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ジネント山里記を最初から読む

ジネント山里記は2005年3月にスタートしました。よくまあ、10年以上続いたものだと自分でも思います。

最初から読むには、

http://yamazato.ic-blog.jp/home/2005/03/

ここからです。

これは、私と妻がどんな思いで山里の古民家に引っ越し、暮らしてきたのかの記録です。引っ越しのとき、小学校に上がる直前だった長男は、今春、高校3年になります。いや~、時の流れは速いです。

誤字や誤記は、だんだんに修正しようと思います。

あとは、このように続きます。

2006年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2006/01/

2007年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2007/01/

2008年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2008/02/

2009年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2009/01/

2010年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2010/01/

2011年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2011/01/

2012年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2012/01/

2013年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2013/01/

2014年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2014/03/

2015年 http://yamazato.ic-blog.jp/home/2015/01/

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(伊藤一滴)

真壁さんを送る

私は農家の生まれではなく、農作業というものを知らずに育ちました。妻もそうでした。そんな私たちは、都会の暮らしに疲れ、街の喧騒に疲れ、山間部での暮らしあこがれて、山形県村山地方の雪深い山里の古民家に引っ越してきました。2005年の早春でした。あたりはまだ、一面の雪景色でした。

http://yamazato.ic-blog.jp/home/2005/03/post_1.html

農業へのあこがれもありましたが、親戚も知人もいない山里に来て、どうやって農業を始めればいいのか、まるで見当がつきませんでした。

そんなとき、近所の真壁(まかべ)さんという方から田んぼの手伝いをしてみないかと言われ、私は喜んで「はい」と返事をしました。来年からは真壁さんのお手伝いだと張り切っていたら、真壁さんは足を悪くされ、「この足では農業は無理になってしまった。田んぼを貸すからやってみないか。必要なことは教えるし、道具は全部貸す」というのです。私は素人だし、迷いました。妻とも話し合い、2人でどうするか迷ったのですが、農業を始めるチャンスでもあったので、形の上では「農業の手伝い」ということにして、真壁さんや近所の農家の方々に教わりながら、稲作を始めたのです。

http://yamazato.ic-blog.jp/home/2008/04/post-d945.html

ちょっと、無謀とも思えるスタートでした。そんな私たち夫婦に、真壁さんや近隣の方々は、本当に親切にしてくださいました。そうやって最初の年から、それなりの収穫がありました。

その後、だんだんに農作業を覚え、正式に農業者の資格を得て、50アール(5反=1500坪)ほどですが自分たちの農地も手に入れました。真壁さんのおかげで農業がスタートしたのです。

昨年お会いした時、いろいろ話もできましたし、お元気そうでした。その後体調を崩して入院されたと聞いていたのですが、高齢者ですし、よくあることだと思い、そのうちお帰りになるだろうと思っていました。

訃報を受けたのは寒い朝でした。享年89歳でした。

近所衆で葬儀を手伝いました。もちろん、私も駆けつけました。ご遺族が痛々しく見えました。

葬儀が済んで、遺骨になって自宅に戻られた真壁さんに、最後に手を合わせました。真壁さん、ありがとうございました。御恩は忘れません。

(伊藤一滴)