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偏差値

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偏差値を使って学校をランク付けしているのは、世界の中で日本だけだそうです。
ですから、偏差値の高い高校を出ているとか大学を出ているとか、日本の国内でしか通用しない話です。

入試で何点取れば合格できるのかでは、学校により年度により問題が違うから比べられなくなります。そこで偏差値を使うのでしょうが、偏差値によるランク付けには大きな弊害もあるんです。

やはり、というか、偏差値至上主義者みたいな人たちが一定数いて、この人たちは偏差値が高いとか低いとか、とても熱心です。偏差値重視の問題点をいくら言ってもまったく通じません。宗教の原理主義に似た感じです。

学校を評価するなら卒業生の活躍や、在学生による評価、世の評判、その学校の社会的な貢献など、総合的に判断すべきでしょう。だいたい、創立の理念も沿革も得意分野も違う諸学校を、偏差値の数値だけ見て上だの下だのと言うのはおかしいんです。

まず、美術、音楽、体育、宗教、福祉・・・・などの分野を、偏差値で計れるんだろうかって思います。

優れた芸術作品の制作者、
優れた作曲家や演奏者、
優れたスポーツ選手やスポーツの指導者、
優れた宗教家、
優れた福祉活動家、等々、

こうした人たちの、出身校の偏差値と業績には何か関係があるんでしょうか?


私は答えを知っているので言いますが、「安定した高収入が得られるとされる仕事に就けそうな学校の学部学科が人気になって受験者が集中して偏差値が高くなる」のです。

ですから、「偏差値ランキング表」というのは「安定した高収入が得られるとされる就職ランキング表」なんです。

多くの親は自分の子に安定した高収入が得られる仕事に就くことを望みます。その結果が、偏差値による学校序列化になっているんです。

最近だと、インターネットの発達もあって、安定した高収入が得られるとされてきた大企業の社員や、教員、公務員などが、かなり過酷な仕事をしていると知られるようになってきました。今後、どうなっていくんだか。

そしてまた、偏差値は、その学校の教員や学問の水準でもありません。たとえば、神学部を持つキリスト教系大学の場合、神学研究はかなり水準が高いと思うのですが、他の学部より偏差値が低く出ます。これは、受験者が少ないというのもあるのでしょうが「神学なんか勉強したってお金にならない」と考える人が多いからでしょう。

あまりお金にならなくても、この分野を学びたい、この分野の仕事がしたいという人には偏差値なんてどうでもいいんです。

もちろん、出身校の偏差値は、その人が感じる幸せとは何の関係もありません。


あまりお金にならなくても、この分野を学びたい、この分野の仕事がしたいという人たちが集まってくる学校って、共通の認識を持ちながらもいろんな個性の人がいて、なかなかおもしろいですよ。
学力差もありますが、学力が高くないからといって馬鹿にされたりもしません。
そっちのほうが幸福度が大きいんじゃないかって思いますけどね。


(伊藤一滴)


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ジネント山里記 site:ic-blog.jp(検索)

(広告が出てくることがありますが、私の見解とは一切関係ありません。)

過去に書いたものは、こちらからも読めます。
http://yamazato.ic-blog.jp/home/archives.html

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