« 2013年1月 | メイン | 2013年3月 »

人生の行き先と目的

山里の暮らしのことなども書きたいと思っているのですが、いま頭の中にあることから先に書きます。

前回「いと小さき者」のことを書きながら、近代化される前の旅行中の人のことを想像してみました。
あらかじめ電話などで連絡することが出来なかった時代、その日の行き先の確実な状況がわかりません。何時頃そちらに行きますという予約も出来ませんから、行った先でまちがいなく宿があるか、食事がとれるかどうかもわかりません。ある程度、見当はつけて行ったのでしょうが、様々なことについて、行ってから判断しないといけないことも多かったことでしょう。
これは、人生に似ていると思いました。
人生はよく旅路にたとえられますが、まさに旅です。

人生の旅路が本当の旅とちょっと違うのは、最終的な行き先を教えられていないことです。それに、人生の旅の場合、旅の目的さえ教えられていません。

特別な場合は別として、旅であれば、行き先がわからずに出発することはないでしょう。それに、そこに行く目的があって旅をするのが普通です。中には放浪の旅という人もいるかもしれませんが、普通は目的があって最終地を目ざします。だから、最終地のことを目的地とも言うのです。

最終的な行き先はどこか、また、そこに行く目的は何なのか、何も知らされずに旅をする、それが人生の旅です。
ある程度は人生の見当をつけても、様々なことについて、その場で判断しないといけない旅。
考えてみたら、無謀とも思える恐ろしい旅です。試練もあります。試練の連続と言ってもいいくらいです。でも、出会いもあるし、喜びもあります。

宮沢賢治の「春と修羅」を読んで思ったのですが、宮沢賢治は、おそらく、人生の一瞬の中にも「春」と「修羅」とを感じたのでしょう。私たちは、日々、春の穏やかさと修羅の凄まじさの中を生きているとも言えます。

人生の行き先と目的は知らされていません。
自分で考えろということでしょうか。

私はこれまで生きてきて、最終的な行き先がわかるようになりました。
それは、「死」です。
死が人生の目的地です。

ただし、死の先までは、はっきりとはわかりません。
人類の歴史的経験の蓄積や、ムーディー、セイボム、キューブラー・ロスらが語る臨死体験者の証言などから、ある程度、死後を類推することはできます。でもそれは、類推です。

類推すると、どうも多くの場合、死の先にあるのは素晴らしい世界のようです。恐怖マンガに出てくるような恐ろしい世界ではありません。

ここでは細かな詮索はやめておきますが、この世の人生の旅の最終的な行き先は死である、というのは、疑いもない事実です。
1日生きれば、1日分だけ死に近づきます。人は生まれたその日から、死に向かって歩んでいるとも言えます。

では、死に向かってこの地上を旅することの目的は何なのか。

ナチスの収容所から生還した精神科医のフランクルは言いました。人生の目的を問うても意味がない、人生を問うても答えはでない、人生から自分が問われているのだと。
そう考えれば、生きるとは、人生からの問いかけに対する自分の答えなのかもしれません。

ターミナルケアの先駆者であるエリザベス・キューブラー・ロスは、人がこの地上で生きる目的は、愛し愛され成長することであると言い切りました。これは、キューブラー・ロスがたどりついた答えでしょう。

私は、この地上での人生は、より完全な人間に近づいてゆくための訓練の場だと考えています。
それは学校にも似ています。
故郷を離れて学校に入り、さまざまな出会いがあり、時には厳しいレッスンや試験も受け、やがて卒業の日が来ます。卒業が死です。
私は、人生という学校の先生は、生徒を深く深く愛するがゆえに、厳しいレッスンや試験を課すのだと思います。よりよい人間になってもらいたいからです。地上の親や教師だって、子どもによりよくなってもらいたいから、時には厳しいことも言うのです。

人生の卒業を前にしたとき、自分の人生を振り返り、「大変なこともあったけれど充実した人生を送ることが出来てよかった」と思えるような生き方をしたいのです。

フランクルのような類まれな精神力の持ち主であれば「人生の目的を問うても意味がない」と言えるのかもしれませんが、私のような凡人は、人生を、「より完全な人間に近づいてゆくための訓練の場」と考えた方が受け入れやすいです。
「完全な人間」というのは究極の理想であり、簡単に到達できるようなものではありませんが、まったく凡人で無精者の私には、それくらいの理想があってバランスがとれるみたいです。

でも、思うに、世の中は多くの場合、この問題から逃げています。
死や老いを見えにくくし、人生の意味から逃げて、フタをしています。
逃げているから、老いや死を極端に恐れる。老いを誤魔化して死が遠いように見せかけることが産業になっている。「死んだら終わりだ」なんて言いながら、生きる目的がわからずに漂う。漂いながら求めるのは、金銭や、出世や、虚栄や、物欲、あるいは好色。さまさまな形で地上の栄華を求め、それで幸せを求めたつもりになっている。

いろいろな考えがあり、いろいろ言う人もいるでしょうが、どう表現するにしても、「人生の行き先はどこか、またその目的は何なのか」について、教育の場でもっと語られたほうがいいと思いますし、社会一般でも、もっと考えた方がいいだろうと思います。
(伊藤一滴)

「いと小さき者の一人」に

「これら、いと小さき者の一人にしたのは、すなわち私にしたのである」という、新約聖書に記されたイエス・キリストの言葉を、マザー・テレサはよく引用しておられたそうですが、シスター渡辺も講演の中でこの言葉を引用なさっていました。(「マタイによる福音書」25:40)

聖書には「いと小さき者」として、空腹の人、渇いた人、旅行中の人、衣服のない人、獄中の人が挙げられています。イエスはこうした人たちを「私の兄弟」と呼び、「これら、いと小さき者の一人にしたのは、すなわち私にしたのである」と言うのです。現代の感覚だと、旅行中の人も入っているのは意外な感じがしますが、電車や飛行機や自動車はもちろん、電話などの通信手段もなく、あらかじめ宿を予約することも出来なかったイエスの時代、何らかの事情で長距離を移動する旅は、危険で困難なものだったのでしょう。

いま困難な状況にある人に手を差し伸べるのは、イエス・キリストに手を差し伸べるのと同じだと考えれば、そうした人たちをさげすむことはありません。キリストを前にして優越感などないからです。
こうした姿勢が、社会的弱者の側に立って活動する人たちを世に送り続けてきたキリスト教の強さなのだろう思います。

だいぶ前ですが、私はこんなことを書きました。

「本来みんなで少しずつ負うべき重荷を、ある人たちが集中して負ってしまっている」、もしかすると「あの人が私にかわって重荷を負ったのかもしれない」、そういう認識に立てば、困難にある人をさげすむことなく、もっと相互扶助的に、共生をめざす方向に、ものごとを考えていけるのではないでしょうか。
http://yamazato.ic-blog.jp/home/2006/03/post_991c.html

http://yamazato.ic-blog.jp/home/2006/03/post_182d.html

妻から言われて納得したのです。
そのとき、若き前田美恵子の言葉を思ったのも、あのとき書いた通りです。

 なぜ私たちでなくてあなたが?
 あなたは代って下さったのだ、
 (前田美恵子「癩者に 一九四三・夏」)

この「代って下さった」という「あなた」を、重い病の人だけでなく、もっと広く考えるなら、どんな「あなた」をもさげすむことはなくなるわけです。

私自身の至らなさは承知の上で言いますが、人は、お互いのことを考え、相手を大切にし、互いに助け合うよう造られた者ではないかと思います。助け合う中で、共に向上できたらいちばんいいと思うのです。

マザー・テレサは、人はこうあるべきだという道を、自ら示してくださったのでしょう。
みんながマザー・テレサになれるわけではありませんが、各自、与えられたそれぞれの場で、人としてあるべき姿に近づいていけたらいいと思うのです。

もう1点、補足です。前回、これも私自身の至らなさは承知の上で、愛されることと愛することの大切さを書きました。
では、愛を知らずに育った人はどうすればいいのかと問われそうですが、遅すぎるというのはないと思います。もちろん、遅くないほうがいいでしょうが、今さらもう遅い、今さら愛されても愛しても仕方がないなんて、ないと思います。マザー・テレサは死にかけた人にも愛を注ぎました。たとえあとは死ぬだけだとしても、愛に遅すぎはないと思います。
(伊藤一滴)