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地震と古民家

7月16日は「海の日」で休日。午前10時頃、私は、たまたま自宅の玄関を掃除していました。そしたら突然、窓ガラスがガタガタ鳴り出し、一瞬何が起きたのかわからず、突風かと思いました。次の瞬間、地面が揺れているのに気づき、身を伏せました。地震でした。
当地では、特に被害はありませんでしたが、ヒヤッとしました。

あとからニュースで、新潟や長野で古い木造家屋が多数倒壊したと報じられました。人命に関わることではありますが、「だから古い木造はダメなんだ」というイメージが広まるのは困るな、と思いながら見てました。
報道を見ると、倒壊した木造家屋のほとんどが瓦屋根です。たぶん、昔の重い瓦です。土を載せ、瓦を載せたものもありました。
私は、歴史ある木造民家を、なるべく現役の住宅として残してほしいと思っています。古民家の住み心地の良さは、実際に住んでいる私たちはよくわかっています。地震を恐れて古民家を壊すのではなく、補強や屋根の軽量化を考えてほしいと思います。「古い木造はダメ」という方向に話を持っていってほしくないです。

地震のあった日の前日ですが、町内の民俗文化関連NPOの行事に参加し、今も現役の住宅として使われている築三百年の古民家を見学してきました。三百年の間には、地震や暴風もあったでしょうが、きちんと造られ、手入れされている伝統家屋は、三百年たっても何ともないんです。(伊藤)

人間を疎外するもの

暑いですね。
日中の日なたはどこにいても暑いですが、山里は木陰が涼しいし、朝晩はひんやりするくらいです。この季節でも、夜は囲炉裏で火を焚くことがあります。窓を開けて煙で蚊を追い払ったり、肥料用やワラビのアク抜き用の灰を作ったりしています。

さて、
ドストエフスキーの著書だったと思いますが、「絶望的な労働」について書いてありました(『死の家の記録』だったと思いますが、記憶違いだったらごめんなさい)。囚人に重い荷物を運ばせ、運搬が全部終わると、今度はその荷物をもとの場所に戻す作業をさせるのだそうです。荷物を全部戻し終わればまた運ばせる、運び終わればまた戻す、この繰り返しには何の意味もありません。これが「絶望的な労働」なのだそうです。
これは極端な話にしても、現代の仕事の中には「絶望的な労働」に近い仕事が増えているような気がしてなりません。

たとえば、建築の分野だと、例のA元建築士による構造計算書偽造事件(俗に言う耐震偽装事件)以降、建築確認は厳しくなる一方でしたが、とうとう6月20日の大規模な建築基準法「改正」で、全国の建築士ががんじがらめになってきました。そうした問題以前から、シックハウス対策と称する24時間換気システムの義務化があったりして、建築基準法はかなりおかしくなっていましたが、建築設計に対する国家の管理、支配は強まる一方です。このたびの「改正」で、建築設計の本質とは何の関係もないような雑務が膨大になり、関係者はみんな対応に追われています。それで建築が良くなるならともかく、たいした意味もないような数々の細かい対応にばかり目を奪われて、かえって大きな問題を誘発してしまうのではないかと心配しています。

それでも、私は設計事務所の管理建築士なので、場合によっては自分の判断で仕事を断ることもできます。だから、まだましなほうです。地方の建築業界全体がもうからない時代、私の収入も多くありませんが、まだ仕事を断る自由があるだけいいと思っています。
そんな私でさえ、やむをえず、あまり意義を感じない仕事をすることがあります。まして一般のサラリーマンで、状況がわかっていない上司や経営陣の方針にふりまわされている人など、どれほどしんどいことかと思います。仕事は給料をもらうための我慢の場でしかなく、楽しみは余暇だけという人も少なくないでしょう。
しかも、かつては産業が発展すれば少ない労力で仕事ができるようになるから余暇が増えると考えられていたのに、実際は逆で、時間に追われてばかりです。

意義を感じない仕事を日々やらされ、忙しい毎日をおくり、人は疎外され、絶望的になってゆくのではないでしょうか。逆に言えば、はっきりした意義、納得できる、賛成できる目的・意味がそこにあり、またその仕事についてじっくりと思考する時間の余裕がそこにあれば、疎外も絶望もない、と言えます。
今の日本には、自分の仕事に意義を見いだせないまま、時間に追われてばかりいる人が、かなりいるのではないかと思います。しかも格差が拡大し、意義を感じないことに追われながら我慢し、かつ低収入ではたまりません。今、年間3万人以上も自殺しています。いったいこの国の豊かさって何なのでしょう。

戦後の日本は、物質的・経済的な豊かさを追求してきましたが、そろそろ限界が見えてきたのは、各方面から指摘されている通りです。
物質的豊かさと共に、便利さ・安全性・快適さ・衛生といったことも追求されてきました。実際、そうした追求をすると消費者にうけて、売れました。そういったものを否定するわけではありませんが、過度に求められた結果、いろいろな弊害も出てきました。それでも、新製品を開発して売り続けないと続いていかないシステムの中で、追求が止まらないのです。「過ぎたるは及ばざるが如し」の状態で、子どもが鉛筆を削れない、リンゴの皮がむけないといったことは前から言われていましたが、さらに、基礎体力がない、骨折しやすい、体温調整がうまくいかないといった人まで出てきました。そりゃあ、24時間空調完備の家にいて、窓を閉めきり、ちょっとした外出もエアコン付の車では、体もおかしくなるでしょう。それでも楽チンの追求は止まりません。

そうやって楽チンを追求して、本当に楽になったのかというとそうでもなくて、新技術の発達で別な面が大変になってきました。私がいつも言うように、現実は、産業の発展でますます忙しくなる一方です。
企業が供給する物品やサービスに依存した生活は、そのときは便利に思えても、依存度が増すほどに自分が組み込まれてゆきます。それらを金で買い維持するためのめんどうも増えます。仕事も暮らしも忙しいだけで、孤独で味気のないものになり、共に助け合い共に汗を流す生活から遠ざかってゆきます。
チャップリンが「モダンタイムズ」で予言した産業化・「合理」的管理の世界が到来したかのようです。

用事で銀行に行ったら、「最高の幸せ、オール電化」というパンフレットが置いてあり、唖然としました。企業が供給する物品やサービスに依存した生活が「最高の幸せ」????
産業に組み込まれて生きることがそんなに幸せ????
私は囲炉裏で魚を焼いている方が幸せです。

現金収入のためには、ある程度は、意義を感じない仕事もしかたないと割り切っても、ずっとそんなことばかり続けると、人間がおかしくなるような気がします。人間をおかしくしてまで、収入や物質的な豊かさを求めてどうするのかと思えてきます。

「はたらく」という言葉の語源は「はた」(自分のまわり、近く)を「楽」にすることだと聞きましたが、しつこい勧誘電話や訪問販売や詐欺まがい行為の数々など、「はたらく」どころか「はた迷惑」な仕事ばかり目につくようになりました。まともな仕事を探しても、なかなか正規に採用してもらえない現実があるのでしょうけれど・・・・・。
今では限られるかも知れませんが、理想の仕事は何かと言えば、相手の見える関係で、自分の仕事でみんなから喜ばれ感謝される仕事、自然環境や他者の人権を害することもない仕事、これが最良の理想の仕事でしょう。近隣との良好な関係があればなおのことです。収入は低くなっても、幸せの実感としてはずっと大きいと思います。昔は、多くの人がそうやって暮していたのです。どうもこのあたりに、疎外から脱する道があるように思います。

科学技術に立脚した産業文明の「進歩」だの「発展」だの「合理化」だのは、すでに限界が見えているのは明らかです。
私は産業から取り残されたような山里に暮らしながら、今、試みの途上です。(伊藤)

生まれる前のこと?

以前、次男の保育園の行事のとき、胎内の記憶を持つ子どもがいるという話を聞いたのを思い出し、本当にそういう記憶があるのかどうか、息子たちに聞いてみました。
次男は何も覚えていないと言います。長男にも聞いてみたら、びっくりするようなことを言い出しました。

「生まれる前のこと、何か覚えてる?」
「生まれる前はママのお腹(なか)にいたよ。その前は、別の人のお腹にいたんだけど、僕、お腹の中で死んじゃったからその人の顔を知らないんだ」
「で、どうなったの?」
「それから神様の所にもどって、今のママの所に来たの」
私も妻も、息子に流産や死産についての話など、した覚えがありません。
「別のママのお腹にいたのはずっと前の話かな?」
「ううん。その人、今も生きていると思うよ。でも、顔はわからないけどね」
「ふーん、そうなんだ。本当はそっちで生まれたかったのかな?」
「わからない。でも、ここに来てよかったよ」
「ところで、神様の所って、どんなふうだったの?」
「これから生まれる人も、もう死んだ人もいたよ。どこかのママのお腹に行った人はね、ある日いなくなるんだ」
「日本語でお話ししてたの?」
「お話しするときは声に出さなくとも、まわりの人や神様とお話しできるの」
どうも長男はテレパシーのことを言っているようです。
「で、そこにどれくらいの人がいたの?」
「僕がいた所には、300人くらいかな」
「何年くらいそこにいたの?」
「いたのは3年。1995年から1998年までだよ。」
「じゃあ、その前は?」
「お空の別な所にいたよ。1995年に神様の所に行って、3年間そこにいて、それからどこかのママのお腹に行ったけど、すぐに戻って今のママのお腹に来たんだよ」
「今のママの所に来るって、自分で選んだの?」
「僕も生まれたかったし、神様が生まれていいよって言うからそうしたの」

空想なのかもしれません。でも、どうも嘘を言っているふうでもないし、年号が具体的で、矛盾がありません。
実際、私と妻は1998年4月に結婚し、まもなく長男を身籠りました。翌99年1月に長男が生まれています。長男は、考えながら計算しているようではなくて、ぱっぱっと言うのです。それに、流産やテレパシーといった言葉を知らないのに、そうしたことがわかっているようなのです。
だから生まれる前の世界があることの証明だなんて言いません。たまたま空想に矛盾がなかっただけなのかもしれないし、絵本やテレビから得た情報が混じっているのかもしれません。でも、気になります。不思議な話です。
私も、長男に、つくり話だろうとか、そんな話はするなとか、否定的なことは言いません。「生まれる前」について一概にどうこう言えないにしても、頭から否定することもできない気がしているのです。(伊藤)