。

木箱に入れて、ふたをします。野良猫や野生動物にやられないようにです。屋外の日陰に3日半おいて、ひっくり返し、それからまた3日半おいて塩抜きです。
なんで塩漬けにしたのにまた塩を抜くのかと思うのですが、ただ塩に漬けただけではムラがあり、塩辛くて食べられない部分があったりして、全体に塩味がうまくまわらないそうです。塩抜きと言っても完全に抜くのではなく、適度に塩味が残るくらいにします。この、適度が難しいようですね。

桶(おけ)にたっぷり水を入れて、時々かき混ぜながら、8時間かけて塩抜きです。人に聞くと、10時間という人も20時間という人もいます。私は、少し辛口でもいいと思い、8時間にしました。ある程度塩分を残すことで、乾燥中の腐敗防止にもなるだろうと思いました。

8時間後、桶から鮭を取り出して水切りし、エラのあった部分に縄を通し、頭を上にして、洗濯物を干すみたいに軒下につるして寒風干しです。腹の中にも風が当たるよう、割り箸を3等分くらいにして、開いた腹に軽く刺してくっつかないようにします。
こうして、私は1週間干しました。10日以上干す人もいるそうですが、ちょっと堅くなるようです。

さて、1週間後に大きな出刃包丁で切り身にしました。少し焼いてみたらかなり辛口なので、切り身を数時間水に浸してから焼いてみました。
絶品です。絶品。美味。美味。
「川鮭は、川に上ってくる時に体力を使い果たし、身から味が抜けていておいしくない」という俗説がありますが、そんなの、調理法しだいです。調理法しだいで絶品の美味になるのです。水に漬けると、塩は抜けますが、塩味が残るくらいにしておくとうま味はほとんど抜けないようです。数の子みたいなものでしょうか。

頭も出刃包丁で切って、粕汁(かすじる)などに使いました。鮭の頭も美味です。目玉の周りなど、3歳の娘が喜んで食べました。
近所の人たちに切り身をおすそ分けしたら「なつかしいなあ」と喜ばれ、隣町に住む父(74歳)に食べてもらったら「とてもうまい」と喜ばれ、さらに、正月の我が家の食卓を飾り、それからしばらく我が家のおかずになりました。

山里の冬の暮らしは雪も多くて不便と見られがちですが、絶品の美味を、ふもとの川に上って来る鮭で作ることが出来ます。なにも遠い海外から食材を得なくてもいいし、高いお金で買った食材だからうまいという比例関係でもありません。
わが国の農村や山間部は、実は豊かであり、安価で、またはタダで手に入るものが、とても美味だったりするのです。(伊藤)